オルドの諦め
「……言うだけの実力があることは理解した。いや、それ以上のものであると分かった。だが、だからといって貴族の世界はフィディック学院の教員の発言で全てが解決するような甘いものではない。それだけの実力があり、今後我が国にも大きな影響を与える存在ならば、確かに抑止となるだろう。しかし、それは永続的なものではなく、また、時間が経てば状況は変化する。それこそ、もし影響が衰えたとしたら、残るのは上級貴族に逆らった子爵家という構図だけだ」
そう言うと、オルドは深く息を吐く。カティはどうも納得していないのか、警戒するような表情でこちらを睨んだままだ。
「……やはり、貴族間の付き合いというのは強い上下関係があるようですね」
そんな感想を口にして釣られたように溜め息を吐き、顔を上げる。
「それで、ジェムさんはなんて言ってきたのですか?」
これだけオルドが渋っているのだから、余程の脅しをかけてきたのか。そう思って尋ねたのだが、オルドは案外抵抗もなく口を開いた。
「別に何かを強要するようなことを言ってきたわけではない。ただ、シェンリーに良い縁談を提示してもらっただけだ。しかし、その縁談がジェム卿本人からのものであり、なおかつ誰が聞いても良縁であった。貴族的な考えかもしれんが、それを断るということは明確な敵対関係であると言っているようなものだ」
縁談。その言葉に私は目を瞬かせてしまった。
「……シェンリーさんは確か十四歳では?」
そう言って振り返ると、シェンリーは戸惑いながらも頷く。
「今年、十四歳になりました」
それを聞き、再度オルドに向き直る。
「早すぎませんか?」
思わず確認する。しかし、オルドは片方の眉を上げて首を捻った。
「いや、縁談としては平均的だ。むしろ、遅いかもしれないくらいだろう。本来であれば幼い頃より有力者に紹介していき、もし将来上級貴族の当主になる可能性がある者と縁談の話があれば十歳以下で決めることもある」
「……十歳」
まさかの若年結婚の現状を聞き、絶句する。私にはそんな話は一切こないというのに、まさかシェンリーは既に婚約間近だったとは。
何故か急に頭痛がおき始めた気がするが、我慢しつつ話を続ける。
「その縁談とは、まさかジェムさんの息子さんとかですか? いや、ジェムさんは五十代ほどでしょうし、孫でもおかしくはないのでしょうか」
先ほどの話を考慮するならば、十八歳で第一子が生まれ、四十歳までに孫が生まれていればシェンリーと同じくらいの年齢の孫がいてもおかしくない。いや、おかしくないわけではないが、あり得なくはない。
そんなことをグルグルと考えていたのだが、オルドはシェンリーの顔を横目に答えた。
「ジェム卿ご本人だ。つまり、ウェストミーズ侯爵家の現当主との縁談だ。子爵家程度にくるような縁談では間違いなく最高のものだろう。ジェム卿は確か現在十人ほど奥方がいるが、その程度ならば子を授かることも十分可能だ」
と、なんでもないことのように口にする。
その瞬間、私は怒りで自身の目が吊り上がるのを感じた。
「ジェムさんとシェンリーさんが結婚? そんなことは認められません。まずは、本人の気持ちです。シェンリーさんがジェムさんと結婚したいなら止められませんが」
少し語気を荒げながら意見を口にして、シェンリーを振り返る。すると、血の気の引いた顔色のシェンリーの姿があった。
「シェンリーさんは結婚したくないそうです。その縁談は断ってください」
シェンリーの態度を確認した私はすぐにオルドに向き直った。家族内の問題ならば口を出さないつもりだったが、嫌がるシェンリーに無理やり望まぬ結婚をさせるのならば話は別だ。
断固阻止させてもらう。
と、鼻息も荒くオルドを睨んでいると、カティが目を三角にして噛みついてきた。
「何を言っているの? 貴族なんだから当然よ。むしろ、侯爵家の当主と縁談なんて分不相応な……」
「ならば、貴女がジェムさんと結婚してはいかがですか? そんなにしたいならジェムさんも喜ぶでしょう」
反射的にカティの文句を遮ってそんなことを言ってしまった。カティが顔を紅潮させて震えている。流石に大人げなかったか。
そんな会話に、シェンリーの方が恐る恐る口を開く。
「あ、あの、流石に可哀そうだと……」
同情したようにシェンリーがそう口にしたので、私も深く頷いた。
「そうですね……ジェムさんに婚姻を申し込まれたわけでもないですし」
「ぐ……この女……っ!」
私はシェンリーに同意してカティから視線を外し、オルドを見た。
「では、私の方からジェムさんには常識というものを説いておきます。そうですね。多少荒っぽくはなってしまうでしょうが、必ず人格を矯正してみせます」
安心させる為にも、私は力強くそう断言する。
何故か、その場にいた者の顔が揃って引き攣ったような気がしたが、誰も異論はないようだった。




