退学の理由
すっかり意気消沈してしまったシェンリーを連れて、一旦話し合いをさせてもらいたいと部屋を出た。
「アオイ先生……」
涙声で、シェンリーが私の名を呼ぶ。
「大丈夫ですよ。なんとかします。もう一度説得しましょう。ただ、その為には何故魔術学院に通ってはダメなのか、理由が分からないといけません」
そう言って、シェンリーを見た。
「何か思い当たることはありませんか?」
尋ねると、シェンリーは不安そうに俯く。
「分かりません……フィディック学院に行ってからはずっと連絡なんてこなかったのに……」
力無く分からないと答えた。その様子を見ているだけで胸が痛くなる。
どうしたものかと考えていると、廊下の奥を歩く人影が目に入った。ルイスと見知らぬ少女だ。シェンリーと同じような白い髪と白い尻尾を見て、思わず目で追ってしまう。
「あの子は……」
小さく口にしたその時、シェンリーが私の視線に気がつき、呟いた。
「カティ……私の妹です。隣の領にある魔術学院に通っている筈ですが……」
シェンリーの妹。なるほど、似ているわけだ。しかし、妹の紹介だというのに、シェンリーは少し躊躇いがちな声だった。そこに何か違和感を感じる。
「……あまり、仲は良くないのですか?」
「殆ど話したことないんです……ただ、私と違ってカティには癒しの魔術の才能があって……」
言いながら、また表情を暗くする。恐らく、過去に何度も比べられたのだろう。しかし、それにしても癒しの魔術に傾倒し過ぎている。
そんなことを思っていると、落ち込んだ様子のシェンリーが口を開いた。
「……アオイ先生。中庭に行きませんか? 落ち着ける場所があるんです」
「そうですね。行ってみたいです」
シェンリーの言葉に頷き、同意する。シェンリーにも退学しなくてはならない理由が分からないのだ。ここで延々と考えていても仕方がない。
そう考えて、シェンリーの案内のもと中庭に出た。
どうやらコの字になった建物の内側に庭があるようだが、広い庭園や噴水まである大きな中庭だった。コートか誰かに聞いたが、居城はもちろん、邸宅や庭を豪華にするのは他者からそのように見られる為に行なっているという。
つまり、地位と権力、財力を誇示する為だ。そう思うと、美しい中庭も素直に見れなくなってしまいそうである。
しかし、シェンリーは懐かしそうに目を細め、噴水の奥にある大きな木を見る。
「……ここはお母様との思い出の場所なんです。私が癒しの魔術を使えずに一人で泣いていた時も、お母様だけは優しく慰めてくれました」
ぽつぽつと呟きながら、シェンリーは木に近付いていき、片手の手のひらをそっと添えた。
「今思えば、癒しの魔術が使えない私を認めてくれたのは、お母様だけでした……お母様が亡くなってから、お父様は……」
木に手を押し当てたまま、俯くシェンリー。
その時、木の向こう側に人影が見えた。老齢の執事、ルイスだ。ルイスはこちらを見て、無表情で近づいてくる。
「お話し合いはいかがでしたか?」
ルイスはシェンリーの様子を横目に見ながら、こちらに尋ねてきた。
「あまり状況は良くありません。シェンリーさんが何故魔術学院を辞めなければいけないのかが不明なので、説得しようにも糸口が見つかりません」
ルイスはシェンリーの味方であると判断して、素直に悩みを打ち明ける。すると、ルイスは一瞬考えるような素振りを見せて、すぐに顔を上げた。
「……少々、お待ち下さい」
そう呟き、ルイスはこちらの返事も待たずにどこかへ歩き去る。それには落ち込んでいたシェンリーも思わず目を向けた。
何処に行ったのかと思っていると、暫くして遠くから女の声が聞こえて来る。
「ここ? こんなところの何が良いのかしら……?」
「こちらはカティ様のお母様が何かにお悩みになった時によく来られていた場所です。シェンリー様も、よくここで休まれていました。カティ様が何かお考え事をされていたようなので、是非ともここで、と」
ルイスがそう言って、私たちがいる木の方へカティを案内した。大きな木の反対側に私たちがいるので、姿は見えていないようだ。
なんとなく、シェンリーと顔を見合わせて、木に隠れるように身を小さくしてしまう。
ルイスは何故、シェンリーの妹を連れてきたのか。会話を聞く限り、シェンリーと話をさせようとしているわけでもなさそうだが。
そんなことを考えていると、カティが深く溜め息を吐く気配がした。
「……くだらない。お母様には殆ど会ったこともないし、あの落ちこぼれにも興味がないわ。それに、もう私の仕事は終わったの。ちゃんと頼まれた情報をお父様に伝えて、予定通り落ちこぼれは学院を辞めることになったしね。これでお父様も一安心でしょう」
面倒臭そうに口にされたその台詞を聞き、私は自らの眉間に皺が寄るのを自覚する。
実の姉に対する言い方にも憤りを覚えたが、何者かが関与してシェンリーが退学するように仕向けたという内容も問題だ。
いったい、誰が何の理由でシェンリーを……。
と、頭の中で色々と疑問符を浮かべている内に、シェンリーが木の裏から飛び出してしまっていた。
「カティ……今のは、どういう……」
不安そうに胸の前で両手の指を組み、シェンリーがカティに問いかける。
それに、カティは目を丸くして顎を引いたが、すぐに鋭い視線を向けてきた。
「盗み聞き? 聖女候補にすらなれない人は品もないのかしら」
家族に向けるにしては苛烈過ぎる言葉に、シェンリーは肩を震わせて怯む。
仕方なく、私はシェンリーの隣に立つように姿を現したのだった。




