勝手に話が進む
嘘ではない。恥ずかしい限りだが、ラングスの言葉には確かに熱があり、リベットの追及にも負けない強さがあった。とはいえ、会って一日二日の男に女神扱いされるというのも気恥ずかしい。
「……それで、ラングスよ。貴様は候補者の権利を放棄して、どうするつもりだ?」
リベットが改めて尋ねると、ラングスは確固たる決意を持って口を開いた。
「はい。私は、アオイ殿の力になるべく、フィディック学院に行こうと思っております。年齢的には教員にあたると思いますので、この後グレン殿に教員として雇ってもらえるか確認を行います。そうすれば、上級までのエルフの魔術をアオイ殿に教えることが可能です」
ラングスがそう口にすると、広間の混乱は一気に最高潮に達する。ざわざわと騒がしくなる元老院の議員や近衛兵達。リベットや候補者達は感情が窺え知れない。
保守派が多そうな元老院は間違いなく良い感情は持たないだろうが、候補者達ははたしてどうなのだろうか。特に、ともに次期国王を目指していたオーウェン以外の二人である。オーウェンは間違いなく国王になどなりたくないだろうから良いとして、レンジィとアソールはどう感じているのだろう。
そう思って二人の顔を見ると、まるでそれを合図にしたかのようにレンジィが口を開いた。
「それなら、候補者は三人で進める?」
どうやら、レンジィはあまり気にしていないようだった。あっさりとラングスの発言を受け入れると、元老院の面々を振り返ってそんな質問をする。
そして、アソールはどうして良いか分からずにラングスとレンジィを見比べるようにしている。一方、冷めた様子のオーウェンはしばらく考えるような仕草で動きを止めていたが、やがて何かを思いついたのか顔を上げて口を開いた。
「……ふむ。ならば、よほど才能に差が無いならばレンジィが次期国王、いや女王だろう。なにしろアソールはまだ若過ぎる。候補者として人間の国の宰相のような立場を作り、国王としての在り方を学んでおけば良いだろう。そうすれば、百年後くらいに何かあった時に国王を交代することもできる」
オーウェンがそう告げると、元老院の議員達が唸った。
「……確かに、アソール殿の場合は最低でも六十年は補佐が必要になるだろう。そういう意味でも、摂政や宰相といった立場を作るのは良い案かもしれないぞ」
「しかし、その場合は立場が元老院の上となるわけであろう? 議会の流れをどうするか」
「元老院の一席を埋めてもらうか。それとも、王の傍で王と一緒に元老院の意見を聞いてもらうか」
オーウェンの一案は一考する価値があったらしい。元老院の議員達は新たな役職が生まれた際の未来について語り出す。とはいえ、今その話で盛り上がるのは止めてもらいたいところである。
「話がずれているぞ、貴様ら。そんな話は後でいくらでも出来る。問題は、四人の候補者をどうするかという点だ。ラングスの主張は理解したが、それをどう判断するか」
リベットがそう告げると、皆が話の本筋を思い出す。しかし、本人が候補者としての権利を放棄すると言っているのだから、それ以上何を言えというのか。
そんな状況の中、スパイアが咳払いを一つして口を開く。
「……正直に言いますと、ラングス殿が強い意志を持って権利を放棄するというのならば、それは何を言っても変えることが出来ないでしょう。こちらとしても、王としての熱意と資質を持っている方こそ次期国王になるべきだと思います。そのうえでオーウェン殿の言う通りにするならば、ラングス殿はフィディック学院で教員に。次期国王としてはレンジィ殿。次点として副王という立場でアソール殿を据える、と……それでは、オーウェン殿はどうされるつもりか?」
スパイアが尋ねると、オーウェンは鼻を鳴らして失笑した。
「ふん、そもそも俺に国王になる気など無い。今回候補者として召集に応えたのは、単純に現在の王の魔術がどれほどか見たかったからというだけだ。まぁ、予測の範囲内を出ることは無かったがな……とりあえず、王家の魔術を見ることが出来た以上、もうこの国に用はない。なんなら、今日中に自宅に戻って魔術の研究を再開したいくらいだ」
オーウェンは面倒くさそうにそれだけ言って口を噤んだ。その傲岸不遜な態度に、エルフ達は揃って顔を顰める。特に、リベットが最も苛立たしそうにしている。
目を尖らせて、リベットはオーウェンを睨んだ。
「……まるで、余の魔術が大したことないとでも言うような口ぶりだな?」
そう言われて、オーウェンは肩を竦める。
「大したことが無いとは言っていない。だが、この国に戻ってくる前に予測していた王家の魔術と比べて大きな差異はない、というだけだ。あのエルフの火にしてもそうだが、何千年前から伝わる文献と同じものだった。つまり、エルフはずっと同じ魔術を変わらずに使い続けているということが分かった。多少は新しい魔術もあるだろうが、最上級の魔術は恐らく千年単位で進歩していない。正直に言って、魔術の研究を続けてきた者として残念でならない」
あまりにもはっきりエルフの魔術が進歩していないと言い切ったオーウェンの発言に、傍で聞いていた私の方がひやりとする。リベットが本気で怒ってしまったら、この場で殺し合いのような事態にならないだろうか。オーウェンも王家を敵視しているような雰囲気を出しているので、真っ向から戦うことになりかねない。
ハラハラしながら様子を窺っていると、リベットはオーウェンを面白くなさそうに睨みながら、深い溜め息を吐いた。
「……確かに、それを言われると痛いな。王家の魔術はその秘匿性故に習得した魔術師が数えられるほど少ない。以前、貴様が言っていた話だったか。研究者が多ければ多いほど、研究は進む。それとは真逆の状況にしてしまっている王家の魔術は、研究などまったくと言って良いほどされていないということだな」
リベットはそう呟くと、自嘲気味に笑う。
「今後の王家の魔術の扱いに関して、参考にさせてもらうとしよう。だが、今この瞬間処罰されなかったことを幸運に思えよ? 貴様の発言は、本来なら死罪でもおかしくないのだ」
「それは恐ろしい。では、俺は処罰される前に去るとしよう……それでは」
リベットの警告に、オーウェンは取り付く島もない様子でそれだけ言って出入り口の方へつま先を向けて歩き出した。
あまりにも堂々とした態度で去っていく為、誰も何も言えずにオーウェンを見送ってしまう。
「……なんなんだ、あの男は」
ヘドニズが困惑した様子で小さく呟いた言葉が、静かな広間でやけに大きく聞こえた。
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