【別視点】生徒達
【シェンリー】
足音を忍ばせて、教室の端に静かに座る。出来るだけ目立たないように、出来るだけ静かに。
この学院では魔術の実力も大事だが、貴族としての地位も大事だ。そして、種族も同様だろう。
私は中等部では魔術が出来るほうだった。魔力が特別強いというわけでは無かったが、覚えが早いとはよく言われた。
だからだろうか。友達はたしかに少なかったが、それでも中等部では普通だったと思う。
一年早く高等部に上がり、がらりと世界は変わった。
陰口を叩かれるようになったし、嫌がらせも受けるようになった。中等部では成績がよくても、高等部では普通以下だ。さらに獣人で名ばかりの子爵家の子女となると、私の存在価値は無いに等しい。
失敗すれば罵倒され、嘲笑される。目立っても調子に乗っていると言われて嫌がらせを受ける。階段から突き落とされることもあったし、帰り道に火の魔術で服を燃やされたことまであった。
わずか数ヶ月で神経をすり減らした私は、もう何も出来なくなっていた。失敗出来ないと授業で魔術を行使しようとすれば極度の緊張から体が震え、魔術はほとんど発動せずに失敗となる。
悪循環なのはわかっているが、どうしようもない。夜中に密かに魔術の練習をしたりもしているが、教室に入れば体は勝手に萎縮し、視線に晒されるだけで震えて涙が出そうになるのだ。
学院を辞めようかとも思ったが、家の不利益となってしまう。それなら不慮の事故として死んだことにしたほうが良いくらいだろう。
このまま消えてしまえたら、眠ったまま起きなければ、どれだけ幸せだろうか。
そんな辛い日々を過ごしていた私に、ふとした変化が訪れた。
若くして上級教員となったアオイ先生との出会いだ。普通の教員ならば私の存在は見えていないかのように扱うだろう。
だが、アオイ先生は自ら話しかけてくれるのだ。それだけで、私はどれだけ救われるだろう。
残念ながら、まだ授業は一回しか一緒になることはなかったが、アオイ先生は私がこっそり手を振ると微笑んでくれた。
気持ちが軽くなるのを感じる。私にも、居場所が見つかった気がしたのだ。
廊下や食堂ですれ違えば必ず挨拶をするし、挨拶が返ってくる。中等部の友達も高等部の先輩を恐れて私に挨拶は返してくれなくなったのに。
だから、私はロックス先輩がアオイ先生の悪口を口にしていたのを見て、我慢が出来なかった。
「あの女には必ず裏がある。魔術は特級魔術が使えるという噂だが、俺が使うように言っても一切魔術を見せることはなかった。つまり、あの女が魔術を使うには何か仕掛けが必要なのだ。そんな詐欺紛いのやり方で上級教員となり、王族を王族とも思わぬ扱いをして地位を誇示しようとする……あの女はこの学院だけでなく、六大国にも害となる存在かもしれんぞ」
そんな言葉を廊下で耳にして、悲しさや悔しさ、切なさに胸が締め付けられるような気持ちになった。
ヴァーテッド王国の王子であり、火や水、風、土の魔術の主要四属性で上級魔術まで使え、天才とさえ呼ばれている。その為、発言力は他の追随を許さないほどだ。
そんなロックス先輩が、アオイ先生のことを嘲笑する。
「潰さねばなるまい。まぁ、あの性格の悪い平民なんぞ、いなくなっても誰も困らないからな」
そう言って楽しそうに笑い、周りに集まった人達も釣られるように笑い出した。
その光景を見て、私は飛び出していた。
「あ、アオイ先生は素晴らしい人だと思います! そんな人を貶めるロックス先輩こそ、最低です!」
言ってしまった。泣きながら、王族相手に怒鳴ってしまった。
「……女、もう一回言ってみろ」
憤怒の滲んだロックス先輩の声が聞こえて、周りにいた上級貴族の先輩達の顔が面白いものを見たようなものになり、嘲笑が聞こえてくる。
恐怖で膝の力が抜けそうになった。
でも、我慢出来なかったから、私は涙声で叫んだ。
「アオイ先生を虐めないで!」
【コート】
