免許皆伝と旅立ち
「これ、こっちの青い宝石の方が作りやすいみたい」
「……む、なるほど。レコーダイトか。魔力の伝導率が高いからな。だが、硬度は高くない」
「割れづらいように球体にしてリングや防具の内側に取り付けたらどう? 別に露出する必要は無いでしょう?」
「……アオイは天才だったのか……」
そんな会話をしながら、気がつけば私はオーウェンに教えてもらった魔術や魔術具、無詠唱の秘術のほとんどをマスターしてしまった。
今や、オーウェンは私に教えるというよりも共同で魔術の研究をしているという気持ちで話をしていた。
そんなある日、夕食を食べ終わってゆったりとしたお気に入りの椅子に座ったオーウェンが、静かに口を開く。
「……十二年。たった十二年だ。それだけの時間で、お前は私の百年を自分の物にしてしまった」
そう呟き、オーウェンは目を細めて遠い目をした。
「……ゼロから一人で研究した貴方と、出来上がった結果を教えてもらうだけだった私とじゃあ比較できないでしょう?」
もしかしたら気落ちしているかもしれない。そう思いフォローしてみたが、オーウェンは葡萄酒の入ったグラスを口に寄せて軽く煽った。
「別に凹んでいるわけじゃない。ただ面白くないだけだ」
「ほら、拗ねてる」
困ったような目で指摘すると、オーウェンは鼻を鳴らしてグラスを軽く揺らす。
「違う。アオイの成長の停滞が面白くないということだ。新しいことを教え続けることが出来れば、アオイはいったいどこまで強大な魔術師となるのか……もしかしたら、本当の意味で魔術を極め、魔導の深淵へと辿り着くこともあるかもしれない」
僅かに興奮した様子で、オーウェンは語った。
魔導の深淵。これは、古来から魔術書などに登場する言葉だ。魔術を極めていくと、魔力の生まれる源や行使する際に必要とされる魔法陣や詠唱の理論を完全に解明することが出来るとされている。
だが、到達した者はいない為、作り話と思う者が大半だろう。
しかし、オーウェンは無詠唱の為に魔法陣を研究する過程で、魔導の深淵到達の可能性を見出したという。
「……この中央大陸は西と東の大陸に比べて文明も魔術も優れていると言われている。その中央大陸の中の六大国が合同で作り上げた世界最大の魔術学院……それが、フィディック魔術学院だ」
「……何の話? まさか、その学院に、私が……?」
そう尋ねると、オーウェンは鼻から息を吐いた。
「六大国は当然ながら多数の国から教師や生徒が学院に集まる。その中には、私もまだ知らない魔術が必ずある筈だ。他にも、学院内での魔術研究も盛んに行われており、新たな魔術はフィディック学院から生まれるという言葉まである」
「そこなら、私もまだ学ぶことがある、ということね?」
確認するように聞くと、オーウェンは軽く顎を引く。
「新たな魔術に出会えるかは行ってみなければ分からん。だが、フィディック学院ならば、丁度友人がいる。話は早い筈だ」
そう言われて、私は思わず一瞬止まってしまった。それにオーウェンは首を傾げる。
「どうした」
「……オーウェンに友達……?」
「馬鹿にしているのか」
疑問を口にすると、オーウェンは顔を引き攣らせた。
「あぁ、ごめんなさい。オーウェンは、もう三十年もこの森に一人で暮らしてるみたいだから……」
「……確かに、あいつの生存については考慮したことが無かったな。まぁ、殺しても死なないような奴だ。恐らく大丈夫だろう」
難しい顔で溜め息を吐き、オーウェンはそう呟く。
「それで、その友達の名前は?」
「ん、グレン。学院の長をしている筈だ。ハーフエルフだが、まだ百三十歳ほどの筈だからな。健在だろう」
と、オーウェンはさらっと口にした。
「……学院の長。それなら、確かに大丈夫そう。じゃあ、その人に頼んで、学生になればいいのね」
答えると、オーウェンは吹き出すように笑う。
「何を言っている。基本の魔術と応用を学ぶ学生などアオイには意味が無い。そうでは無く、教員になって様々な国の教師と知り合いになり、独自に研究している魔術を学んだ方が良い」
