出立
シェンリーの問題も何とか解決出来た私は、残った日数を魔術の教育に費やした。
基本となる魔術概論に関しては聖都魔術学院で全ての教員、生徒に受講してもらった。ちなみに、その中にはカティやジェムの姿もあった。
「詠唱の法則性、小節ごとの関連性には気が付いていたが、あまりにも複雑で研究が進んでいなかった。魔法陣の研究に乗り出したのもそれが切っ掛けだ。詠唱は古代の物は大部分が失われているが、魔法陣や魔術具ならば古代の物が形として残っているからな。これを研究すれば、両方の研究に繋がると思ったからだ」
「バルブレアさんの考え方はとても正しいと思います。古代の文字や図形には必ず意味があり、それぞれが相互に作用して効果を発揮しています。それは詠唱においても同じで、優れた魔術具や魔法陣に使われている文字や図形を詠唱に置き換えることが出来たなら、必ず同様の効果を発揮します。恐縮ながら、私がロゼッタストーン代わりとなる辞書を作りましょう」
「ロゼッタストーン、というものは分からないが、言いたいことが分かった。とても助かる」
と、聖人や聖女の肩書を持つ人々に協力してもらったおかげで、私を知らない人も真剣な表情で講義を受けてくれた。アウォードやバルブレア、クラウンが質問をしてそれに答えていく内、徐々にこれまで黙っていた人も質問をしてくれるようになる。
気が付けば、一週間二週間と経過して、上級魔術を使えるようになる者も増え、これまで癒しの魔術を使えなかった者も少しずつ使えるようになっていた。
特に、元々中級以上の魔術を使えていた者は著しい成長を遂げている。バルブレアやアウォードも雷の魔術を使えるようになったり、クラウンも癒しの魔術で骨折まで治療できるようになったりしていた。
そうこうしている内に、当初予定していた滞在時間を使い切ってしまった。最後は、ディアジオ自ら見送りをしてくれるとのことだった。
「普通、陛下が見送る相手は大国の王族だけですけど」
「普通じゃないからね」
シェンリーが困惑しつつ独り言を呟くと、アイルが笑いながらそんなことを言う。よく見ると、アイル達はすっかりメイプルリーフの民族衣装を着こなしていた。シェンリーの方がむしろ他国の人みたいである。
「聖都魔術学院の人たちとも仲良くなってきたのに、寂しいですね」
エライザが寂しそうにそう口にした。ちなみに、エライザもしっかり民族衣装を着こなしている。身長が低いせいか小学生のようで可愛らしい。
「とはいえ、我々もフィディック学院で講義をしないといけない。仕方がないことだ」
ストラスはクールにそう言うと、大きな革のカバンを背負った。
「それは何が入っているんですか? 来るときは持っていなかったですよね?」
エライザが確認すると、ストラスはその場でカバンを広げてみせる。
「聖都で一番美味しかったパンを買っておいた。戻ったら食べられないからな」
何処か嬉しそうにそう言うストラスに、エライザが呆れる。
「腐りますよ。私も食べるのをお手伝いします!」
「安心しろ。半分以上は生地の状態で購入した。フィディック学院に戻ったら焼いてもらう予定だ」
「生地だって何日ももたないですよ! 明日、明後日には食べないと!」
「絶対にやらん」
二人はそんなやり取りをしていがみ合う。それを見て微笑みつつ、私はカバンを指さした。
「寮でグレノラさんに焼いてもらうのなら、グレノラさんにも一個あげないとダメですよ」
そう言って笑うと、エライザが「あっ」と声を出した。
「そういえば、グレノラさんって聖女様だったんですか? 癒しの魔術について聞いている時に、学院の方が行方不明の聖女の話をされて……」
エライザに言われて、そういえばと思いだす。
「ああ、私も聞きましたよ。どうやらグレノラさんは十年以上前に聖女が嫌で国を出てしまったようです。行方を隠したままにしたいと思っているかもしれないので、あえてフィディック学院にいるとは口外していませんが」
エライザの言葉に頷いて補足説明を加える。すると、ストラスが眉間に皺を作って唸った。
「……グレノラが聖女。どちらかというと将軍だったという方が納得できるが……」
そんなことを言うストラスにエライザが噴き出す。