アオイ・コーノミナト。どう見ても二十代の人間だが、その魔術技量は上級教員、宮廷魔術師レベルなのは間違いない。
収集した噂が全て本当ならば、学長と同等と言えるほどだ。
だが、調べて見ても身元不明である。出自どころか、最近までどの国に住んでいたのかも分からない。もしかしたら六大国では無く、小国の一つに隠れ住んでいたのかもしれない。
六大国に生まれていれば通常は出生調査で魔術師は全員把握される。例外は娼婦などが隠して子を成した場合や、盗賊、山賊の類が人里離れた隠れ家で産んだ場合などくらいだ。
どちらも、産んだ子供が金になると分かれば隠すことはないだろう。そうした出自不明の魔術師の素質を持った子が、奴隷として売られているのはよくあることとして知られている。
ならば、小国からどういう理由で学院に来たのか。出自を明らかにして六大国の一つの国に魔術師として仕官すれば、アオイならば貴族としての地位も金も得ることが出来る。
「……学院に教員としてきた理由。やはり、個人で魔術研究を重ねてきたのなら、貴族の子女でしょう。しかし、当の本人は平民であると……」
もっとアオイの参加する授業に出たいのだが、残念なことにどの授業に参加するかは分からない。
今のところ一度しか授業を受けられていないが、恐らくそろそろ何の授業を担当するか決まるだろう。願わくば自分が受けられる授業であって欲しいが。
そんなことを思っていると、廊下の奥で少女の悲鳴が聞こえてきた。
驚いて廊下を進み角を曲がると、そこには床に倒れた少女と、ロックス・キルべガンの姿があった。
周囲にはいつものヴァーテッド王国の上級貴族の子息らが並び、楽しそうに笑っている。
何処かを痛めたのか、少女は倒れたまま咳き込み、身を震わせていた。随分と小柄だが、まさか中等部の生徒だろうか。
「……なにか、面白いことでもありましたか? 皆さん楽しそうですが」
柔らかく、されど場の空気は壊すように水を差す。
他国の貴族の子らだ。特にロックスは王族である。我がバトラー家もコート・ハイランド連邦国においては最上位と言える地位にあるが、連邦国は五大国が力を付けていくのを危惧し、独立を保持したい近隣の小国同士が同盟を作り出来上がった構成体だ。
元の地力が違う。
もし、ヴァーテッド王国と敵対するかもしれないとなれば、間違いなく我が国は真っ二つに割れる。バトラー家を差し出して和解しようとする者も現れるだろう。
つまり、ロックスと完全に敵対するのはリスクが高いということだ。
気を付けている相手は数名いるが、僕はその誰とも程よい距離感を維持してきたと思う。
今回も上手く出来るだろう。そう考えて、僕は少女を横目にロックスの方へ向かう。
「何かありました?」
改めてそう尋ねてみると、ロックスは微妙に不機嫌そうに口を開いた。
「ふん、コートか。この馬鹿の知り合いか?」
「いや、多分知らないコだと思いますよ。ただ、授業も終わったのに、ヴァーテッド王国の将来を担う皆さんが楽しそうに談笑していたので興味を持っただけですよ」
そう答えると、ロックスは鼻を鳴らして少女を指さす。
「この馬鹿が俺の言葉に逆らっただけだ……そうだ、コート。お前も参加するか? あのアオイとかいう女を潰してやろうと思ってな。王族を馬鹿にしたらどうなるか、教えてやる」
ロックスはそう言って醜悪な笑みを僕に向けた。
それは面白そうだね。
そう言って、曖昧に笑っておこう。
そう思ったのに、口からは違う言葉が出た。
「随分とくだらない遊びだね。ヴァーテッド王国の程度が知れるってものだよ」
「…………なんだと?」
僕の言葉に、ロックスの目がギラリと光った気がした。その凄む様子に、何故かは分からないが思わず笑ってしまう。
「だって、こんなのが第二王子なんだろう?」
そう言った瞬間、ロックスは怒りに燃える目で魔術の詠唱を始めた。
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