雷の魔術
美しい光景だった。白亜を思わせる真っ白な城。そして、光はクリスタルを通過して室内を照らしている。クリスタルのプリズムが七色に室内を彩っているのが幻想的だ。
そして、天井の高い広間の中心には大きな丸いテーブルがあった。壁などと同じ素材の石が使われているようだ。そのテーブルの周囲には十人のエルフの姿もある。それぞれが白いローブを着ており、物語に出てくる賢者のような印象を与えた。
右側にはスパイアの姿もある。恐らく、エルフの王国で最も優れた魔術師達であろう元老院のエルフ達を順番に眺めて、私は静かに口を開いた。
「……ヴァーテッド王国のフィディック学院より参りました。教員のアオイ・コーノミナトと申します。本日は、王国最高峰と名高い皆さまと魔術を競い合う場を用意していただき、感謝の念に堪えません」
一礼してそんな挨拶をすると、後ろからグレンがにゅっと顔を出してきた。
「あ、アオイ君。魔術を競い合う場というのはアオイ君の希望じゃろ? わしはそんな話聞いておらんぞい」
グレンが必死な様子でそんなことを口にする。それに首を傾げつつ、スパイアを見た。
「確かに、そうは言っていませんでしたが、やることは同じでしょう? 私は必ずエルフの王国最高の魔術を見させていただくつもりです」
「Oh……」
質問に答えると、グレンは顔を手で覆って後ろへ下がった。視線を戻すと、スパイアの真正面に座るエルフが口を開く。
「……アオイ、か。君は人間の魔術師か?」
「そうです」
答えると、エルフ達が何故か少しざわついた。
「獣人じゃないのか?」
「では、やはり一番後ろの少女が……」
「獣人かと思っていたが、違ったか」
と、そんな不思議な会話がテーブルの方で囁かれる。どこか、私の体に獣人らしき特徴があるのだろうか。それとも、エルフから見れば人間も獣人も違いなど些細なものなのか。
首を傾げていると、先ほどのエルフが再びこちらを見て口を開いた。
「……それで、他の者たちは? どうやら、ハーフエルフらしき者もいるようだが」
その言葉に、グレンが動揺した姿を見せる。しかし、一、二度呼吸をするとすぐに持ち直すことが出来た。どうやら深呼吸をして精神を安定させたようだ。
グレンはいつになく真面目な顔でエルフ達を真っすぐに見据え、口を開いた。
「……わしはグレン・フィディック。かつてこの王国に住んでおった、ハーフエルフじゃよ。今はヴァーテッド王国の侯爵位を賜っており、フィディック学院の学長に就かせてもらっておる」
グレンが自己紹介をすると、何人かのエルフが興味深そうに顔を上げた。
「ほう?」
「ああ、最近噂に聞いたハーフエルフか」
「確か、世界屈指の魔術師であるとか……」
僅かに嘲笑の混じった言い方だった。グレンを知る者は、皆がエルフ至上主義者なのだろうか。それとも、これがエルフの国のハーフエルフへの扱いなのだろうか。
もやもやするものを胸の内に感じながら、私はストラス達を見た。すると、ストラスが胸を張って一歩前に出て、口を開く。
「……ストラス・クライド。同じくフィディック学院の教員をしています」
ストラスが硬い声で名乗ると、慌てた様子でエライザが続いた。
「わ、私はエライザ・ウッドフォードと申します! グランサンズ王国出身で今はフィディック学院の一般教員をしております!」
名乗り終わると、エルフ達が少し反応を示す。
「教員?」
「少女にしか見えんが、ドワーフだからな」
「ドワーフが教員になれるなら、フィディック学院とやらもそれほどではないのか?」
明らかにドワーフを侮ったような発言が聞こえてくる。小さな声だが、それは確かにエライザにも届いたはずだ。
エライザは少し悔しそうな顔をして、シェンリーを見た。シェンリーは不安そうな表情のまま、口を開いた。
「……シェ、シェンリー・ルー・ローゼンスティール、です。フィディック学院の生徒で、メイプルリーフ聖皇国出身です。きょ、今日はよろしくお願いします」
怯えたような態度でそう自己紹介をすると、エルフ達が先ほどまでとは違う緊張感に包まれた。
「……本当に学生か。それに獣人なのも間違いない」
「いや、しかし、それで雷の魔術を使うことができるなど……」
「見た目にそぐわず恐るべき才の持ち主かもしれんぞ」
エライザの時とは違い、明らかにシェンリーを警戒している。話の内容から、恐らくスパイアが事前にエルフ達にシェンリーの情報を伝えていたのだと察することが出来た。
その反応を眺めて、スパイアが立ち上がる。
「さて、それでは改めてこちらも自己紹介をさせていただきましょう。私は、もうしなくて良いですね。まずは、あちらが現在の元老院の長、エドラ・ダワー議員。国王に次ぐ魔術師とも評されている。次に右隣の方が……」
そう言って、スパイアは順番に元老院のメンバーを紹介していった。多少の時間はかかったが、すぐに全員の紹介も終わり、最初に紹介されたエドラ・ダワーという名のエルフが口を開く。
「……本来、この場にはエルフ以外の者が立ち入ることは無い。その事実をきちんと理解して、あまり乱暴な態度や言動は控えるようにしてくれ」
と、開口一番に釘を刺すようなことを言ってくるエドラ。しかし、そんなことで萎縮している場合ではない。
私は微笑みを浮かべて頷いた。
「はい、勿論です。私はただ、エルフの魔術を見ることが出来たら満足ですから」
そう告げると、後ろに立つストラスから文句が出た。
「……エルフが他種族を見下さないようにするんじゃなかったのか」
私にだけ聞こえるような小さな声でそう言われて、思わず「う」と声を発してしまう。すっかり忘れていた。エルフの魔術を楽しみにし過ぎてしまったようだ。
「そうですね……ちょっと、冷静になります」
そう答えると、それに相槌でも打つようにスパイアが渇いた笑い声を上げた。
「は、ははは……それでは、まずは君たちから魔術を披露してもらいましょうか。この王国屈指の魔術師達が評価に値すると認めたら、我々も魔術を見せると約束します」
スパイアがそう言うと、グレンが顎髭を撫でながら唸る。
「うぅむ……目の肥えたエルフの魔術師が納得するような魔術、とはのう」
グレンがそう呟くのを聞いて、無意識に口の端を上げて頷いた。
「なんとしても納得してもらいます」
グレンにそう答えてから、一歩前に出る。
「それでは、私から魔術を披露しましょう」
やる気満々でそう宣言するが、すぐにエドラが首を左右に振った。
「いや、申し訳ないが、まずはそこの少女の雷の魔術を見せてはくれんか」
そう言われて、思わずその場でこけそうになる。勢いよく名乗り出たのに、肩透かしを食らってしまった。
振り向くと、シェンリーは意を決したような顔で頷いている。
「……私、頑張ります!」
「そうですか……」
気合十分な様子のシェンリーを見て、渋々引き下がる。いや、エルフが興味を持つ魔術から順番に見せて、相手に協力的な姿勢になってもらう方が良いのかもしれない。
そう思い直して、一歩後ろに引き下がる。代わりにシェンリーが前に出ていき、肩を上下させた。かなり緊張しているようだが、大丈夫だろうか。
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