和解?
リベットと地上に戻ると、皆が揃って不安そうな表情を浮かべて歩いて来る。リベットのところには元老院の議員達が、私のところにはグレン達が歩いてきた。
「ど、どうなったんじゃ?」
グレンが開口一番にそう尋ねてきたので、胸を張って答える。
「はい。リベットさんとは和解することが出来ました。恐らく、協力してくれると思います」
そう告げると、どう受け取ったのかストラスが眉根を寄せて口を開く。
「協力というのは、もしかして結婚の……?」
「そんなわけないでしょう」
即座に否定すると、ストラスが何か言う前にエライザが前に出てきた。
「良かったーっ! 結婚しないんですよね? もし結婚してもフィディック学院にいてくださいよ!?」
何を想像していたのか、エライザが涙目で訴えてくる。元から結婚するつもりはないというのに、どうしてそんな風に思うのか。
不思議に思っていると、シェンリーまで涙目で迫ってくる。
「アオイ先生、良かった……エルフの王様なんて凄い人と戦うなんて、ちょっと怖かったです」
どうやら、単純に魔術対決が怖かったようだ。確かに、世間一般のイメージではエルフは魔術師として格上であり、さらにその中でも最も優れた魔術師が王であると前情報がある。そう考えれば、確かに無謀な戦いに挑んだように見えるだろう。
とはいえ、困ったら真空状態にして失神させようと思っていたので、一対一の対人戦であれば勝算はあると踏んでいた。元老院の議員達が揃ってリベットの味方として攻撃してきたら負ける恐れもあったが、それでも生き残るだけならば出来るのではないかと考えていた。
まぁ、それも希望的観測ではあるが。
四人と話をしていると、オーウェンも遅れてやってきた。何故か不機嫌そうな表情で口を開く。
「向こうから喧嘩を売ってきたのだから素直に殺ればよかったというのに……」
何故かリベットを殺さなかったことに対して文句を言われる。
「いえ、別に恨みはありませんから」
そう答えると、オーウェンは微妙に嫌そうな顔で首を左右に振った。
「エルフの王家など魔術の発展の為には害でしかない」
と、オーウェンは珍しく深い怨恨を滲ませて呟く。どうやら、何かしらの因縁があるようだが、触れて良いのか分からない。どちらにしても、話したくないらしく視線を逸らしているので、ここは敢えて触れないでおこう。
そんなことを考えていると、何故かとても誇らしそうな表情でラングスが歩いてきた。
「おお、我が妃よ! 素晴らしい魔術の腕だ! あの父を圧倒するとは……今でも信じられない気持ちである! しかし、遥か上空でもしっかり見て応援していたぞ! あの氷の魔術、火の魔術! なにより父の魔術を中断させた水の魔術の使い方! 素晴らしい限りだった!」
「いえ、妃ではありませんから……それにしても、良く見えましたね」
結婚に関しては否定しつつ、そう尋ねる。すると、ラングスは真っ白な歯を見せて笑った。
「はっはっは! エルフの王族として、狩人の目程度は使えるさ。これでも優秀な魔術師として知られているのだよ」
上機嫌にそんなことを言うラングス。狩人の目。これもまたエルフ独自の魔術だろう。どうやら難しい魔術ではないようだが、それでも科学的な考え方ではない仕組みの可能性もある。
「やはり、エルフの魔術というものを研究する必要がありますね」
小さく呟いた言葉だったが、ラングスの耳はしっかりと聞き取ったらしく、輝くような笑顔で首肯して口を開いた。
「うむ! 私がなんでも教えてやろう! 実は、エルフの魔術の一部は王家の秘匿としているのだ。中には元老院の議員であっても見たことのない代物もある。我が妃になるのならそういった魔術であっても教えてやろうではないか!」
と、さらりと国防や国益に影響を与えそうなことを口走るラングス。これには聞いているこちらの方が心配になる。
「……ラングス。結婚するならそれでも良いけど、その場合は王になれないから、王家の魔術は教えたら駄目」
そこへレンジィが来て、もっともなことを口にした。それにラングスは顔を顰めたが、何も言わないということはレンジィの言葉に納得しているのだろう。よかった。とんでもない王族ばかりかと思っていたが、そのくらいの感覚はあるようだ。
そんなやり取りをしていると、元老院の面々とある程度意見交換が終わったらしく、解放されたリベットが仏頂面でこちらに歩いてきた。
「……もう次期国王を決める会議どころではなくなってしまった。この場は一旦、お開きとする。ところで、アオイとは色々と話したいことがある。明日早朝、王城へ来るが良い」
