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その愛について

作者: 蒼井 弥

私の書いている400字の練習小説「心を満たしてはならぬ(https://ncode.syosetu.com/n2670gl/14/)」を改変して短編にしたものです。


妻の心境が地の文ですが、

台詞と感情をしっかりとは分けていませんので読みにくかったらすいません。

一応、見れば分かり易いようにはなっています。


縦スクロールの読みやすさが解らないので、適当に改行つけてます。

「こんな生活、生きてないと一緒だと思わないかい。」


 日のよく当たる風通しの良いこの部屋で、あなたはそう言うと寂しく私に微笑んだ。そんな風に未来を悲観して笑わないでください。お医者様は少しづつだけど確実に良くなっていると、そうおっしゃっています。

 陽の温かさと影の細さの対比が妙に目に映えて痛ましく感じる。この人の苦しみは私には計り知れない。あぁ私はあなたにただ元気に生きていてほしいのです。


「毎日々々、こうやって医者がキレイだという空気を吸い、日の光を満身に浴び、只管に外を眺める。絶対安静、なんだそうだよ。あらゆる楽しみは取り上げられてしまったよ。酒も煙草もラヂオも碁盤ですら、ね。

「唯一の楽しみのこの小説だってあまり深く考えないように、と念を押されているんだ。私はどうにも物語にのめり込み過ぎてしまうらしい。ただ面白いと思ったら面白い。悲しいと思ったら悲しい。それだけに留めておくように、だそうだ。この僕に何も感じぬままにただ生きろということだ。」


 あなたは不満げな視線を開いた窓の向こうへと飛ばす。もはやその瞳はこの向こうに広がる自然に感動する余地もないほどに暗くなっているように見えた。

 この治療が回復への一番の近道だとお医者様がおっしゃっているのですから、なるべく言う通りになさってくださいね。治ってから感動でも葛藤でも何でもすればいいのです。そう巫山戯て言ってはみてもきっと退屈な心持ちは変わらないだろう。あなたはそうだね、と笑ってくれているが、きっと心は晴れてなどいないのだろう。

 私はあなたのあの刹那的な生き方もとっても好きですけれど、縁側で老人のようにただ微笑んで私を見つめてくださるだけでもいいのですよ。ただそれだけで私は幸せです。


「しかしこれじゃ此処はまるっきり時の止まった牢獄だ。本当に隠居生活になってしまうよ。食事は美味しいのだが味は薄い。運動もリハビリを少ししている。どうにも健康的で模範的すぎる。僕の顔はどうにも血色が良くなったように見えないかい。これも治療の成果なのかね。顔色は良くなっていてもちっとも体が良くなった感じはしないのだがね。ただ、こうも変化のない日々ばかりでは体が良くなったとしてもこのままでは心が死んでしまいそうだ。

「なぁ君からもあの男に何か言ってやってくれよ。」


 あなたは私の話を聞いているのかどうか分からないような返答をしてくる。

 あの男呼ばわりなんて失礼ですよ。でもわかりました。どうにかお医者様から碁盤くらいは返していただきましょう。きっと何か話したいことがあるのだろう。あなたはそういう男だ。

 本だけでは腐ってしまいますからね。頭の体操も必要かと思いますし。ただ、誰かと対局はいけませんよ。詰碁だけです。あなたは勝負事にはてんで弱いのですから、きっと感情的になってしまいます。そうしたら体をせっかく休ませているのに台無しですからね。


「それは有難いな。ここには本当に何の刺激もないんだ。君の持って来てくれるこのいくつかの果物だけが幸せだ。」

 そう言うとあなたは林檎を一切れ、手に取って食べる。


「あぁこれだけでこんなにも心が満たされてしまう。まだ心が死んでいない事が解ってしまう。こんなに満たされているとまるで死に際みたいじゃないかい。満たされるとそこで満足して歩みを止めてしまいそうになるんだ。この幸福を甘んじて受け入れて平均的で凡庸な人生を送ることが仕合せに思えてくる。足を止めることがこんなにも辛いとは思わなかった。

「どうして幸せというのはこんなに心が痛く辛いものなんだろうな。どうしてもこの感情を甘受出来そうにないよ。このまま心が満たされていったら、私は私でなくなってしまいそうだ。」


 どうされたんですか。今日はそんなに厭世的でいらして。あなたは外へ向けていた視線をこちらに向けると唇をキッと締めて私の目を見た。あぁあの目だ。私はあの目を良く知っている。私の好きなあなたの目だ。あの……。私が声をかけるのを躊躇っている間に、決心し終わったようにあなたはその唇を開いた。