「聖女って感じではないですよね。でも、口が悪いだけで本当は優しいんですよ。アオイさんが暫く食堂に顔を出さなかったりすると、私の部屋まで元気か確認しに来ますから」
「え? そうだったんですか?」
まさかの話に私も驚く。知らぬ内に心配をかけてしまうとは。本人は嫌がるかもしれないが、何かメイプルリーフのお土産を買って帰ろうか。
「すみません、そろそろ予定した出発時刻ですが……」
大人たちが雑談に花を咲かせていた為、コートが遠慮がちに声をかけてきた。
「あ、そうですね。それではそろそろ行きましょうか」
苦笑しつつ、そう言って我々は王城を後にする。すっかり顔を覚えてしまった門番の兵士達に挨拶をしつつ表に出ると、王城前の大通りに学院の教員や生徒が並んでいた。奥にはアラバータとクラウン、アウォード、バルブレアが立っている。馬がいない馬車もそこにあった。
「すぐにフィディック学院に向かうからな」
「私も行ける時には必ず行くとしよう」
バルブレアとアウォードがそう言って私を見た。こちらとしては願ったり叶ったりの申し出である。
「もちろんです。これからメイプルリーフが世界一の魔術大国になれるかはお二人に掛かっていますよ」
「ふふ……いずれはフィディック学院も追い抜いてやるぞ」
バルブレアはギラギラと目を輝かせて応える。やはり野心家だ。バルブレアもグレノラと一緒で聖女っぽさはない気がする。
「アオイ殿には世話になった。また是非とも聖都に来てもらいたい」
「ぐぐぐ……仕事が無かったらすぐにでもフィディック学院に付いていくところを……」
と、アラバータとクラウンも別れを惜しんでくれた。いや、クラウンは少々違う気がする。
「こちらこそ、お世話になりました。いずれは修学旅行とか交換留学を考えて交流を深めようと思っていますので、その時はよろしくお願いします」
そんなやり取りをして、ふと二人の後ろに目を向けた。そこにはジェムとオルドがおり、私の視線を受けて頭を下げる。オルドの後ろにはカティもいたが、そっぽを向いたままだった。それに苦笑しつつ軽く会釈を返す。
そこへ、遅れて王城からディアジオとローズ、宰相が現れる。
「アオイ殿。今後も宜しく頼む。また次回会った時に今後の方針なども聞かせてもらいたい」
「はい。いずれまた聖都に来ますので」
ディアジオの言葉に返事をすると、首を傾げられた。
「む? いや、一カ月もしない内にフィディック学院で文化交流の式典があろう。文化祭という名前だったな。毎年余やローズは参加しておるぞ」
「文化祭?」
ディアジオの言葉に、疑問符を上げながら背後を振り返った。
すると、顔面蒼白となったストラスとエライザの姿があった。
「……忘れていた」
「じゅ、準備してませんよ……!?」
二人の様子を見るに、とても大事な式典のようだ。それも、教員が準備をしなくてはならないものらしい。地球で行っていたものとは違うのだろうか。
「……二人はどうやら大変忙しいようだな」
ディアジオが苦笑しながらそんなことを言った。それに頷き、私は飛翔魔術を使う為に馬車に近づいた。
「この様子だと私も忙しくなりそうです。失礼ですが、早めに戻って学長に聞いておこうと思います。それでは、陛下。色々とお世話になりました。今後もよろしくお願いいたします」
「うむ」
そんなやり取りをして、私は馬車の御者席に乗った。すると、ストラス達も周りの人に挨拶をしながら乗り込んでいく。
「皆様。お世話になりました。魔術の研究などで新しい発見や案が浮かんだ時は、是非とも私に教えてください。それでは、また」
簡単な挨拶をして、私は飛翔魔術を使う。初めて飛翔魔術を見た人が驚きの声を上げた。皆の歓声を受けて少しぐっときながらも、私たちは空へと飛び立つ。
最初は何かと大変だったが、気が付けばメイプルリーフはとても協力的な国となってくれた。大満足の結果である。
しばしの空の旅路の中、私は景色を楽しみながらメイプルリーフの思い出に浸っていた。帰ったら、ストラスの買ったパンを分けてもらおう。
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