それだけ言って、リベットは踵を返して去っていった。
合わせて近衛兵らしきエルフと元老院の何名かも去っていったが、こちらに向かってくる人影もあった。
「色々と大変でしたね」
スパイアがそう言って、苦笑を浮かべる。それに会釈を返し、答えた。
「こちらこそ申し訳ありません。結局、大騒ぎになってしまいました」
そう答えると、スパイアは苦笑を更に深めて首を左右に振る。
「いえ、必要なことだったと思います。先ほども言いましたが、我が国はこのままでは衰退していくほかないと、皆も知っていましたからね。私も含めて、大半の者がその来るべき未来から目を逸らしていました。しかし、今回の事で国の外へ目を向ける必要があると気が付いたことでしょう。そうなれば、ハーフエルフだろうと人口は増えていくはずです。場合によっては、他国からの旅人なども受け入れるようになるでしょう。それは、エルフの国に大きな利点となると信じています」
スパイアは憑き物が落ちたような晴れ晴れとした顔でそう言った。そして、軽く一礼して去っていく。
その後ろ姿を見送っていると、レンジィとアソールもこちらに来た。
「……人間の魔術師さん。今度、貴女の魔術について教えてね」
レンジィは嬉しそうにそれだけ言い、次はアソールが背筋を伸ばして口を開く。
「か、感動しました。他の種族の魔術師はあまり強くないと聞いていましたが、それは間違いでした。ぼ、僕も、魔術について聞いてみたいです。それでは、また」
アソールは緊張した面持ちでそう言うと、ぐるりと回転するように背を向けて歩き出した。その様子に笑いながら、レンジィも付いて行く。
何となく、二人を見送った後に残されたラングスを見るが、輝くような笑顔でこちらを見て首を傾げていた。
「どうかしたか、妃よ」
「妃ではありません」
全く話を聞いてくれないラングスに、何故かエネルギーを奪われている気がする。なんならリベットとの対決よりも体力が失われてしまっている。
肩を落として反論をしつつ、オーウェンを見た。助けを求めてのつもりだったのだが、オーウェンは上半身をこちらに倒すように前のめりになり、真顔で口を開いた。
「もし、王家の魔術を見る機会があったら、同席させてくれ。分かったな?」
「……そんな機会はないと思いますが」
「いや、ある。むしろ作れ。どうにかしろ」
と、魔術バカのオーウェンが本領を発揮してそんなことを言いだした。更に体力が奪われてしまい、さっさと宿に戻って眠ってしまいたい気分になる。
そこへ、ようやく助け舟が現れた。
「ラングス殿、オーウェン殿。候補者のお二人は王城へお願いします。また明日には引き続き次期国王を決める会議を行います。今度こそ、候補者の魔術を拝見したいと思いますので、よろしくお願いします」
元老院の議員である女エルフがそう声を掛けると、二人は揃って嫌そうな顔をした。
「今日の夜はアオイ殿と食事をしようと思っているのだが」
「しません。いつそんな話になったのですか」
ラングスの妄言を断固拒否する。すると、オーウェンが深く頷いてこちらを見た。
「その通りだ。アオイは今日は新しく開発した魔術について語り合うと決まっているのだ。他の用事をいれるような無駄な時間は無い」
「今日は勘弁してください。流石に疲れました」
オーウェンの魔術バカ発言も一蹴する。すると、女エルフの後ろからエドラが顔を出した。
「ふむ、それはそうだろうな。王と真っ向から魔術をぶつけ合ったのだ。そんなことが可能な者は、王の父上であられる元国王以外にいなかった。それで疲労もしていなかったら本当の化け物だろう」
「……」
そう言われて、思わず口を噤む。まさか、魔術の行使についてはそこまで疲れていないなどと言えるわけがない。冗談ではなく化け物として扱われてしまうかもしれない。
変な方向で不安になっていると、エドラはふっと息を吐くように笑い、首を左右に振る。
「さて、我々も大したことはしていないのに疲れてしまった。驚き疲れたとでも言うべきか。まぁ、良い経験をさせてもらったと思っている。それでは、候補者を連れて戻るとしよう。申し訳ないが、この場所は元老院の議員が同席しなければ残れないのだ。一緒に戻ってもらうぞ」
「はい、それは構いません」
エドラの言葉に同意して、皆で戻ることにする。随分と長い階段だが、不思議と飛翔の魔術などを使う者がいない。狭くて長い階段だが、何処か神聖な空気を感じるからだろうか。きちんと歩いて上り下りしなくてはならない気持ちになる。
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