いじめっ子の考え方と処遇
「失礼します」
そう言って、外から扉を開けてレインが入ってくる。その後ろには、背の高い青年の姿があった。
気の強そうな、大きな体躯の青年だ。
「……どうも、グレン学長。お久しぶりです」
ダーフはきちんと背筋を伸ばして一礼した。それにグレンは手を挙げて応える。
「おお、久しぶりじゃのう。元気にしておったか」
グレンがそう口にすると、ダーフは微妙な顔で頷いた。
「はい……それで、学生時代のイジメの話をされに来た、と聞きましたが」
ダーフがそう言うと、レインが険しい顔で振り向く。
「ダーフ! 謝罪をするように言ったはずですよ!」
レインが怒鳴ると、ダーフは眉間に皺を寄せつつも溜め息を吐き、頭を下げた。
「この度は、自分の学生時代の行いでご迷惑をお掛けしました。己の行いを恥じるばかりです。また、わざわざ、こんなところまで来るほどお怒りだとは思わず、早くに謝罪に向かうべきだったと反省をしております」
ダーフがそう言ってグレンを見ると、苦笑しつつグレンが頷く。
「いや、反省をしてくれたなら良いのじゃよ。今後は、多種多様な種族や性格、身分の者がおるということを理解して、他者を尊重するように気をつけるのじゃぞ」
「はい、分かりました」
グレンが諭すように告げると、ダーフはすぐに頷いて答えた。レインは深く息を吐いて胸を撫で下しており、グレンも苦笑しつつこちらを振り向く。
「ダーフ君は反省していると言っておるし、もうこれ以上は問わないでおこうかの?」
グレンはダーフの言葉を素直に謝罪と受け取り、溜飲を下げたらしい。だが、私はダーフの言葉を心からの謝罪とは受け取れなかった。
「ちょっと待ってください」
グレンにそう前置きしてから、ダーフに向き直る。
「ダーフ君。先ほどの言葉はグレン学長に対しての謝罪に聞こえてしまいました。ソラレ君に対して、言うことはありませんか?」
尋ねると、ダーフは片方の眉を上げて私を見下ろした。
「……貴女は、新任の教員ですか? 貴女は自分の学生時代には学院にいなかったと思いますが、なぜそんなことを言われないといけないのですか?」
「私がいたかどうかは関係ないと思いますが……ソラレ君は深く傷つき、いまだに講義に出ていません。その原因を作ってしまったという自覚はありますか?」
少し苛々した様子のダーフに聞き返すと、ダーフは鼻を鳴らして肩を竦める。
「正義を振りかざしたいようですが、見当外れですよ。主犯はグレン学長やソラレと同じエルフです。まぁ、向こうは純血のエルフですがね。一緒になって遊んだりはしましたが、自分が自らソラレをイジメたなどという事実はありません。ただ、学院を騒がせたこと、ヴァーテッド王国の侯爵であるグレン学長を怒らせてしまった事には謝罪をしなくては、と……」
ダーフはさも当たり前のように言い逃れを口にした。自らに責任は無いというような言葉を聞き、思わず怒りが湧く。
「……なるほど。実行した主犯でなければ、イジメの責任は無いと言いたいのですね?」
そう口にすると、誰よりも先にグレンが冷や汗を流して口を開いた。
「あ、アオイ君……穏便に、穏便にいこうじゃないか」
慌てた様子をグレンが見せると、レインも顔を引き攣らせてダーフの背中を叩く。
「ダーフ!? あなた、何を言っているの!?」
大声で怒鳴るレインに、ダーフは眉間に皺を作った。
「母上、これは本当のことです。自分が直接ソラレをイジメたなどということはありません」
ダーフはそう言って、こちらを睨んだ。それに深く溜め息を吐き、首を左右に振る。
「……主犯で無いのなら罪は無い、ということですね。それなら、ミドルトン陛下、ディアジオ陛下、ラムゼイ侯爵、ロレット公爵、グランサンズ王、アイザック代表議員などの各国要人にそのことを話しましょう。私が、個人的にタウン家と敵対関係にあり、今後はコート・ハイランド連邦国とも付き合うことは無いようにする、と」
そう告げると、ダーフはきょとんとした顔で首を傾げた。
「……はぁ? そんなことをしてなんになるというんだ。あんたが、各国の代表を動かせるとでも言う気か? そんなこと、グレン学長でも……」
ダーフが馬鹿にするような顔で何か言っていたが、そこに顔面蒼白になったレインが走り込んできた。