「君にはいつか……僕が僕らしくいられなくなったら殺してくれと、そう頼んだね。」


 夕日が、あなたの顔に身体に深く濃く影を落として私を照らす。足元から地面が抜けてしまったような気がした。今あなたはなんて言ったのだろうか。少し肌寒くなってきたな。考えたくない、と言うように余計な想いが浮かぶ。しかし頭はこんな時でもしっかりと働いて耳から入ったその言葉を噛みしめてしまう。

 あぁこんな時が来るような気がずっとずっとしていたのだ。そんなことおっしゃらないでください。今だってきちんと具合は良くなってきているじゃありませんか。私はあなたに駈け寄って、その枯れ木のような身体を必死に繋ぎ止める。何度も言っているように私はあなたに生きていてほしいのです。

 あなたの命はきっと短い。在るがままに生きられなくなったらきっと自分で死を選んでしまう。それは出会った時に、既に分かっていたことじゃないか。

 どの台詞もこれを言うための布石でしかなかったのだ。あなたが床に臥せっている時間が長くなるに連れて、いつかそう言い出すことは明白だった。あなたがあるがまま生きられなくなるのを恐れるのと同じように、わたしもあなたがいつか私を置いて行ってしまうことを恐れていた。


「もちろん本当に君に殺してほしいというわけじゃない。そんなことをさせたら君に消えない傷を残してしまうことは解っているつもりだ。」

 どうして……どうして私を置いてそうやっていつも先へ行こうとするのですか。


「でもね。こんな風に枯れていく姿を君に見せたくないんだ。」

 私の目を見て、私の心を見つめないでどうしてあなたは先へ行ってしまうの。


「いやそんな綺麗事じゃないか。僕は、僕がこんな風に少しずつ満たされて幸せになって満足して死んでいくなんて言うのは御免なんだ。まさに藁の死だ。こうなる前の僕はこんな風に穏やかに微笑むこともなかっただろう。こんな風に医者の言葉をおとなしく聞いて休養に励むような男でもなかったろう。確かに君の言う通り僕は短い間でもこれから良くなるのかもしれない。

「でもこんなに穏やかになってしまった僕は、前と同じように大笑いして慟哭して葛藤して……そんな一喜一憂するような人生を送ることが出来るだろうか。きっとそんなことはないだろう。この先、素晴らしい作品なんて作ることは出来ないだろう。それを生きているとは……少なくとも僕には言えない。僕は満たされていては満たされないんだ。何よりただ生きているだけなんて言うのは僕には耐えられない。そうなるくらいならいっそ、と言うだけの話さ。

「だから僕は独りで死ぬよ。君にはやはり言っておこうと思ってね。どうやっても傷つけるならせめて傷つく準備だけはしていてほしいんだ。……すまない。」


 そうやって……。そうやってそうやってどうして一人で納得して、自分の事しか考えないで、私の事なんて少しだけ考えた振りなんかして。どうして一人で行こうとするのですか。どうして一緒に行こうと、そう一言言ってくれないの。私はあなたの足枷でしかなかったのですか。私を愛してたんじゃないの。私を幸せにすると言ってくれたのは嘘だったのですか。

 あなたなんて独りで勝手に死んでしまえばいいわ。

 あなたは、私と出会った時も死のうとしていましたね。私があの時あそこにいなかったらきっと死んでいました。私に会って人生が大きく変わったと、生きる意味を知ったと、そう言っていたではないですか。あれからあなたは強く生きていました。悩んで苦しむ日々もありました。でも乗り越えて花咲く日もありました。それこそが幸せだったのではないのですか。あなたの苦しみに触れて苦しかった。あなたの歓びに触れて私も幸せだった。支えもしたし支えられもしました。そうやって短い間ですけど、二人で生きてきたつもりでした。

 あなたが勝手に死ぬというなら、私も勝手に死にます。それを覚悟して行ってください。


「どうしてそんなことを言うんだ。君はまだ若い。僕より十も若いじゃないか。まだ未来もある。僕を忘れる時間なんて幾らでもあるじゃないか。

「対して僕には時間がない。ただここで穏やかに安らかに変わっていく自分を見ているだけなんて僕にはもう出来ない。僕の心はまだ死んでいないんだ。このベッドの上で心が死んでいくのをただ見つめているだけなんて、出来ないんだ。

