驚愕④
「ふむ……ヨウエン、確認だが先程の話は間違いないのか?」
「ん?さっきの話って?」
「パズモが国を追われたという話だ」
「あぁ~あれね、間違いないと思うわよ。まぁあくまで予想だけど、この子の様子を見る限り当たってるんじゃないかしら?メルセは次期国王だった勇者が死んでから大分中がガタついて、更にその数週間後には前国王のバエル=フィシャールが毒殺されたのよ。それで前国王遺言で現国王になったのがバエルの養子のこの子で、それに反発したのがバエル=フィシャールの弟、つまりその子の叔父にあたるビル=フィシャールね。まぁよくある権力争いよ、本当に人間って醜いわぁ~」
饒舌に且つ楽しそうに、まるでその眼で見てきた事かの様に話すヨウエン。意気揚々と語るその姿は自身に満ち溢れている。
しかし当然の事ながらここで一つの疑念が生まれる。それは“ヨウエンのその情報は信用に足るものなのか?”という疑念だ。
王族とは体裁を最も重要視する。それゆえ内部の混乱やイザコザは決して表には出さない。なぜなら万が一にでも漏れた場合、最悪の場合国が滅亡する危険があるからだ。
もちろん人がやる事に完璧はない。人伝に情報が外部に漏れたり、事実とは全く異なる内容になったりして国中に広まる事もある。
「……どう…して」
自信に満ち溢れている話しぶりのヨウエンと、その信憑性を一切疑っている様子が無いクロド。その様子から彼のヨウエンに置く信頼は確かなものだと伺えるが、話の真偽は不明……と思われたが。
「どうしてお父様が殺された事を貴女が知っているのですか…!?」
皮肉な事にもこの話が真実だと証明したのは王族本人、パズモ=フィシャールとなった。
ヨウエンの言葉を聞いたパズモは恐怖で腰が抜けた身体を前のめりでヨウエンに向け、力が殆ど入らない右手を使い、地面から離れない己の身体を引きずるようにしてせせら笑う狼女へと近付こうとした。
「どうしてって……ふっふっふっ~それが私の仕事だからよー」
あり得るはずが無い。
あり得るはずが無かった。
前国王バエルの死因は秘匿にされ、城内でも真実を知る者はごく一部。民達には勿論、城内の他の者達にも持病が悪化して亡くなったと伝えられ、万が一にも漏れないように徹底した情報統制を敷いた。
ゆえに外部に漏れるなどあるはずが無かった。
仮に情報が漏れたとしても、だ……余りに早すぎた。城内の人間に漏れたならまだしも相手は人間ですらない遠く離れた場所にいる魔族なのだから。
しかし何より信じられない事…耳を疑うべき事は、ヨウエンが言ったその言葉だ。
彼女はただ『殺された』とは言わずに『毒殺されたと』言ったのだ。
城内の人間でもない、ましてや人間でもない者が、前国王が毒によって殺された事を知っている…そこから考えられる事は——。
「まっ…まさか……まさか貴女が——!?」
「お父様を殺したの!?…って?」
一気に速くなった鼓動と息遣い、身体中を駆け巡る血の流れはとても激しく、前のめりになりながら目の前にいる黒頭巾の女を問い詰めようとした。
しかし、パズモの言葉は全てを言い切る前に遮られた。
そして突如目の前に現れた深紅の瞳が彼女を覗き込んで来る。妖しく光る深紅の目は笑い、緩む口元からは白い牙が姿を見せた。
まるで『お前の全てを見てやる』と言っているような、自分の中の全てを見透かすような深い紅い眼……身体から冷汗が一滴、静かに流れ落ちるのが分かった。
「あっはっはっはっ!そんな訳ないでしょ!私の仕事は情報収集、相手から情報が奪うのが専門なのよ。だ~か~ら~」
這いつくばるパズモに近付き目の前でしゃがみ、彼女の両目を紅い不気味な双眼で捉えたヨウエン。動揺を露にしたパズモの目をしばらく見ると、突然立ち上がり今度はお腹を抱えて笑い始めた。
…そして愉快な笑いは再び不敵な笑みへと急変した。
「あなたのた~いせつな騎士さん達が、あなたを逃がすためにラーゲ城で必死に戦っているのも知ってるわ」
まるで心臓を鷲掴みにされたような感覚、驚きのあまりパズモは一瞬呼吸の仕方すら忘れた。
ラーゲ城——そこは先程までパズモが居た場所。供の騎士達と逃げ込み追っ手の兵と戦っていた場所だった。
「よし、決めた。パズモは——」
驚愕するパズモを尻目にクロドが口を開いた。
その口から発せられる内容はパズモの処遇———しかし、その言葉は途中で切れた。
何かに気が付いた様子のクロドは後ろを振り向き、その背をパズモの方に向けた。
「……」
穴の上を無言で見始めたクロド、そこは森を抜け草原を歩いていたパズモが落ちて来た方向だ。
彼だけではない。ラド、クロウ、ニーチ、さっきまでパズモをからかっていたヨウエンまでもが黙って同じ方向を見つめていた。
一体何が起こったのか理解が追い付かないパズモ、しかしただならぬ空気を感じた彼女は唾液と一緒に言葉を飲み込み、彼等と同じ方向を黙って見つめた。
——すると静かな草原に流れる生暖かい風に乗って音が聞こえた。
その音は何かが強く地面を蹴り上げる音。音は徐々に大きく、そして徐々に数を増し、どんどんこちらへ近付いて来た。
『ひひーん!』『ぶるるっ!』
音が止んだ——次に聞こえたのは馬達の声。
月光が照らす草原——そこに浮かぶのは幾つもの炎達。
炎が動く穴の上——そこに現れたのは黒い壁。
一枚の黒く長い壁は身体を揺らし鼻を鳴らし、百近くの赤き炎の光でその存在を主張し、一切の乱れを生み出さずに美しい曲線を描いていた。




