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序章②

「…ァ…ッ…ォ…」


「…遺言か?悪いが最後まで聞いてやる義理は無い」


 最早枯れ果てた勇者の声は誰の耳にも届かない。

 床に喋りかけても返事など返ってこない。

 そもそも今から死にゆく者の言葉など聞く価値も無い。

 これが《大陸の救世主》・《国民の希望》・《不死身の英雄》などと称えられ持てはやされた者達の末路…なんとあっけなく、なんと惨めな最期だろうか。

 しかし誰一人としてそれを知ることは無い。

 なぜならどんなに無様な醜態を晒そうとも、どんなに惨めな死に方をしても、民に伝わるのは死んだという事実だけだからだ。


「さらばだ…愚な人間よ」


 振り下ろされた容赦の無い一撃。

 一度でも瞬きをすれば全てが終わる一撃。

 止める者はいない。

 彼を助ける者は誰もいない。

 彼の死を見届ける者すらいない。

 無情にも振り下ろされた手……風を切りながら落ちる強靭な手の先にあるのは、既に動かなくなった勇者の首。

 何者であろうと何であろうと引き裂き抉る手が徐々に近づく。

 あと数ミリ…あと数ミリで勇者の首と胴を二つに分かつ——その時だった!!


『ガキィィイン!!!』


 辺りに鋭く大きな衝突音が響き渡り、大輪の花の如く咲いた火花が散った。


「貴様!?一体何をした!?」


 魔王クロドは声を荒げた。それは魔王クロドが初めて感情を露わにした瞬間だった。

 “動揺と困惑”——今まで静かに、まるで氷塊の様に無感情で喋っていた魔王クロドの感情を引きずり出した。

 しかし、一体なぜ魔王クロドはこれだけ取り乱したのか?

 

「くそっ!何なのだこの光は!?この魔法は!?」


 それは眩い光と共に現れた、未だかつて見た事が無い魔方陣が魔王クロドの手を絡めとっていたからだ。

 時に龍族の分厚い鱗を削ぎ落し、時に世界一頑丈と謳われた剣を砕き、時に大陸一堅牢な城の城門を城壁を切り裂いた手が、勇者の首をはねる直前で突如神々しい光と共に現れた奇妙な魔方陣によって、その動きを完全に止められたのだ。


「こやつ…まさか…!?」


 魔王クロドは気が付いた。一切の反応を示さない、ピクリとも動く気配が無い勇者が…既に息絶えていることに。

 

 ……万全を期して勇者は魔王クロドに挑んだ。

 だが激しい戦いの果てにあったものは仲間の亡骸だけだった。

 1つ…また1つと仲間のむくろが増えていく度に、勇者の心は少しずつ折れていき、最後には己さえも膝をつき地面に崩れ落ちた。

 醜態を晒す己の無力さを呪い、自分の選択を後悔した勇者は悲しみに包まれていた。

 だが勇者は決して諦めてなどいなかった。

 影がどんなに強大な力を持っていても、彼の信念——強靭な心を折ることは出来なかったのだ。

 勇者は指先すら満足に動かせない身体で最後の力を振り絞り魔法を発動させた……それは命を対価に発動する禁術だった。


「くそ!?離れろ!!」


 光はどんどんとその強さ増し、魔王クロドの身体にまとわりつく。

 魔王クロドはもう片方の手で必死に光を払おうとするが、その手は空を切るだけ。いくら強靭な力を持っていても手で光を払うことなど出来る訳がない。ではなぜ逃げないのか?理由は簡単だ、逃げられないのだ。

 勇者の命を刈り取るために振り下ろした手は唐突に表れた魔方陣に阻まれた。そして阻まれ魔方陣によって絡めとられた手は、まるでネジで固く締められたかのようにびくともせず、てのひらは大量の接着剤を塗られたかのように張り付き取れなかった。

 魔王クロドは必死に抗い手を動かそうとするが、捕らわれた手はピクリとも動かない。

 その間にも光はどんどん大きくなり、魔王クロドの姿を着々と飲み込んでいき——


「離れんかぁああああああああ!!」


 最後には魔王クロドの姿を完全に飲み込んだ——。

 

 

 薄暗かった玉座の間が真っ白い光に包み込まれ照らされる。

 光以外何も見えない光だけの世界。

 真っ白な光以外何も存在しない世界、まるで人々が想像する天国のような世界がそこには広がっていた。

 『ピカッ』

 真っ白い世界の中で何かが黒く光った。

 そこは先程まで魔王クロドが立っていた場所だ。

 見間違いだろうか?そう思う程一瞬のきらめきだった。

 だが次の瞬間——


『ドッッッゴォオオオオオオオンン!!!』


 大地を揺るがす凄まじい爆発が、白い光と共に城とその一帯を大きくみ込んだ。そして、その爆発音は城が建つ平原の彼方まで響いた。


 ………

 ……

 …


 ………荒れ果てた平原。

 生暖かい夜風が爆風で折れた木の枝を撫でる。

 そこには先程まで巨大な城がたたずみ、多くの魔族達が存在した。

 “魔王クロドの城”勇者達が激しい戦いを繰り広げた場所——だが今そこには何もない。

 身の毛がよだつ不気味な静けさが支配する平原——そこには生者の気配がない。

 “城”も“人気”も何もかもが無くなったそこにあったのは——【大きな穴】——建っていた城が丸ごと飲み込まれたような、深く…広大な穴だった。


『うっふふふ』


 どこからか誰かが笑う声が聞こえた。

 それは恐らく女の声、生暖かい風に乗って聞こえてきた。

 一体どこの誰なのか?

 一体何を笑っているのか?

 この荒れ果てた生者の息吹を感じられない平原では、それを確かめる事が出来る者は誰もいなかった。




 この日、魔王クロドは死んだ。

 勇敢な冒険者達の命と引き換えに、この地ゴルド平原に建つ居城で散った。

 20年にわたる魔王クロドと人間達の戦い。人々に恐怖を植え付けた最凶の魔王は倒され、その争いに終止符が打たれたのだ。

 これでようやく平和な日々を送ることが出来る……


 ………。

 ……。

 …そう誰もが信じて疑わなかった。


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