事件
突如巻き起こった竜巻は新任の上級教員の起こした魔術らしい。
そんな噂が広まっているとは知らず、私は初日が思いの外上手くいったと喜んでいた。
「アオイさん、嬉しそうですね」
「自画自賛ですが、初日にしては上手く出来た気がします」
そう口にして微笑むと、釣られるようにエライザが笑った。
「そうですね。ストラスさんも凄く上手だったと言ってました。火、風ときたら水と土……もしかしたら明日は私の授業に来るかもですね」
嬉しそうにそう言うエライザに、私は頷いてミンチ状になった肉入りのパスタを食べる。見た目は茶色でヘビーな雰囲気なのに、意外にもあっさりとしていて美味しい。サラダとパンも中々良い味だ。
私はエライザと談笑しながら寮の食事を満喫した。
朝の日が窓から差し込み、私は柔らかいベッドで寝返りを打ち、徐々に覚醒していく頭を意識しながら周りを見た。
高級ホテルと見紛う部屋の内装。窓からは世界遺産のような洋城や尖塔の並ぶ景色が見える。
どこか現実離れした光景を眺めながら、上半身を起こした。
昨日は自分でも気付かない内に緊張していたのか、驚くほど熟睡できた。
就寝用の薄着のまま水をコップ一杯飲み、顔を洗って着替える。肌触りの良いアンダーウェアとぴしりとした制服に着替えると、気持ちも引き締まる気がする。
食堂に行くと、すでにエライザが待っていた。
「おはようございます!」
「おはようございます」
挨拶を交わし、二人で朝食をとる。パンと野菜のスープに何故かミートパイも付いてきたが、朝でもぺろりといける美味しさだった。
二人で学院に行くと、入口でフェイマスが待っていた。
「……おはよう。学長より伝言を伝える。コーノミナト氏は午前はオード氏の中級の水の魔術の授業を見学してもらいたい。午後はそのエライザ氏の土の魔術だ。それでは」
そう言って、フェイマスは去っていく。
「……教室はどこか分からなかったんだけど」
嫌がらせだろうか。
そう思って呟くと、隣にいるエライザが慌てて奥を指さした。
「中級の水の魔術はこのフロアの奥ですよ! 右側の通路をまっすぐ突き当たりです。あ、お昼は校内の食堂にしましょう。待ってますから! それじゃあ、また!」
と、エライザが補足説明をして走り去る。
あっという間に一人になってしまった。今時間を確認する手段がないが、もしかしたら遅刻寸前なのではないか。
よく見たら、フロアには誰もいない。
「……右側の通路、突き当たり」
私はエライザに言われたことを復唱して、早足で目的の場所へと向かった。
だが、校内は広すぎた。廊下の奥に行くだけなのにかなり遠い。
結果、授業開始の低い鐘の音が鳴り響く中、教室の扉を開けることとなった。
「申し訳ありません。遅れました」
謝罪の言葉とともに中に入ると、生徒達と教員の目がこちらに向いた。
教壇に立っていたのは、学院初日に会ったあの青い髪の美青年である。
「……君か。私はスペイサイド・オード。この授業を受け持つ教員です」
それだけ言ってから一旦口を閉じ、スペイサイドは眉間に皺を寄せたまま再度口を開いた。
「……昨日、校舎裏に突如発生した竜巻。おそらく暴風の矛と呼ばれる特級魔術でしょうが、あれは君の魔術で間違いありませんか?」
スペイサイドがそう口にすると、生徒達がざわついた。
私は首を左右に振り、否定する。
「あれは中級魔術を改造したオリジナル魔術です。特級ではありません」
そう答えると、スペイサイドは目を僅かに見開き、生徒達は顔を見合わせた。
そして、生徒の中の一人が口を開く。
「高等部三年目のコート・ヘッジ・バトラーです。オリジナル魔術というだけでも大変高度な技量をお持ちかと思われますが、中級魔術を特級相当まで引き上げたというのは信じ難い話です。是非、ご解説していただきたいのですが」
生徒は柔和な雰囲気でそう言ったのだが、不思議と誰もが静かに生徒の言葉を聞き、黙ってしまった。
ピンクにも近い朱色の髪の少年だ。年は十六、七歳ほどだろうか。背は高くなく細身だが、頼りない雰囲気は無い。
