評価
「良くやった」
開口一番、ストラスはそう言って私の肩を何度も叩いた。いつもの感情を見せない顔なのに、何故かとても喜んでいるのが分かった。
「ちょっと、ストラスさん! なんで褒めるんですか!?」
両手を挙げて怒りを表現するエライザに、ストラスは首を傾げる。
「傍若無人であり、授業の邪魔になることも度々あった馬鹿どもを叱りつけたんだ。何が悪い」
ストラスが真面目な顔でそう聞くと、エライザは頭を抱えてテーブルに両肘を付いた。項垂れるエライザを横目に、私は店内を見回す。
少し薄暗いが、広々とした飲食店だ。木製のテーブルや革張りのソファーが並び、壁側や柱周りには観葉植物も置かれている。
店員も客層も品があり、一目で高級店と分かる店だ。
「……支払いは大丈夫でしょうか」
自分は旅の途中で得た金があるが、この二人はあまり金銭的に余裕があるというイメージが無い。確か、エライザが寮長にそんなことを言っていた記憶もあった。
そう思って口にしたのだが、二人は真顔で私を見た。
「この街で、フィディック学院の教員は高給取りですよ! ご飯くらいは大丈夫です!」
「……そういえば、アオイはまだ給金を受け取っていないのか」
ストラスの言葉にエライザもハッとした顔になる。誤解を受けてしまった。
「いえ、私の支払いは大丈夫ですが……前にエライザさんが街の宿の価格を心配していたので」
そう言うと、ストラスもエライザの顔を見た。すると、エライザは眉を八の字にして視線を逸らす。
「……研究費がカツカツで……たまの食事代くらいは端数みたいなものなんで気にしませんが、定期的にお金がかかるとなると……噂によると上級教員の方は一般教員の三倍の給金を貰えると聞いてます……」
物欲しそうにこちらを見るエライザに、ストラスが半眼になる。
「たかるな、エライザ。アオイは年下の新任教員だ」
と、ナチュラルに呼び捨てにするストラスに、エライザは非難の目を向けた。
「……私、ストラスさんより年上ですからね。年上を敬って研究費を出資してくれても……」
「……こうはなるなよ、アオイ」
と、愉快な会話をしている二人に、私は疑問を口にする。
「一つ質問ですが、恐らくフィディック学院の教員になれるような魔術師ならば、別の道で充分お金は得られると思います。なぜ、この学院に?」
そう尋ねると、二人は顔を見合わせた。
「理由は様々だが、大まかに分けるなら二つ……いや、三つだな」
ストラスがそう口にし、エライザが頷いて続ける。
「一つは国の為に、学院で存在感を示しに来ています。例えば、フェイマス・グラウス先生ですね。フェイマス先生は伯爵家の地位向上や、カーヴァン王国の魔術師のレベルが高いことを知らしめる為に教員をしています」
人差し指を立てながらそう言うと、次に中指を立てて二つ目を口にする。
「二つ目は、家の為、です。例えば、元は貴族だったのに落ちぶれてしまった家の人などは、国内では浮上の目が極端に少なくなります。まぁ、一度ダメだった人よりも勢いのある新興貴族の方が評価を得られやすいですからね。そういった人は、平等に評価されて存在感も示せるフィディック学院に来ます」
そう言ってから、最後に薬指を立てた。
「三つ目は、自分の為です。魔術に人生を捧げた人。なんとかして目標とする魔術を開発したい人。中には結婚相手を探している人などもいますね」
と、解説をしてくれた二人を見て、私は成る程と頷く。
「それで、お二人は?」
「自分のため」
「自分の為です」
聞くや否や即答でそう答えてきた。
「自分の為ですか?」
そう確認すると、ストラスは大きく頷く。
「ヴァーテッド王国はすでに上級教員が一人いる。家は男爵家だからな。教員になれただけでも充分名を挙げることが出来た筈だ。だから、俺は自分がどれだけの魔術師になれるか試したい」
ストラスは少年漫画の主人公のようなことを言い、静かに酒を口に運んだ。
それに笑いながら、エライザも頷く。
「私も似たようなものですね。グランサンズとしては魔術師を多数輩出出来たら良いでしょうが、以前よりもずっと教員も生徒も増えていますし。なので、私は目的の為に新しい魔術を開発するのです」
胸の前で両手を拳の形に握り込み、エライザはそう言った。
「新しい魔術?」
「そうです! 土の魔術は街道作りから城壁作りまで様々な場所で使うことが出来ます! しかし、魔力が失われた瞬間、全て土塊となってしまいます。それは上級も特級も変わりません。性質変化で石にしたとしてもバラバラと崩れてしまうそうです……なので、私は効果が持続する土の魔術を開発したいのです! そうすれば、建物や橋なども作ることが出来るようになるはずです!」
熱く語るエライザに、ストラスが唸り声を上げる。
「毎回確認しているが、持続する魔術などありえるのか? 魔力を放出し続けるのではないだろうか」
「魔術の可能性は無限大ですよ! 私としては、古来に失われた魔法陣に可能性があると考えています! そもそも、古代の遺跡の中には明らかに人工物とは思えない建物が……」
と、気が付けば二人は魔術論議で盛り上がり出した。
「どう思います、アオイさん!?」
「正直に言って良い。不可能な研究に時間を無駄にしてしまっては可哀想だ」
「酷いこと言わないでください!?」
二人に詰め寄られて、チキンバーを食べていた私は苦笑しつつ答える。
「エライザさんの研究は間違いではないと思います。実際に、魔法陣を使って作られた武具や防具、建物は残っています。魔法陣は線が途切れてしまえば効果を失うので、表面を同じ材質で保護して見えなくなっていますが」
そう答えると、エライザとストラスは目を丸くした。
「ま、ま、魔法陣についてご存知なんですか!?」
「……まさか、アオイまで魔法陣の研究を……」
二人がそれぞれ驚愕していると、不意に側に何者かが立つ気配がした。
顔を上げると、そこには何とスペイサイドの姿があった。
スペイサイドは私達の顔を順番に見ると、顔を顰めて深い溜息を吐く。
「……少しは静かに出来ませんか。ここは公共の飲食店です。周りの迷惑を考えて行動してください」
そう言われて、すぐにエライザはハッとした顔になり、頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! ちょっと、熱が入っちゃって……申し訳ありませんでした!」
謝るエライザを鼻を鳴らして見下ろし、スペイサイドは踵を返す。
その態度にストラスは若干不機嫌になっていたが、悪いのはこちらである。文句など言える筈もない。
が、一つ気になることがあった。
「すみません」
そう言うと、スペイサイドは立ち止まって横顔をこちらに向けた。
「騒がしくして申し訳ありませんでした。ところで、スペイサイド先生は一人でこちらへ?」
尋ねると、スペイサイドは嫌そうな顔で一瞬口籠ったが、すぐに答える。
「……フォア・ペルノ・ローゼズ氏と二人です。くれぐれも迷惑をかけないように願いますよ」
そう答えてスペイサイドは戻っていった。どうやら奥の個室で食べているらしい。
「フォアという人は、教員ですか?」
疑問を口にしながら振り返ると、ストラスは渋面になり、エライザは苦笑しながら頷いた。
「上級教員の一人ですよ。その……貴族意識の強い方で、ストラスさんや私はあまりお話しする機会が少なくて……」
そう言われて、私は何となくストラスの顔に納得するのだった。
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