「そうだ。死ぬ前に君に最高の詩を残そう。この激情を、この恋情を、この一瞬の煌めきを、君に残そう。僕の命の詩だ。死のうとするこの一瞬の輝き、何物にも勝るものとなるだろう。きっとそうだろう。死のうというならその詩を僕だと思ってくれ。それを抱えて生きていてくれ。」


 やっぱり。やっぱりそうなのですね。あなたはどこまで行ってもあなたとあなたの世界の事しか考えていないのですね。いいえ私も死にます。置いて行かせなんかしない。そんな形見なんて要りません。あなたがあなたの為だけに死ぬというのなら、私も私の為だけに死にましょう。私の愛の為に死にましょう。

 このまま話していても平行線のままであろう。どうにか思い留まらせようと考えてみるが、あなたをどう止めていいのかわからない。どうしてこうなったのか、何故一緒に居てくれないのか、と想いが浮かんで思考が纏まらない。あなたの目だけは離さないようにしていると、徐にあなたは口を開く。


「……そうだな。すまなかった。僕の我が侭だった。君の方が正しかった。僕は既にどうしようもなく幸せだったね。」

 あなたはいやに素直にその意思を取り下げた。


「でも僕は最高点で死にたかったんだ。憂いも後悔も抱かないまま、ここに僕の名を最高のまま刻みたかったのだ。それは今を置いて他になかったんだ。君を残していく、ということについては深く考えないようにしていた。考えるとこの決心が揺らいでしまう気がして……。」

 この言葉の中のいくつが本当の心なのだろうか。


「逃げていた。決心からも後悔からも憂いからも幸せからも苦しみからも喜びからも悲しみからも未来からも過去からも、そして何より、何よりも君の心から。君に言われてからずっと、出会ってからの事を考えていたよ。」

 いやすべて本当なのだろう。嘘はつけない人だった。


「君のいろんな顔を思い出す。君とはたくさんの景色を見に行ったね。どんな季節もどんな風も君の想い出がのっている。それは僕にとってかけがえのない光だった。あの暗い微睡みの中からすくい上げてくれる道標だったんだ。」

 想い出を語るあなたと話していて、この言い訳のような追憶と慰めも走馬灯のような物なのかもしれない。場違いにもそう思ってしまった。


「だいぶ落ち着いたよ。柄にもなく過去を振り返りすぎてしまった。君とこんな想い出について話したのは初めてだったかもしれないね。さっきは心配をかけて本当にすまなかった。

「僕のこの尊大な虚栄心を止めてくれてありがとう。」

 お終いにそう言うと、口を噤んで目を逸らしてしまった。


 あなたを見つめたまま、いくつかの想いが浮かんでは消える。そのどれも言葉にすることが出来なかった。あなたは私が言葉にも出来ないでいる想いなど斟酌してくれはしないのだろう。

 私は気付いていた、あなたのこの先のことを。あなたがあなたに求めることとあなたが私に求めることを。

 あなたもきっと私がわかっていることは理解している。だからこそ何も言えなかった。この何かを口に出してしまえば私はそれこそもうこの先、生きてはいけないだろう。

 明日からの世界で生きることが本当に私にとっての幸せに繋がるのだろうか。この喪失感も時が経てば薄れてしまうのだろうか。そんなことは明日が来たところでわかるとも思えなかった。

 何もわからない。そう本当は何もわからないのだ。私の気持ちも、あなたの気持ちも。

 ふと気が付くともう後戻り出来ぬほど日は翳り、二人が見つめた夕焼けは遠く後ろへ去っていた。夜へと変わっていく空を背に病院を後にする。

 また数時間後にはきっと朝が来る。そう思いながら見つめる空には月が浮かび、冷たく輝く。隣で瞬く星は私の心を写したかのようにひどく無力で淡く小さかった。

短編の後書きってなに書けばいいのでしょう……。

どうだったでしょうか、みたいな?


では、改めましてどうでしたか?

少しでも楽しい時間を作れたのなら幸いです。

しかし縦書きアナログで書いているので、縦スクロールだとどう改行つけたら読みやすいとかまるで解ってないです。

読みにくかったらすいません。今後改善します。


あ、普段はここ(https://ncode.syosetu.com/s9185f/)で

字数の決まっためちゃくちゃ短い小説書いていますので、気が向いたら読んでもらえると嬉しいです。

400字とか800字ですのでスナック感覚で読めます。

よろしくお願いします。


ではまたのその内。

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