漆黒の追跡者②
「え~と…」
動揺を全く隠しきれていないサルファは言葉に詰まった。
幼い頃からその輝かしい成長を間近で見守り、隊長という立場を超えた信頼関係から幾度となく言葉を交わし、いつか訪れる筈だった次期国王の戴冠式を待ち望んでいた彼にとって、トルマの口から出た言葉は心を揺さ振るには十分過ぎたのだ。
「あ~冗談きついですよトルマ様。私です、サルファ=ベイストリィですよ」
“喜悦・羞恥・焦燥”——奇跡の再会を喜び予想外の発言に驚くサルファは、自分の頭を掻きながら言葉を続けた。
無慈悲なクロドの一言、明らかに取り付く島などなくとも彼には諦める事が出来なかったのだ。なぜならトルマ本人が否定しようとも、サルファにはこの目の前の人物がトルマ=フィシャールであるという確信があったからだ。
トルマが幼少の頃から近くで見守り支え、数えられぬ程言葉を交わし剣を交えた自分が、その顔を、その声を、その姿を、見間違える訳がない聞き間違える訳がない。その強い忠誠心と気高い誇りが一層トルマの言葉を力強く否定した。
「流石にトルマ様でもその冗談は笑えませんよ…」
更にもう一つ、サルファがトルマの言葉を強く否定した理由が目の前にあった。それはトルマが脇に携えている剣、勇者トルマが死に際に掴もうとしたあの剣だった。
メルセ王国の王家には成人を迎えた我が子に特別な剣を贈る風習がある。
それは立派に成長した子供が大人の仲間入りした事への祝福であり、同時に大人になった己の身を今後は自分自身で守らなければならないという戒めの意味も込められている。
サルファの目に映る剣——深くも輝かしい海を連想させる青い鞘とそこに浮かぶ美しい金色の装飾は、土埃を被っていても尚その気品さを失ってはいなかった。しかし何より目を引くのは、その剣の柄頭に埋め込まれている真っ赤な石だ。
そしてそれは間違いなく今から8年前のトルマ成人の義の際、前国王バエル=フィシャールが息子トルマへと授けたこの世に二つと無い名剣であり、その輝かしい瞬間を間近で見ていたサルファが剣を見間違える訳が無かった。
「貴様など知らん」
「っ!?いい加減に…!」
「もういい」
それでも尚知らぬと言い張るトルマにサルファが顔を歪ませ始めたその時、サルファの真横にいる漆黒の騎士の声がサルファを止めた。
「これ以上は時間の無駄だ。そもそもその男が何者だろうが結果は変わらん」
「どういう意味だ…」
「我々の使命は、我が主に害をなす者を誰一人として例外無く始末するという事だ」
隣にいるサルファに目もくれず淡々と喋る漆黒の騎士、その視線の先にいるのはトルマ達5人と彼らの国の王、6人を見詰めながら騎士は腰の剣をゆっくりと抜いた。
そしてそれが合図だったのか、漆黒の騎士が剣を抜いたのを皮切りにクロド達を囲む他の騎士達も一斉に剣を抜いた。
「おい待て、その方がトルマ様御本人ならどうするつもりだ?それに側にはパズモ様も…」
「関係ない。我が国の兵に手をかけた時点でそいつらは我々の敵だ」
「だがパズモ様が…!」
「くどいぞ。我々の使命はこの場にいる全員を始末する事だ」
2度も途中で遮られたサルファの訴え。
自国の国王が危険な状況にあるにもかかわらず、一切の躊躇がない言葉と迷いを見せない姿……その異常に落ち着いている漆黒の騎士を見てサルファは合点がいった。
「お前達最初から…」
「当然だ。我々は黒弔騎士団、我が主の為に事をなし、主の為であれば何者であろうと例外無く始末するのが我々の使命だ」
そこで初めて漆黒の騎士は隣にいるサルファに顔を向けた。
漆黒の兜に隠され一切の表情は見えず…しかし、敵を視認するために開けられた小さな穴から見えた無機質な瞳が答えていた———この場にいる全員を殺すと。
「パズモ様は現国王だぞ!?」
「それがどうした?我が国家の安寧のためには必要な事だ」
彼らは本気だ。
本気で殺すつもりなのだ。
未だ本人という可能性を捨てきれないトルマ=フィシャールに瓜二つの男も、現国王であるパズモ=フィシャールも、………この場で殺す気なのだ。
黒弔騎士団の主———ビル=フィシャールのために。
それを理解したサルファは己の見通しの甘さを悔やんだ。なぜなら彼はビル=フィシャールがパズモを殺す事は無いと踏んでいたからだ。
パズモの叔父であるビル=フィシャールが現国王のパズモを心の底から嫌っている。その事実はメルセ国外でも知られている程有名な話だ。
まぁ前国王の気まぐれである日突然現れた拾い子なのだから無理もないだろう。フィシャール家とは縁もゆかりもない、どこの馬の骨ともわからない小汚い子供が急に王家に迎えられたのだから。
当然国王であるバエルの周辺からの反発は大きかった…特に弟のビル=フィシャールからは兄弟の間に大きな溝を作るほどに。
それから十数年…結局その溝が埋まることなくバエルは急死し、有ろう事か次期国王の座に就いたのは穢れた血の持ち主であり兄弟の溝を作る元凶となったパズモなのだから、叔父であるビルがパズモに大きな殺意を持っても何ら不思議ではない。
