漆黒の追跡者③
「それで?どういうつもりだラドよ」
首がなくなった漆黒の騎士、首から下の胴体だけが馬の上に残った人間だった物を見ながらクロドは口を開いた。
投げかけられた問い、問いの先にいるのは勿論魔王の右腕———いつの間にかクロドの一歩後ろ、左斜め後ろで膝を折り頭を垂れているラドだった。
「申し訳ございませんクロド様」
不機嫌という訳ではない。しかし有無を言わせぬ威圧感を放ち問うクロドに対し、ラドは間を置くことなく臆することなく即答し謝罪をした。一体何について謝っているのか?この場でそれが分かっているのは魔王クロドと他の災禍だけだろう。
なぜなら目が覚めたばかりの漆黒の騎士達は未だ何が起こったかすら分からず、唯一この事態に反応出来たサルファですら———ラドが自分の真横を通り過ぎ、隣にいた漆黒の騎士の首を刎ね飛ばした事実に気が付いていないのだから。
「ですが、王自らが路傍の草をかるなどあってはならぬことです!!王の歩く道を綺麗にするのは家臣の役目!!どうか…どうか我が無礼をお許しください…!!」
垂れた頭を更に低くし、声に熱意と力強さを込め、災禍の鳥人は己の主に許しを請う。それは忠誠心の高さと、自分の取った不作法な行動を自覚しているからである。
だがどんな理由があろうと、クロドが仕留めようとしていた漆黒の騎士を横から奪い取るなど許されるはずがない。
そもそも命じられてもいないにも拘らず、主が攻撃を仕掛ける前に敵に攻撃をするなど主の顔に泥を塗る愚行、決してあってはならぬ非礼なのだ。
「そうか」
しかしクロドはたった一言、前を向いたまま単調な声で答えた。そこには先程の威圧感も、ラドへの怒りなども全くなかった。
「ではラドよ——」
なぜならこの男は魔王クロド———支配欲が皆無で権力に無関心なこの男に、立場が上か下かなどの概念は存在しない。あるのは強いか弱いか、自分の興味が有るか無いか。ゆえに恥を掻かされたという考えは最初から持ち合わせていないのだ。
そして弱き者、道端に生える草に全く興味がない魔王クロドにとって目の前に立ち塞がる漆黒の騎士達など元々眼中になかった。
従ってクロドがラドの真意を知った時点で——
『ころ——!』
黒弔騎士団がラドに殺される事は確定していた。
「殺せ」
「はっ!!」
王の言葉に即答したラドは返事と共に騎士達の視界から消えた。
『せ——?』
ようやく脳が覚醒した騎士達は事の重大さを理解した。
そしてその中でも一番に意識を取り戻した騎士がいた。
彼は首を飛ばされた騎士の後ろでクロド達を取り囲んでいた、この集団では2番目の実力者である騎士だ。
彼は大声で危険を知らせようとした。
目の前の危険な存在、仲間の首を刎ね飛ばした危険な存在を他の騎士に知らせようとした。
しかし…彼の声は途絶えた。
一体何が起きたのか?突然声が出なくなった事に驚く騎士だったが、次の瞬間薄れゆく意識の中全てを理解した。
ズレる視界、落ちる光景、まるで重力の方向が定まらなくなった世界を見て理解した。
何かが起きているのではなく、自分の身に何かが起こったという事実を。
『ガシャン!』
バラバラになった騎士の残骸が音を立てて地面に落ちた。
頑丈な漆黒の鋼鎧はまるでハサミで切られた薄い紙のように綺麗に切断され、腰から上の上半身は5つの肉片となり、切られた鎧と共に地面に落ちた。
「………」
漆黒の騎士をバラバラの肉片と鉄くずへと変えた張本人が無言で騎士達の後ろに立つ。
いつの間にかそこに立っていた男は『ブンッ!』と、目線の高さにあった右手を振り払い腰の高さで止めた。
まるで刀身に付着した血脂を振り払うように……そして再び騎士達の視界から消えた。
『こ…殺せ!!全員殺せぇええええええ!!』
バラバラにされた騎士の近くにいた他の騎士が声を上げる。
覚醒した意識の中、焦りを隠せぬ悲鳴にも似た叫びをあげる。
その声に反応した漆黒の騎士達が怒号を上げてクロド達に襲い掛かる。
騎乗する馬の横っ腹を蹴り、馬を鳴かせ、手綱と剣を強く握り、包囲の中心にいるクロド達に近づこうとした。
しかし———次の瞬間、怒号は悲鳴へと急変した。
なぜならクロド達へと近付こうとした騎士数人が、己が乗る馬が一歩前へ踏み出したその瞬間、バラバラの肉片へと姿を変えたからだ。
その丈夫な漆黒の鎧と鋭い剣は、まるで鋭利な刃物で柔らかい豆腐を切るかの如くいともたやすく切り裂かれた。
『うわぁああああああ!?!』
それを間近で見た一部の騎士達は悲鳴を上げ、狼狽し、走りだそうとした馬を無理やり止めようと強く手綱を引いた。
勢いよく前へ飛び出そうとした馬は当然驚き、鳴きながらその身体を大きく揺らし、乗っている騎士を振り落とそうとした。
息つく暇もなく肉片と鉄くずへと姿を変える騎士と混乱する馬と騎士、誰かが指揮を執らねばならぬこの状況……しかしそれが出来る者は誰もいなかった。なぜなら本来指揮を執るべき男は一番に首を飛ばされ、代わりに陣頭指揮を執れる男は既に6つの肉片となり果てていたからだ。
最早統率が取れなくなった騎士団、阿鼻叫喚の穴の中は正に地獄の窯底だった。
『ヒヒーン!』
そんな中で勇ましい馬の鳴き声が聞こえた。
悲鳴と怒号が飛び交い、雑草の如く次々と騎士達の命が刈り取られる中、他の馬とは違う鳴き声を上げた馬が勢いよくクロド達に向かって駆け出していた。
「!?」
「なっ…ダメです!来てはなりません…サルファ!!」
この状況下で動き出した一騎、目にもとまらぬ速さで刈り続けるラドは驚き、焦ったパズモは震える身体で立ち上がり声を振り絞った。
勇敢にも駆け出した一騎の騎馬、その馬の上に乗るのはメルセ王国軍第4部隊隊長——サルファ=ベイストリィだった。




