文化祭18 決闘2
フェルターは足の親指から膝、腰、肩と私が教えた通りの順番で力を伝達していき、理想的な打ち方で拳を放つ。ボクシングでいうところの右ストレートだ。普通ならノックアウト必至のタイミングで放った攻撃だが、ラムゼイは驚異的な反射神経で身を捻り、上体を逸らして回避した。
更に、低い姿勢のまま動き、フェルターに体の正面を見せるように移動した。仕切り直しといった状況となると、ラムゼイは息を漏らすように笑う。
「……去年とは違うというわけか。しかし、死ねといったことは覚えておくぞ」
「次は必ず殺す」
まだラムゼイには余裕がありそうだが、フェルターも同様だ。まだ、全ては見せていない。どうせなら、双方とも実力を発揮してもらいたいものである。
と、そんなことを思っていると、再度ラムゼイが先手をとった。拳を構えて一歩後ろに下がり、体を前傾姿勢にする。
そして、地面を蹴って突進のような形で突撃してきた。通常なら避けて反撃といきたいところだが、身体強化の魔術を使っている二人の場合はそう簡単でも無さそうだ。車が突っ込んできたら、避けるのに必死で反撃どころではないのが普通である。
フェルターもそう考えたのか、一足飛びに横に避けてラムゼイの突進を回避しようとする。そこへ、ラムゼイが腕を伸ばした。
躱し損ねたフェルターの足を片手で掴むと、ラムゼイが笑って体を捻った。
「捕まえたぞ、フェルター!」
叫び、ラムゼイが手を持ち上げる。
冗談のように、フェルターの体が持ち上がった。まるでオールか何かを振るようにフェルターの巨体を振り上げ、突進の勢いのまま地面に叩きつける。
激しい衝突音が響き渡り、フェルターの体が横向きの状態で地面にぶつかった。更に、ラムゼイはフェルターの体を地面に叩きつけるべく、全身に力を籠める。
「ぐっ!」
振り回されるような格好で体を持ち上げられたフェルターが、力の入らない態勢のまま自らの足を掴むラムゼイの腕を蹴った。
肘の内側を踏むようにして蹴られたラムゼイは、腕を伸ばせずに思わずフェルターの足を放してしまう。
地面を二回、三回と転がり、フェルターの体がラムゼイの手から離れた。
「はっはっは! 一度しか投げられんとはな」
ラムゼイが上機嫌に笑うと、フェルターが土ぼこりを払いながら立ち上がる。
「……調子に乗っていられるのも今の内だ」
そう言って、ラムゼイを睨んだ。その態度とセリフにラムゼイは肩を回しながら笑みを深めた。
その様子を見て、今度はフェルターが動き出す。相手の方が速い場合は、下手な先手は取るなと教えたことがあるのだが、何か狙いがあるのかもしれない。
フェルターは一気に距離を詰めて、拳を構える。興味深くフェルターの狙いを窺っていると、ラムゼイも試すような動作でわざとらしく自らの腕を持ち上げた。
はた目には、双方が拳を構えて殴りかかったように見えるが、ラムゼイのは後手に回る為にフェルターの先手を誘導しているだけである。
さぁ、どんな攻撃を見せてくれるのか。ラムゼイの行動に、どんなことを思っているのか察することが出来た。対してフェルターはこれまでラムゼイに惨敗続きだったようだから、そこまでの余裕はなさそうだ。
しかし、その誘導にフェルターは乗った。
「ふん!」
息を鋭く吐くと同時に、拳を振るう。だが、先ほどの大振りとは違い、まずは手前に出した左手だ。その左手を突き出すように伸ばすと、流石のラムゼイも上手く避けることが出来ずに頭を掠めた。
「ぬぅ!」
唸りながら反射的に反撃に出るラムゼイ。だが、今度はそれをフェルターが身を捻って躱しつつ、空いていた右手で掴み取る。
ラムゼイの伸ばした腕の手首あたりを掴んだフェルターは、そのまま回転。倒れ込むようにしてラムゼイの体を投げた。一本背負いである。地面に叩きつけるようにして投げた為、地響きとともに地面にヒビが入るのが分かった。
「ぐは……」
肺の中の空気が衝撃で漏れ、ラムゼイが咽る。その隙に、フェルターはラムゼイの掴んでいた腕を捻り上げ、背中に押し当てる形にして関節を極める。
まさかの関節技に、ラムゼイは為すすべなく制圧された。
「……お見事です」
私がそう言って拍手を送ると、遅れて観衆からも徐々に拍手が聞こえ始める。派手な決着ではないが、誰の目から見てもどちらが勝ったか分かる状態だ。