しかし相手は曲がりなりにも現国王、いくらパズモが多くの貴族をはじめ文官や武官、国民達から快く思われていない事を差し引いても、現国王の命を奪ったともなれば王国内に大きな亀裂を生むのは必至、特にパズモ側に付いていた者達との対立は避けられないだろう。
それゆえ殺すというのは余りにもリスクが大きすぎる。
殺すくらいならば生け捕りにした後に城の地下に閉じ込め、公には『大病を患い寝込んでいて人前に出る事は叶わない』と発表した方がリスクは圧倒的に低い。その方がパズモから実権を奪った後、彼女を人質として其の身の安全を保証する事を交渉材料とし、対立勢力を取り込んで国政をスムーズに行えるからだ。
つまりパズモを殺す事はデメリットの方が大きく、ビルにとってリスクしかない……筈なのだが、今目の前にいるビルの私兵達はパズモを殺そうとしている。この場には王国軍の隊長である自分がいるにも関わらずだ。
正直サルファにはその意図が読めないが、このまま見過ごす訳にはいかなかった。なぜなら黒弔騎士団がパズモを抹殺するつもりという事は、パズモをメルセ城から逃がす為に囮となった王国軍の騎士達も殺されるという事だからだ。
「……」
サルファは腰に差している剣へと手を伸ばした。
それは己のケジメ、覚悟の現れ。
ビル=フィシャールの思惑が分かった以上、これから起こるであろう事が分かった以上、王国軍隊長であるサルファのやる事はただ一つ……自分の務めを果たすこと。
命を賭してパズモを安全な場所———隣国アプリルガへ無事に送り届けることだ。
「なんだ貴様ら、私を殺す気なのか?」
しかしその手は剣に触れる前に止まった。
緊迫した空気の中、サルファが剣へと伸ばしていた手はクロドの声によって止められたのだ。
この場にそぐわぬ高圧的で落ち着いた声、それによりその場にいる全員の視線がクロドへと集まった。
「はぁ…話を聞いていなかったのか?それとも話を理解できなかったか?」
これまでのサルファとのやり取りを聞いていたのにも関わらず、未だに高圧的な態度を崩さぬクロドへの挑発なのか呆れなのか、サルファの隣にいる漆黒の騎士は深いため息を一つつき小馬鹿にするように答えた。
「ふむ…では剣を抜いた貴様ら全員、殺される覚悟があるという事だな」
しかしクロドの表情も態度も一切変わる事は無かった。
己を取り囲む100近くの兵士達、しかも全身黒尽くめの不気味な騎士達がこれから襲って来るというのに全く意に介していなかった。
それどころか漆黒の騎士の答えを聞いて戦う意思を示したのだ。
「…やはりお前はトルマ=フィシャールではないようだな。仮にも次期国王だった者が対峙する相手の力量も分からぬ愚か者であるハズがないからな——」
心底呆れた様子で顔が見えぬ騎士は口を開いた。そして饒舌に語りだした。
そこには未だに己の置かれている状況を理解していないクロドへの憐れみと、自分自身への絶対の自信があった。
「まぁ抵抗したければ好きなだけ抵抗すると良い。たとえそれが只々苦しみを増幅するだけの愚かな行為であろうとも、愚者には丁度良い薬となるだろう——」
だが自尊心が高いのは無理もない。
黒弔騎士団とは国内外の選りすぐりの猛者が集まった実行部隊、年齢・性別・出身・出生・経歴は何一つ問うことは無く、求められるのは純粋な力のみ。騎士団の中に幼い少女、そして元盗賊頭だった者がいる事実がそれを証明している。
総勢約800人いる団員全員の実力は折り紙付き。一人一人が王国軍一兵卒百人分以上の働きをすると言われ、その中には王国軍隊長よりも強いと囁かれる団員もいる。そしてその一人、王国軍隊長よりも強いと噂される団員が、今サルファの横にいるこの漆黒の騎士だった。
ゆえに男は雄弁に語る、これから起こる一方的な蹂躙を確信して。
「だが一つ忠告しておくが、ここにいる我々黒弔騎士団は一人一人が王国軍兵士百人分の力を持ち、この私に至っては——」
『ブォンッ!!』
それは話の最中に起こった。
突然何かがサルファの真横を通り過ぎ、同時に風を切る音と何かを切断する音が耳に入った。
「(なんだ今のは!?)」
闇に紛れ意表を突いた一撃。
熟練の騎士であるサルファでも反応に遅れた一撃。
一体何が起きたのか何が斬られたのか?何も分からないままサルファは身体を強張らせ次の一撃を警戒した。
だが追撃が来ることはなく、何が斬られたのかは直ぐに判明した。
『ガンッ!!』
突如暗い空から何かが降ってきた。
鈍い衝突音、金属と砂利がぶつかる音を響かせ、重さのあるソレは地面に跡をつけコロリと転がった。
サルファとクロド達の間に落ちて転がった丸い何か……それは先程までサルファの隣で雄弁に語っていた男の兜———漆黒の騎士の生首だった。
「敵を前にしてよく喋る男だ」
静まり返った草原、生暖かい風に乗って聞こえた冷たい声が、夢見心地の騎士達を叩き起こした。




