グレンの葛藤
「……わしは、元々はエルフの国出身じゃ。追い出される形だったとはいえ、外の国からヴァーテッド王国に来たことに変わりは無い。その外から来たわしが、幸運にも爵位を得て、更に魔術学院の長となることも出来た。まさに望外の幸運ともいうべきじゃが、それを妬み、恨む者もおる……それは国内外問わずじゃ」
「学長が地位を高めて、損をする人がいるということですか?」
そう尋ねると、グレンは首を左右に振った。
「損をする、という言葉は微妙に間違っておる。例えば、わしがこなかったら、他の誰かが宮廷魔術師になっておった。そして、もしかしたら侯爵になっていたかもしれん。わしがいなければ、陛下に魔術学院を任される別の魔術師が現れたかもしれん……どれも空想や理想であり、根拠のない仮の話でしかないがの。そうやって知らぬ内に恨みを買ってしまっておるものじゃ」
「それは、グレン学長と寸前まで競っていた者ならばともかく、他はただの捕らぬ狸の皮算用でしょう。グレン学長がいなかったとしても、そんな人たちが侯爵になったり魔術学院の学長になっていたとは思えません」
グレンの説明に釈然としない気持ちになる。言いたいことは分かるが、それでグレンが恨まれるのもお門違いというものだろう。
だが、その私の言葉にグレンは肩を落として溜め息を吐く。
「まぁ、そりゃあそうじゃがのう……とはいえ、学長や侯爵になれなかったかと言われるとそうとも限らん。結局、恨むも妬むも相手都合じゃからな。わしからどうこうすることは出来んのじゃ……そんな状況もあって、確かに王族や貴族という相手に気を遣っているのは間違いない」
そう呟いてから、目を細めて自分の前に置かれたカップを片手に口に近付ける。一口中の液体を啜り、息を吐いた。
「……じゃが、エルフの国から来た生徒達には厳しく注意をして、帰るように促しておいたし、それに同調して悪意のある噂を流した生徒も厳しく注意をしておる」
「注意だけ、ですか?」
グレンの言葉に、思わずといった様子でシェンリーが口を開く。私とグレンの目が向くと、慌てて、身を小さくした。グレンはその様子に疲れたような微笑みを浮かべる。
「フィディック学院は、良い意味でも悪い意味でも有名になり過ぎたのじゃ。各国の力のある王族や貴族は我が魔術学院に子息を通わせることを目標にしている者もおる。また、そういった王族や貴族と縁をつなぐ為に、子を通わせておる新興貴族などもおるだろう。貴族に意見を言えるような大商人の子らも何人もおる。そんな状況の中で、悪い噂が流れた生徒はどうなるじゃろうか……ましてや退学なんぞになってしまったら、学院内だけでなく故郷に帰ってもそういう目で見られる。また、他の国からの評判も悪くなり、場合によっては責任を取らされることもあるじゃろう」
「責任、ですか? その生徒が? それとも、そういった生徒を出した貴族の家が、でしょうか」
「両方じゃ。実際にそういったことが一度だけあったからの……侯爵家の長男じゃったが、あまりに目に余る行動をしていた為、退学処分とした。しかし、その子が虐めていた相手は他国の重鎮であり、外交に深く関連する貴族の一人じゃった。そのせいで、国に大きな損害を与えたとされ、家は爵位を下げられて、その責任を負った形で退学した生徒自身も自由な振る舞いが出来なくなってしまったようじゃ。貴族としての将来は絶たれたと言っても良い」
そう口にして、グレンは深く溜め息を吐く。どうやら、そのことを悔いているらしい。グレンは根っからの教育者なのだろう。どの生徒の未来も良いものになるようにと思っている。
しかし、因果応報という言葉もある。
例えば、シェンリーがまた虐めを受けるようになってしまい、自殺なんてしてしまったら……私は加害者も、そして自分自身も許せそうにない。
「……グレン学長が深い配慮のもと、生徒達の虐め問題を解決しようとしていたことは分かりました。確かに、不用意な処罰を行って上級貴族などから恨まれてしまえば、学院の外でいつかソラレ君に害をなす人物も現れるかもしれません」
グレンの気持ちを代弁して答えると、グレンが重々しく頷いた。
「その通りじゃ……わしは様々な事態を想定して判断をしておる。わかってくれるかの?」
グレンがこちらを窺うようにしてそう言ってきたので、軽く頷いた後、口を開いた。
「そうですね。そういった各人への配慮は良く理解しました。ただ、やり方は甘いと思います」
自分の考えを述べると、グレンは途端に泣きそうな表情になる。
「……アオイ君なら必ずそう言うと思っておった」
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