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驚愕②


「貴様が…クロド様を斯様かようなお姿にしたあの男の…!」


 一気に溢れ出した殺意、出所は魔王クロドの右にいるラドからだった。

 強すぎる忠誠心に比例して強烈に放つ殺意は凄まじく、声が聞こえた左側を見たパズモの眼に映ったのは……その瞳だけで相手を殺せる激高した猛禽類だった。

 当然その殺意を向けられたパズモは恐怖に震え、立っているのがやっとだった満身創痍の身体からはなけなしの力が抜け、その場にへたり込んでしまった。そして一切の身動きを封じられた…まるで大蛇に睨まれたカエルのように。


「確か叔父に謀反の兆候有りって話だったけど、なるほどねぇ~とうとう国を追われちゃったのねぇ。ご愁傷様」


 言葉とは裏腹に同情など微塵も無く、嘲笑う女の声が反対側から聞こえた。魔王クロドの左側、そこには楽しそうな笑みを浮かべてパズモを見下ろすヨウエンがいた。

 しかし、今にもその鋭い爪で自分の白く細い首を切り落としそうな勢いのラドから目を離せないパズモには、ヨウエンの言葉に反応出来る余裕など微塵もなかった。


「落ち着けラド(キーパー)、そいつを殺すかどうかは俺達が決めることじゃねぇ」

「ニーチの言う通りだ。それで?どうするよクロド…この嬢ちゃんを殺すのか?」


 煽り焚き付け楽しむヨウエンと殺気溢れさせるラド、そんな二人に反して冷静な反応を示すニーチとクロウの声がパズモの背後、右と左から聞こえてきた。

 だが二人は決してパズモの味方ではない。その証拠に2人は一切の警戒を解いていなかった、パズモが不審な行動をった瞬間に殺せるよう。


「ふむ…その前に一つ聞きたい」


 パズモを殺すか生かすか。問われたクロドは緊迫した空気の中、臣下達を見ながらゆっくりと問いかけた。


「私の姿がどうかしたのか?」


 その問いを聞いて皆固まった。

 今度こそ全員が、クロド以外の全員が固まった。

 誰も一言も発しない…かける言葉が見付からないのだ。

 気まずい空気と生ぬるい風が言葉を失った草原に流れる。


「…ニーチ」

「おう…」


 重苦しい沈黙を破ったのはラド、答えたのはニーチ。ラドの意図を察したニーチは『スッ』と2本の指を肩の高さまで上げ、先程と同じように真横に空を切った。

 すると突然クロドの背後、目線の高さに何かが現れた。

 闇夜に同化しつつも篝火かがりびの炎に照らされその姿を現した何か、ソレはまるで水たまりに出来た薄氷のように薄く、大人数人を飲み込む程の大きさの円い“闇”だった。

 まるで空間を引き裂くように、深い闇は地面と水平に浮いていた。


『ドンッ!』


 何かが重々しい音を立てた。

 それは闇の中から出て来た物が地面に着地した音。

 それは引き裂かれた空間から物体が出て来たという事実。

 これが災禍の11使、東の国の術士ニーチの能力——【空間操作術】——空間を操り素早い移動や転送を可能とする術。

 そして今現れた物体は、遠く離れた彼らの拠点にある一室から移動した物。

 つまりニーチの能力は、遠く離れた場所同士を闇で繋げ人や物を自由に行き来させる事が出来るのだ。

 大穴の上にいたはずのニーチ達がいつの間にか降り立っていたのも、パズモが突然暗闇に包まれた後クロドの目の前に立たされていたのも、全てはこの術によるものだった。

そして今、その術によって現れたのは汚れ一つなくピカピカに磨かれた、反射するもの全てをハッキリと映す大きな姿見鏡。

 篝火かがりびの明かりによってハッキリと、その全身を余すことなく映す鏡は魔王クロドの背後に置かれ、魔王クロドは現れた何かを確認するためにゆっくりと後ろを振り向いた。

 つまり…その鏡にハッキリと映されているのは、魔王クロドを打ち倒したパズモの兄———トルマ・フィシャールその人だった。


 所々汚れと傷が目立つ上等だがボロボロな軽鎧——それは間違いなく自身が勇者トルマとの戦いでつけたもの。

 腰に差している立派な剣——あの日あの時トルマが動かぬ体と震える手で掴もうとした地に落ちた最後の希望。

 数多の魔族と戦い勝利を掴み取った肉体を持つ健康的な肌の若い黒髪の男。

 ゆっくりと腕や手を動かせば、鏡の中の男も同じく腕や手を動かす。腕や顔を触り感触を確かめれば、鏡の中の男も真似をして感触を確かめる。眼の中を覗き込むために凝視をすれば、相手も動きを止めてこちらの眼を凝視した。


 ……クロドは無言で鏡を見つめていた。

 皆が見守る中、ただの一言も発する事無く鏡の中の自分を見つめていた。

 皆が言葉を待つ中、眉一つ動かさずに自身の身体を入念に確認していた。

 その真剣な表情から、皆固唾を呑んでその第一声を待っていた。


「まるで人間みたいだな」

「人間なんだよ馬鹿野郎」

「貴様ニーチ!クロド様に無礼だぞ!」


 なのでクロドのその発言は全員の緊張を解いた。


「うるせぇ馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんだよ!?てかなんで気が付かねぇんだよおかしいだろ!?」

「言葉に気を付けろ馬鹿者!クロド様は封印から目覚めたばかりで未だ意識がハッキリしておらんのだ!そもそも斯様かような御姿になって一番苦しんでおられるのはクロド様なのだぞ!?見ろ!」


 ニーチの言葉に怒ったラドが指をさした先、そこには身体を小刻みに震わせているクロドの姿があった。


「なんてことだ…」


 驚きを隠せていないクロドの声。

 ラドの言う通り、封印が解かれたばかりで意識が曖昧で気が付かなかったのは事実だろう。

 そして…小刻みに身体を震わせているその姿から察するに、己の身体が人間になってしまった事を嘆いて——


「まさか…まさか人間の身体がこれほど軽いとは……!?見てみろお前達、まるで鳥になった様に体が軽いぞ!」


 ——いたわけではなかった。


「素晴らしい跳躍でございますクロド様!」

「私クロドのそういう前向きな所好きよ~」

「ガッハッハッ!!心配して損したなぁ!!」

「おいこら楽しんでんじゃねぇ!あとラド(キーパー)ふざけんな!!」


 子供の様に無邪気に高々と跳ねる魔王。

 そんな魔王を見てラドは絶賛し、ヨウエンとクロウは笑い、ニーチは怒る。

 その仲睦まじい光景は人間と全く変わらない。

 血も涙もない残虐非道な存在として知られている魔王クロドとその仲間の災禍達。

 彼らが今までに行ってきた所業を考えれば、残虐非道と言われるのは当然の事である。

 しかし……いま目の前で人間と同じように喜怒哀楽を露にする彼らを見て、パズモの中で一つの小さな疑問が生まれ始めた。


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