コートの言葉に頷き、私は手のひらを上に向けた。
「今は水の魔術の授業でしたね。では、水の魔術を……」
そう言って、グレン達にも見せたオリジナル魔術を披露した。
それを見せると教室は騒然となり、スペイサイドも険しい顔でこちらを見ていた。
一方、コートは興味深そうに頷いている。
「……素晴らしい」
コートの言葉が不思議と良く聞こえた。
それからスペイサイドが仕切り直し、ようやく授業の開始となった。
シンプルでありながら要点を掴んだ良い授業だ。やはり所々回りくどいところはあるが、これならば全員理解出来ないということはないだろう。
最後まで見学に徹していると、スペイサイドはつつがなく授業を終了した。
なるほど、こんな感じで皆授業をしているのか。
そんなことを思いながら教室を後にしようとすると、あのコートという生徒が隣に歩いてきた。
「アオイ先生。これから昼食ですか?」
「はい。食堂でエライザさんと一緒に食べる予定にしています」
答えると、コートは優しげな微笑を浮かべて頷く。
「良かったら、僕もご一緒してよろしいですか? ぜひ、魔術のことについて教えてもらいたいと思いまして」
そう言われて、私も流石に断れないと思い、返事をした。
「え!? コート君!?」
食堂でのエライザの第一声に、コートは困ったように笑う。
「ど、どうしたのかな? もしや、アオイさんがまた何か……」
「何もしていません」
心外だ。そう言わんばかりに返事をすると、コートが苦笑する。
「まだ新人の先生が特級魔術相当のオリジナル魔術なんて披露しておいて、何もしていないなんてことはないでしょう」
笑いながら言われた内容に、エライザは自らの頭に手を置いた。
「……アオイさん、噂になってましたよ。オリジナル魔術なんて、何年も研究して一つ完成させたら良いくらいなんですからね? なんて目立つことを……」
「目立つとは思わなくて」
「目立つに決まってるじゃないですか……もうやっちゃったことは仕方ないですから、これ以上は目立たないように過ごしましょうね?」
「分かりました」
そう返事をすると、エライザはホッと息を吐き、頷いた。
「良かったです。では、お食事にしましょう」
安心したのか、エライザはニコニコしながらそう言った。
食事が始まり、私は目の前に並ぶ料理を楽しむ。今回はカツレツとサラダ、オニオンスープとパンだった。
この学院では美味しい料理ばかりが出てくるのでとても嬉しい。
そんなことを思っていると、エライザがなんとも言えない顔でこちらを見てきた。
「……アオイさん、周りの視線は気になりませんか? 私はもう今すぐ逃げ出したいくらいですが」
言いつつもしっかりパンを齧っているエライザから視線を外し、周りを見る。
幾つも天窓のある天井の高い食堂で広さも相俟って開放感が高い。だが、今は圧迫感の方が強い状況となっていた。
何故なら、食堂で席についてからずっと周りから視線を向けられていたからだ。ちなみにその殆どは女性の視線である。
「気になるけど、気にしません」
そう答えて、恐らく原因と思われる人物に目を向ける。すると、私の視線を受けたコートが困ったように笑った。
「すみません。普段は、個室で食べてますから、珍しがられてるのでしょう」
コートが冗談混じりに言うと、エライザが頬を引き攣らせる。
「コート君が女子生徒から大人気だからだと思いますー……」
と、エライザは乾いた笑い声と共に呟く。
後から聞いた話だが、コート・ヘッジ・バトラーは六大国の一つであるコート・ハイランド連邦国の大貴族の嫡男だった。そして、成績も運動もトップクラスであり、大貴族の子の中では断トツで人当たりが良いらしい。
そういうわけで、貴族の子女が多くいるこの学院では最優良物件として知られているのだ。
そんなコートが他人と食堂で食事をしている光景は極めて稀な事であり、女子生徒の間では大事件として知られることとなった。