「お、お、お待ちください! そ、そのようなことは……っ! ダーフには、強く言っておきますから! ぎ、議員への道を閉ざしても構いません! ダーフは議員の候補から外し、弟のアーティを議員見習いとしますので……っ!」
レインがタウン家存続の為に必死に頭を下げ、息子に罰を与えるといった内容の話をする。それにグレンが気の毒そうな顔をするが、ダーフは顔を引き攣らせてこちらを見た。
「ちょ、ちょっと待て! なんで、俺を候補から外すなんて話になるんだ!?」
ダーフがそう怒鳴ると、グレンが困ったような顔で口を開く。
「……アオイ君は今や各国の注目の的での。どの国もアオイ君を引き込みたいと思っておる。そこに、良い交渉材料となる話がくれば、皆も協力するじゃろう。対して、議員見習い一人の為にそんな重大な事態に陥ったとなれば、コート・ハイランド内でのタウン家の立場は失われるも同然じゃよ」
グレンが簡単に状況を解説すると、ダーフは顔色を失った。そして、すぐに怒りに満ちた顔でこちらを振り向く。
「き、汚いぞ! それが教員のやり方か!? それこそ暴力だろうが!」
怒りをぶちまけるダーフに、私は軽く息を吐いて首を左右に振った。
「先ほど、ダーフ君が言ったではないですか。直接何かするわけではありませんので、私に罪はありません。私はただ、タウン家を許さないと口にするだけです。それでどの国が動くかなんて考えていませんから。それでタウン家が取り潰しとなったとしても、私の責任ではありませんよね」
そう告げると、レインが涙を流しながら謝罪を繰り返し、グレンが慌てた様子で宥めに来る。一方、ようやく事の重大さを認識してきたダーフが額に汗を流しながら頭を下げた。
「も、申し訳ありませんでした……っ! まさか、そんな立場の人であるとは知らず……」
「まさか、こんな状況になってもソラレ君ではなく、私に謝罪をするつもりですか?」
謝罪の言葉を口にしようとするダーフに釘を刺すと、背筋を震わせて首を左右に振る。
「い、いえ! 申し訳ありません! そ、ソラレに、ソラレ君に謝罪をさせていただきます!」
ようやく、ソラレへの謝罪の言葉が出た。それに肩の力を抜き、頷く。
「……心から反省するならば許しましょう。今後、アイザックさんにはダーフ君の生活を報告してもらいます。もし、弱い者を虐げるようなことがあったら、私が直接お仕置きに来るとします。良いですね?」
そう告げると、真っ先にレインが感謝の言葉を口にする。
「あ、ありがとうございます!」
「……ありがとうございます」
遅れて、ダーフも頭を下げる。その態度をどう受け取ったのか、レインが鬼のような形相で睨んで口を開いた。
「ダーフ、貴方の議員への道はもうありません。家を出されたくなければ、心を入れ替えてアーティの部下として精進なさい」
「そ、そんな馬鹿な……っ! 俺はもう謝罪を……」
レインの言葉に愕然としてダーフが色々と口にするが、もう一切話は聞いてもらえなかった。そこまでするつもりは無かったが、どうやらレインの逆鱗に触れたらしい。
もう覆せないと悟ったのか、ダーフは崩れ落ちるように地面に座り込んだ。その姿を見ると、流石に可哀想かなと感じて思わず口を出してしまう。
「もう反省したようなので、それ以上は求めませんよ?」
そう告げると、レインは険しい顔で首を左右に振った。
「いいえ、先ほどの息子の言葉を聞き、自分が育て方を間違えていたのだと悟りました。タウン家の名誉の為にも、罪に相応しい罰を与えようと思います」
レインがハッキリとそう告げて、ダーフは茫然としたように項垂れたのだった。
「……少々やり過ぎてしまいました」
反省の言葉を口にすると、飛翔魔術で浮かぶ馬車の中でグレンが唸る声がした。
「そうじゃのう……流石に可哀想じゃったが、ソラレの気持ちを思うと正直スッキリ……いやいや、学院の長たるわしが贔屓してはいかんの。うむ、可哀想じゃった」
グレンのそんな言葉に頷き、遠くを見つめる。
「戻ったら、アイザックさんに伝えてダーフ君の罰が軽くなるように進言してもらえないか聞いてみます」
私がそう言うと、グレンはしばらく黙ってから口を開いた。
「……そうじゃの。うむ。アイザック殿ならば上手く取り計らってくれるじゃろうて」
そんな会話をしながら、私たちは無事にフィディック学院へと戻ってくることが出来た。
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