ソラレの過去
「先に言っておくが、俺は別に仲の良い友人というわけではない。あまり、深い話は期待しないでもらおう」
「構いません。少しでも情報が欲しいのです」
フェルターの前置きに食い気味に返事をする。それに溜め息を返しつつ、フェルターは語り出した。
元々、ソラレは友人が少ない少年だったようだ。グレンが魔術学院の学長をしているから、幼くしてフィディック学院に籍を置いていたらしいが、決まった友人はいなかったようである。
それでも、幼い時から最高の環境で魔術を学んできたソラレは子供達から一目置かれる存在だった。十歳にもならずに中級の魔術を習得した為、教員の誰もが将来は宮廷魔術師かフィディック学院の上級教員かと噂をしていた。
グレンから直接魔術を教えられることもあったようだ。十歳まで、ソラレは順調な魔術師としての道を歩んでいた。
しかし、中等部クラスに飛び級で進学して、状況がガラリと変わってしまった。十歳で中等部クラスに入り、貴族出身の一部の生徒から虐めを受けるようになってしまったのだ。既に中等部クラスでもトップクラスの魔術を行使することが出来ていた為、直接的な虐めは受けなかったが、持ち物を捨てられるなどの陰湿な苛めを受けていたらしい。
その後、ソラレは二年も経たずに高等部クラスに飛び級することになる。しかし、そこではソラレ以上の魔術を使える年上の生徒達が多くいた為、虐めは中等部の時よりも激しいものへと変化してしまう。
ソラレがどんな気持ちで学院での日々を送っていたのかは分からないが、高等部に上がってから一年が経った頃、講義を受ける回数が目に見えて減っていったようだ。そうして、ソラレが十四歳になって、殆どの人と会うことも無くなってしまった。講義にも顔を出さないどころか、学院内外でソラレの姿が消えたのである。
この異変には教員だけでなく、これまで静観していた生徒達も気が付いた。本人の実力だけじゃなく、グレン学長の孫であるという事実が原因だろう。他にも毎年退学者や転校者は出ているのだが、ソラレに関してはその学長の孫であるという点が変に目立たせてしまった。
結果、ソラレの姿が見えなくなって実に半年以上も学院内でソラレの噂が流れ続けたらしい。
そんな時、フェルターはソラレと出会ったという。
「……学院の敷地の外れにある小さな池と古い東屋。周りは森のようになっていて、生徒も教師もまず立ち寄らない。俺は静かな場所を探してそこに辿り着いたが、先客がいた」
「それがソラレさんですか?」
「そうだ」
フェルターは頷いてから、果実酒を口にしようとする。
「あ、お酒はいけません。果実水にしてください」
「……ブッシュミルズでは十六歳以上で酒を呑めるぞ」
「私の生徒は二十歳以上でなければ許しません」
厳しくそう告げると、フェルターは無言で果実酒が入ったグラスをテーブルに置き直した。その様子をラムゼイとフィオールが面白そうに見ているが、フェルターは一切そちらを見らずに溜め息を吐く。
「……まぁ良い。それで、ソラレのことは無視して小屋の外側で壁に寄りかかって過ごしていたんだが、一、二週間過ぎた頃、向こうから声を掛けてきたんだ」
「……よく一、二週間もお互い無言で過ごしたな」
フェルターの回想にラムゼイが呆れたような顔で呟く。それをジロリと睨みつつ、フェルターは話を続けた。
「ソラレは午前中は部屋に籠って魔術の知識を蓄えて、午後になってから講義で人が少ない学院内を移動していたらしい。小屋や湖で魔術の発動を練習していたのだが、俺が来たせいで練習が出来ないと言っていたな。そこから、たまに会話をするようになった」
そう言って、フェルターはソラレとの会話を思い出しながら語る。
「ソラレは自分の噂を何処かで耳にしていたようだ。どんなことを言われているのか知って、より人と会うのが億劫になったと言っていた」
結局、この世界でも出る杭は打たれるということなのか。
そんなことを考えていると、フェルターは難しい顔で遠い目をした。
「……それでも、その時はまだソラレも笑うことがあった。人に会うのが嫌なのは今と同じだが、まだそれほど深刻ではなかったと思う」
「……それが、今は違うのですか?」
聞き返すと、フェルターは僅かに肩を落とした。
「ある日、いつものように東屋に向かったら、そこには何もなくなっていた。東屋も池も何もかも、だ」
「……どういうことですか?」
意味が分からず首を傾げる。すると、フェルターは腕を組んで唸る。
「ソラレがそこで魔術の練習をしていることが高等部クラスの奴にバレたんだ。何が気に入らないのか、あいつらはソラレの居場所を無くそうとした。結果、東屋も壊されて池も土の魔術で埋められた」
「……誰ですか。そんな酷いことをした人は」
思わず、怒気が声に籠る。それにフェルターは鼻を鳴らして答えた。
「もうそいつらには俺が罰を与えた。中等部クラスの俺一人に三人がかりで負けたからな。その後一ヶ月もしない内に国に逃げ帰ったぞ」
「……少しやり過ぎな気もしますが、なんとなくスッキリしました」
教師としては不良生徒に更生の機会が与えられなかったことを嘆くべきだろうが、ソラレの気持ちを思うとこれで良かったような気もしてくる。
もし誰か分かれば、後で直接私が出向き、更生の為のお手伝いをしてあげるべきだろうか。
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