エルフの国へ家庭訪問1
「それでは、本日の講義を終わります」
「ありがとうございました!」
講義の終了を伝えると、生徒達の元気な声が返ってくる。最近は窓の外に見学者が集まっていることがあり、段々と講義の知名度が上がってきている気がする。しかし、生徒の数は増えていない。
「失礼します。横を通してください」
そう言って教室の傍に集まっていた生徒達に断って横を通り抜け、学長室へ出向く。
「グレン学長」
「……な、なんじゃな?」
名を呼びながら扉をノックすると、扉が少し開かれてグレンが顔を出した。こちらからは顔が半分しか見えておらず、少し怖い。
「準備は出来ましたか?」
「ガチで行くのかの?」
「ガチとは何ですか。行くと約束したじゃないですか」
「わ、わしは約束しておったかのう……」
疑惑の眼差しをこちらに向けながら、用心深く扉を開けないグレン。仕方なく、無理やり扉を開いた。
「痛い痛い痛い!」
「あ、申し訳ありません」
扉に張り付いていたグレンの髭ごと扉を握って開けてしまった。開かれた扉と一緒に涙目のグレンが付いてくる。強引に部屋の外へ引きずり出された形のグレンが恨めしそうにこちらを見た。
「……それでは、すぐにエルフの国へ向かいましょう」
「そんな今すぐなど行けるものかの。小さな小さなエルフの国が、何故三つの大国に挟まれた状態でこれまで存続してこれたのか。なんにでも必ず理由というものがあるものじゃ」
何故か、グレンが不貞腐れたような態度でそう言った。それに私は深く頷く。
「そうですね。エルフの国は古来より研究され続けた原始の魔術と呼ばれる古い魔術が多くあると聞いています。そんな国ですから、とても進んだ魔術の知識と技術、そして大きく成長した自尊心があることでしょう。自分たちが一番優れているという意識のもと、他国との接触を極端に面倒臭がっていると聞いています」
「それを言ったのはオーウェンじゃな……流石に少しばかり偏った見方だとは思うぞい」
私が自分の持つエルフの国に対する知識を披露すると、グレンが呆れたようにそう言った。どうやら少し穿った内容だったらしい。
「そうなのですね。しかと覚えておきます。それで、今からエルフの国へ向かいますが、準備は出来ていますか?」
「……一応、用意はしておいたが、本当に行くのかの? 冗談じゃないのかの?」
物凄く不安そうなグレンに頷き返して、外を指差す。
「本当です。それでは、行きましょう」
「……Oh」
不安と恐れに満ちていたグレンだったが、飛翔魔術で馬車を飛ばすとテンションが上がった。
「おほほほう……! これは想像以上に快適だの」
「想像とは違いましたか?」
「わしらが知る飛翔の魔術は出来るだけ軽くした状態で、風をぶつけて浮かせるだけの代物じゃ。自由自在に飛ぶというものでもない。だからこそ、完全なる飛翔の魔術は現実にはないものとされておる。しかし、アオイ君の飛翔魔術は違う! これは本物じゃ! そうでなければ説明がつかんぞい!」
「風とは結局物質ですからね。一方向から激しく風を吹き付けても、進行方向に残っている空気抵抗などはそのままです。水中で例えたら分かりやすいでしょうか。水の中で激しい水の流れを自分の足元で生み出したとして、正面に盾を構えてしまってはまともに進めません。水の壁を受け流す必要があるからです。つまり……」
「ちょ、ちょっと待ってくれい! 物凄く重要なことをサラッと言うでない!」
そんなやり取りをしながら、私はグレンと三時間以上もの空中飛行を楽しんだ。
しかし、魔術という共通話題の力をもってしても、実際にエルフの国近くに来てしまってからはグレンの口数は着実に減ってしまった。
「……あの、高い山の麓、深い森の中にエルフの王国、アクア・ヴィーテがある」
グレンの言葉を聞いて、顔を上げる。
目の前にはまるでエベレストのような巨大な山が聳え立っていた。他の山も大きいのだろうが、一つの山があまりにも群を抜いて大きい為、遠近感がおかしくなってしまう。その高度からか、山の中腹から上は真っ白な衣装となっており、厳しい自然の姿を形にしているようにも見えた。
そして、その山の麓には確かに鬱蒼とした森林が広がっている。巨大な山のせいで小さく見えるが、段々と近づいていく内にその森を形成する樹木も随分と大きいことが分かってきた。
「……見渡す限りの森、山々。全てが巨大で広大ですね」
感嘆の念を込めてそう呟くと、グレンが深く溜め息を吐く。
「うむ……悔しい限りじゃが、この雄大な自然は美しいとしか言いようがないのじゃ。住んでおるエルフの心は小さいがの」
「……グレン学長?」
珍しく冗談交じりの皮肉を口にしたグレンに、少し驚いて視線を向ける。すると、いつもの好々爺としたグレンの顔はすっかり消え失せており、替わりに悪戯小僧のような笑みを浮かべたハーフエルフの顔があった。
グレンは照れくさそうに笑い、鼻を鳴らす。
「ここまで来たら、もう学長としての体裁なんぞ被ってられんぞい。この国には酷い想いをした思い出ばかりじゃからな。素のわしで話をさせてもらうとしようかの」
そう言って、グレンは鋭い視線をその森へと向けたのだった。
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