シェンリーと問題児
結局移動するのも癪なので、昼食は女子生徒の嫉妬と怒りの視線を全身に浴びながら食事を楽しんだ。
エライザはガタガタ震えていたが、コートは私の様子を面白そうに見ていた。ちなみに魔術についての話はそこそこに、半分はコートの他愛無い雑談と質問で終わった。
「昼からは土の魔術の授業と聞きましたが」
食事も終わり、そう言って立ち上がると、エライザが胸を張ってこちらを見る。
「私もさっき聞きました! なんと私の授業ですよ!? 嬉しいですね!」
と、テンション高く両手を突き上げた。その姿を微笑ましい気持ちで見ていると、コートが残念そうに溜め息を吐く。
「……僕は昼からは違う授業ですね。残念です。次回の授業では是非ご一緒に。それでは、また」
そう言って、コートは去っていった。まるで舞踏会か何かのようだったが、ここは学校である。
「変わった子ですね」
笑いながらそう言うと、エライザは疲れた表情で首を左右に振った。
「コート君にそんな感想を持った人を初めて見ました」
エライザは呆れた顔で笑い、そう言った。
二人で教室に行くと、見知った顔を見つけた。
白い髪、白い尻尾の可愛らしい少女、シェンリーだ。シェンリーはこちらに気がつくと、頭の上の耳をピコンと立てて目を輝かせた。無言でこちらを見ているが、尻尾はぱたぱたと左右に振られている。
「こんにちはー! それでは、名前を確認しますねー!」
と、エライザは生徒達に笑いかけながらそう言って、名前を一人一人確認していく。
シェンリーも大きな声で返事をしていた。
授業が始まると、エライザは簡単な土の魔術から始めて徐々に難しくしていき、最後に中級の魔術を見せた。
「このように、初級から中級に上がるにつれて土は多様性を増していきます。形作るだけだった魔術も、大きさや硬さ、性質の変化など、効果も使い方もまったく違うものとなるのです」
そんな説明をしながら、エライザはシェンリーを見る。
「では、シェンリーさん。土の魔術で壁を作るとどうなりますか」
「は、はい! 初級だと腰ほどまでの高さで、厚みも拳大ほどですが、中級だと身長を超える高さの壁が作れます。上級になると三メートルを超える壁も作れると聞いています」
急に当てられたシェンリーが慌てつつもしっかりとした回答をしてみせた。それにエライザは微笑み、頷く。
「はい、その通りです。また、魔力や熟練度によって高さや厚さは変わります。硬度もですね。ただただ硬くしようと思ったら、初級と中級はあまり変わりませんが、上級や特級はまったく違うものとなります。特級の魔術師が土の壁を作ったら城壁のような壁が作れます」
エライザがそう言うと、生徒達は感嘆の声をあげた。
「土の魔術は地味と言われることもありますが、多様性に富んだ凄い魔術です。初級よりも中級、中級よりも上級と向上心を持って取り組みましょう」
エライザの言葉に良い返事が返ってくる。
と、嬉しそうにこちらを見ていたシェンリーの後ろから、目つきの悪い男子生徒の話し声が聞こえてきた。隣に座る金髪の大柄の男と話をしているらしい。
授業中とは思えない声量で話して笑う二人に、シェンリーの表情がくもる。
流石に授業の邪魔と判断したのか、エライザが口を開いた。
「えっと、ロックス君、フェルター君。ちょっと静かにしてもらって良いかな?」
優しく注意するエライザに、周りの生徒の表情が変わる。
一方、注意された二人は気にもしていない。
「……ちょっと二人とも声が大きいですよー」
控えめに注意するエライザに、二人はようやくこちらを向いた。
「……俺に言ってるのか?」
「ほかにおらんだろう」
赤い髪の男が自分を指さしながら尋ねると、隣に座る大柄な男が鼻を鳴らして答える。
すると、赤い髪の男は自らの髪をガリガリと掻きながら立ち上がった。
「中等部じゃないんでね。だらだら初歩から始められると時間の無駄になる。それなら、その間は雑談しても構わないだろう?」
滅茶苦茶な理論だが、本人はいたって真面目そうにそう言った。対してエライザは困ったような顔をしつつも、諭すように意見を言う。
「確かにロックス君はもう土の魔術も中級上位まで理解して使えるかもしれないけど、皆がそうではないんです。まだ中級の授業を初めて受ける人もいますから、授業の邪魔はしないようにしてくださいね」
笑顔でそう言った直後、ロックスと呼ばれた真っ赤な髪の男は舌打ちをして机を叩いた。大きな音が響き渡り、何人かの生徒は思わず首を竦めるほど驚いている。
「ならば生徒を分けるが良い。新人だか何だか知らんが、教師が二人いるではないか。初級の土の魔術くらいは出来るのだろう、女」
と、ロックスは私を見下ろしてそう言った。どうやら、授業のやり方に不満があるらしい。
しかし、だからといって教師を馬鹿にしてはいけない。
私は半笑いのロックスの目を見返して、口を開いた。
「新人のアオイ・コーノミナトです。確かに、私は新人ですが、学院に認められて教師としてここに立っています。それは理解出来ますか?」
そう確認すると、ロックスは一瞬目を丸くし、すぐに不機嫌そうに眉根を寄せた。
「……舐めているのか、貴様。逆に尋ねるが、立場を理解して話をしてるんだろうな? 俺は誰だ、言ってみろ」
ロックスが睨みつけながら聞いてくるので、頷き返す。
「初等部以下の子供の考えを振りかざす、態度の悪い生徒。名前はロックス。違った?」
そう言った瞬間、ロックスは机の上に飛び乗って天板を蹴り、こちらに向かって飛びかかってきた。
「ぶち殺すぞ、女ぁっ!」
そんな叫び声をあげて向かってきたロックスを横に歩いて躱し、私は口を開く。
「行動封印」
振り向くとこちらに向かって殴り掛かろうとするロックスの姿が目に入った。だが、すでに魔術を発動していた為、ロックスは棒のように真っ直ぐになり、地面に倒れた。
「っ!?」
声にならない声を上げて地面に転がるロックスの姿に、教室は騒然となり、フェルターと呼ばれた大柄な生徒も驚愕の表情となる。
「さて、古典的ですが、悪戯の過ぎる生徒には罰を与えます」
そう言ってロックスの腰に巻かれたベルトを持つと、重心の移動で持ち上げる。
荷物のようになったロックスを教室の外に運び出し、壁に立てかけて無理矢理立たせた。
下手な看板みたいになったが、まぁ良いだろう。
「では、今日は授業が終わるまでこのままです」
そう言ってから教室に戻ると、皆が戸惑いを隠せずにいた。シェンリーもハラハラした顔をしている。
「……かわいそうかもしれませんが、あのままではロックス君は不良になってしまいます。少し厳しいくらいの罰が必要なのです。分かりましたね?」
そう言ってみたが、返ってきたのはエライザの泣きそうな顔と声だけだった。
「……目立ってますぅ……尋常じゃなく目立ってますぅ……っ」
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