エライザの気持ち
獣人の子を連れて、隠れるようにしながらエライザの部屋を目指す。
途中、危ういところもあったが、二階に上がってからは人にすれ違うことは無くなった。
目的の部屋まで辿り着きドアをノックすると、中から緩んだ声が聞こえて来る。
「ふぁ〜い、誰でしかー?」
そう言って顔を出したエライザは、ヘラヘラと笑みを浮かべており、足取りも定かではない様子だった。明らかに酔っ払いだ。
恐らく生徒であろう獣人の女の子に、教師のそんな姿を見せて良いものだろうか。
いや、今この状況ならば逆に助かるかもしれない。酔っ払っているなら、あまり深く考えずに服を貸してくれるかもしれない。
「……夜にごめんなさい。ちょっと、服を貸してもらえたらと思って」
そう告げると、エライザはぼんやりとした目で私を見て、後ろに隠れる少女に気が付いた。
途端、顔色が変わる。
眉間に皺を寄せたエライザは少女を見ながら部屋のドアを開いた。
「入りなさい」
「あ、は、はい……」
エライザの真剣な声に、少女はびくりと肩を震わせつつ返事をして、部屋の中に入る。
「アオイさんも入って」
雰囲気に押されて、私も素直に従った。
中に入ると、蒸留酒と花の香りがふわりと香った。八畳から十畳の間ほどの部屋に意外と渋い色合いの家具が並んでいる。ランプや小物入れなどは可愛らしいデザインだが、部屋の中央に置かれたテーブルの上には木の器に入った酒とつまみが並んでおり、オッサンなのか乙女なのか分からない様相を呈している。
そのテーブルに一つだけセットとして置かれた小さな椅子に少女を座らせ、エライザは床にそのまま座った。
「……何があったの?」
優しい声音で問いかけると、少女は泣きそうな顔で俯く。
「……アオイさん」
名を呼ばれて、私は少女の様子に気を配りながら少女と出会った状況について説明した。
それを聞き、エライザは辛そうに少女の顔を見る。
「……高等部のシェンリーさんよね。真面目でしっかり魔術を学んでると聞いていたけど……何があったか、教えてくれない?」
優しく尋ねるエライザに、シェンリーと呼ばれた少女は口をつぐんだまま涙を一筋流した。
答えたくないのか、それとも答えられないのか。
もし、答えられないとしたら……。
私の考えにエライザも思い至ったのか、一瞬険しい顔を見せた。だが、すぐに表情を柔らかくし、シェンリーの頭を撫でる。
「……とりあえず、私の服を貸してあげるからね。ほら、これとかどう?」
気持ちを切り替え、エライザはシェンリーに服を選ばせ、着替えさせた。
シェンリーが着替えている間に、エライザは私の隣に来て小さな声で話をする。
「……アオイさん。私の部屋、シャワーが無くて……でも、教員寮は一般生徒立ち入り禁止だし……だから、良いですか?」
と、エライザは冗談ぶった言い方でそんなことを口にした。しかし、雰囲気は完全には誤魔化せていない。
シェンリーを心から心配している気配が伝わり、私はふっと息を漏らすように笑った。
私の部屋に移動して、シェンリーには改めてシャワーを浴びてきてもらう。
私の部屋に入ってすぐは部屋の広さに目を見開いて驚いていたが、二度三度と部屋を見回してからは落ち着いていた。
やはり、広くて豪華な部屋は見慣れているのだろう。ちなみにエライザは無言でシャワーを浴びに行くシェンリーの背中を見送った。
「寮で暮らしているみたいだし、今日は私の部屋に泊めて大丈夫?」
「一般生徒は皆二人部屋だけど、シェンリーさんは一人足りなかったから二人部屋を一人で使ってるみたいだし、大丈夫ですよ」
苦笑しながらそう答えた後、エライザはまた表情を暗くした。
「……シェンリーさんは一年早く、高等部に上がりました。実力主義の魔術学院では珍しくないことですが、シェンリーさんが獣人であり、家も子爵家であることが問題だったのでしょう」
「問題……?」
エライザの口にした言葉に、思わず怒りが湧く。それに気がついたのか、エライザは慌てて顔の前で手を振った。
「わ、私が思ってるわけじゃないです! ただ、どうしても魔術の実力だけでなく、爵位や出身国、生まれなどで序列ができてしまうんです! わ、私だって、陰ではドワーフのくせにって言われてるんですから!」
「……ドワーフ、獣人が魔術を苦手としているというのは、体内で循環させる魔術を常に使っているからだと研究する人もいます。ただ放出できる魔力が少ないだけということでしょう」
そう告げるが、エライザの表情は諦めにも似たものとなる。
「……そう言ってくれる人も確かにいますが、全体の印象は変わりません」
言い方は静かだが、ぴしゃりと断言されてしまった。恐らく、長い間悩み、考え抜いた問題なのだろう。結果、エライザはもう諦めてしまっている。
「そうですか。でも、せめてこの学院の中だけでもそういった差別は無くすべきと思いますが」
「なかなか難しいと思いますよ」
エライザは私の言葉をそう言って流すと、改めて溜め息を吐く。
「……今の高等部は近年稀に見る環境です。なにせ、六大国の王族が揃ってますからね。当人達にその気があるのかは分かりませんが、自然と派閥が形成されています」
「派閥……」
そこまで話したところで、シャワーから出てきたシェンリーの足音が聞こえ、私達は口を噤んだ。
それから、私達はシェンリーを交えて軽食をとり、出来るだけ気を紛らせられるように雑談をしたところでエライザも退室する。
夜遅くなる頃にはシェンリーもかなり落ち着き、私とも話が出来るようになっていた。
授業のこと、学院の施設や図書館の充実ぶりについてなど、シェンリーは好きなことには良く話をしてくれる。
そうして何とか元気になったシェンリーは私の部屋に泊まることを了承し、初めての寮での一泊はまさかの生徒と一緒に寝ることとなったのだった。
翌日、私は慣れない部屋と寝床に早めに目が覚め、買い物をしておけば良かったと後悔しながら師匠手製のマジックバッグから材料を取り出す。
ロットウルフの肉と葉野菜、そして塩胡椒を取り出して炒めた。後は片面だけ焼いた目玉焼きに塩を振り、香り付けのハーブとバゲットを切って添えれば簡単な朝食の完成である。
手作りジャムも用意しようかと思っていると、シェンリーが起きてきた。
「あ、おはよう、ございます……」
気まずい様子で歩いてくるシェンリーに、私は椅子を勧める。
「おはよう。さ、食べて」
恐縮しながら座ったシェンリーは私に言われるままお肉をフォークで食べて、目を瞬かせた。
「……美味しい」
そう言って他のものにも手を伸ばすシェンリーに微笑み、私も朝食を口にした。
表面を焦げ目が付く程度焼いても柔らかく、噛む度に旨みが口の中で広がる。ぴりりとした胡椒の辛味と風味、そして塩気。少し濃いめだったが、葉野菜と一緒に食べるとちょうど良い感じになる。目玉焼きは卵の甘味が充分に出ていて好対照だ。
「食べたら、一緒に学院に行く?」
そう尋ねると、シェンリーは一瞬考えるようなそぶりを見せたが、やがて首肯したのだった。