やがて、拍手は盛大なものとなり、歓声も聞こえ始めた。
「俺の勝ちだ」
フェルターが小さな声でそう告げて拘束を解き、立ち上がる。ラムゼイは一瞬動かなかったが、すぐに両手で地面を押すようにして立ち上がった。
そして、自らの腕を確認するように振り、フェルターを見た。
「……俺の負けだ、フェルター。初めてのな。次は俺が勝つぞ」
ラムゼイがガキ大将のような顔で笑いながらそう言うと、フェルターは呆れたような顔で鼻を鳴らした。
「抜かしていろ」
二人がそんなやり取りをしながら立ち上がるのを見て、更に大きな拍手と歓声が響き渡る。そこへ、私も感想を口にした。
「良い試合でした。ラムゼイさんの方が速度も力も上でしたが、フェルターさんの練習量が結果に繋がりましたね。良い状況判断と戦術でした」
そう言って労うと、フェルターは無言で頷き返してきた。すると、ラムゼイが真面目な顔でこちらを見てくる。
「フェルターに小賢しい技を教えたのはアオイか? まさか、あの殴り合いしか出来なかった小僧が、投げに関節技を織り交ぜてくるとはな。予想外だったぞ」
その質問に、頷いて答える。
「そうですね。私が教えました。とはいえ、元々十分素晴らしい戦闘勘を持っていたので、投げ技も関節技もやり方を教えただけですよ。その使い方を考えたのはフェルター君ですから、素晴らしい素質をお持ちのようです」
そう答えると、ラムゼイが腕を組んで唸った。
「……フェルター。アオイはお前より強いと言ったな?」
「相手にならん」
フェルターが即答し、ラムゼイは歯を見せて笑う。これは面白くなったという表情を見せて、ラムゼイは腰から重々しい手甲を取り出した。全体的に軽装の恰好を好む様子のラムゼイにあって、その手甲は大いに違和感のある代物だった。誰かの武具を借りてきた、と言われた方がしっくりくるが、ラムゼイがそれを手に持つと不思議とよく似合っている。
それをこちらに見せながら、ラムゼイが不敵な笑みを浮かべた。
「これがケアン侯爵家が最強と呼ばれる所以だ。ケアン家に代々伝わる古代の遺物であり、最強の武具である」
そう言って軽く拳を振るって見せた。別に動きに変化はなく、何か特別な魔力の動きも無さそうだ。ならば、あれは特定の魔術名をトリガーとした魔術具だろう。魔術具一つで他国にも名が知られるような存在になるということは、広範囲に効果を及ぼす上級以上の魔術が発動する可能性が高い。
「それを使って戦いたいということですね。構いませんよ。ただ、あまりにも広範囲の魔術を使うようなら周囲に防壁を作りますが……」
そう言うと、ラムゼイは両手を広げて笑った。
「安心しろ。このままで大丈夫だ。ただ、忠告はしておこう。本気で戦え」
そう口にしてから、両手の拳を胸の前で打ち付けた。激しい金属音が周囲に響き渡り、思わず眉間に皺が寄る。
ラムゼイは獰猛な笑みを浮かべて、口を開いた。
「……黄金の獅子」
それが魔術名か。ラムゼイが一言呟いた瞬間、魔力が金色の輝きを放ち、ラムゼイの腕の周りに巻き付いた。その淡い光は幻想的なまでに美しく、ラムゼイの黄金のたてがみと相まって一つの絵画のような光景となっていく。
「これがケアン家の当主が黄金の獅子という異名を持つ、本当の理由である」
腕から胸にかけて黄金の光に包まれたラムゼイがそう呟くと、大きく一歩こちらに踏み出した。
直後、ラムゼイの姿が掻き消えたかのように加速する。ただ、狙いは警告を込めての牽制のつもりか、真っすぐに私に向かってくるだけだ。
それを斜め前に移動するように躱すと、先ほど私のいた位置で立ち止まったラムゼイが目を瞬かせてこちらに振り返る。
「……避けたのか? ブッシュミルズ皇国最強の剣士とて盾を構えることしか出来ぬ速度だぞ」
驚愕を隠しもせずにそう言うラムゼイに、私は苦笑して頷く。
「驚くべき速さでした。しかし、あまりにも素直過ぎます。相手の挙動を予測するのは視線、つま先の向き、腿や肩への力の入り方で大体分かります。ラムゼイさんにいたっては実力に自信を持っているせいで、挙動を隠す素振りもありませんからね」
そう解説すると、ラムゼイの表情から余裕が消えた。
「……なるほど。その言葉が本当かどうか、試してやろう」
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