何でもないことのようにそんなことを言い出したオーウェンに、思わず眉間に皺が寄った。
「……いきなり教師なんて」
そう口にすると、オーウェンは数秒考えるように目を瞑り、グラスを傾ける。
「……大丈夫だろう。アオイは、人に物を教えることに向いている。それに学生が学ぶのは、詠唱魔術による基礎と応用だ。魔法陣を作る際に散々解体して調べ尽くしたものだからな。アオイには簡単過ぎる」
くつくつと笑いながらそう言うオーウェン。
目を細めながら肩を揺すって笑う姿は、どこか年齢を感じさせる仕草だった。
「……分かった。でも、学院にはどうやって?」
尋ねると、オーウェンはこともなげに言った。
「街道まで案内しよう。真っ直ぐに森を抜ければ2日ほどで辿り着く。後は、街道に沿って進むと良い」
「徒歩?」
「この森付近で飛行魔術を使えばドラゴンに襲われるかもしれない。一体ならば良いが、二体三体となるとアオイでも厳しいだろう。まぁ、私なら五体は余裕だが」
「聞いてないわよ」
そっと自慢を言い加えたオーウェンにピシャリと突っ込みをいれて、細く息を吐いた。
「……それで、街道に出てからもずっと歩くの? やっぱり、転移魔術なんて便利なものはないのね」
溜め息混じりにそう告げると、ハッとした顔でこちらを見てきた。
「……転移? 魔術により移動することか? なんということだ。そんな魔術が……いや、可能性は十分にあるぞ。無から精霊を生み出す魔術はあるのだ。魔術を終えた時、精霊は消える……これはつまり、別の空間から精霊を呼び出し、また帰還させていることと同じかもしれない……ということは……」
余計な言葉を発してしまった。気がつけばオーウェンは完全に研究者モードになっており、もう私が学院に行くことなど忘却してしまっている。
森の中を休憩を挟みながら二日間歩き続け、更に街道に出てからは南へ歩き続ける。
「ここは魔獣が強く、治安が悪い。そう簡単には通常の馬車などには出会えないだろう」
「なんでそんな場所に住んでるのよ」
呆れながら返事をしつつ、二人で街道を進む。
魔獣が現れたら倒し、盗賊が出たら二人で追い払った。普通なら過酷な旅路だが、二人で歩けば意外と苦ではなかった。
そうして、私達は交易都市であるハイウッドへと辿り着いたのだった。
東ヨーロッパを彷彿とさせる街並みは面白く、初めて異世界の人々とその暮らしぶりを見て感動を覚える。オーウェンの家はある意味近代的過ぎて感動が薄かった。また、オーウェン自体が研究と魔術具に傾倒する残念エルフだったことも大きい。
「……何か失礼なことを考えているな」
「気のせい」
そんなやり取りをして、オーウェンは肩をすくめながら、口を開いた。
「さぁ、ここでお別れだ。これに金貨を三十枚と銀貨を三十枚入れてある。数ヶ月ゆっくり旅をしてもゆとりがある額だ。そこの商会に言って、フィディック学院まで行く商人の一団に同行させてもらうと良い」
「もう帰るの? 一泊くらいしていけば良いのに」
「私には転移魔術の研究という新たな課題が……」
「分かった、もう良いわ」
オーウェンらしい発言に苦笑しつつそう言ってから、数秒視線を彷徨わせる。
オーウェンは親ではないし、友達とも呼びづらい。師匠と弟子、もしくは研究仲間のような存在というのが最もしっくりくるだろう。
だから、何と言って別れの挨拶にしたら良いか。
「……今まで、ありがとう。頑張ってくるから」
だから、笑顔でそう言った。
これが、一番私達らしいと思ったのだ。
だが、オーウェンは無表情に頷き、私の頭に片手を置いた。
「こちらこそ、だ。勝手だが、私はアオイをたった一人の娘だと思っている。何かあったら、帰ってこい」
不器用だが、真摯な声と態度で言われたその言葉は、私の胸に深く響いた。
手のひらからじんわりとオーウェンの体温が伝わり、初めて頭を撫でられたことに気がつく。
涙が自然と込み上がってきて、鼻がツンとした。
「……研究に役立ちそうな知識を得たら、すぐに帰るんだぞ」
「……っ、馬鹿ね」
結局、いつものオーウェンらしい言葉を最後に、私達は別れの挨拶としたのだった。