驚愕
「…どうやら私は色々聞かなければならないようだな」
跡形もなく消え去った居城。気にかかる臣下達の態度と発言。違和感のある身体と曖昧な記憶。これらの事から導き出される答えはたった一つ、それは自身が寝ている間に何かが起こったということだ。
それが何かは見当もつかない。
だが臣下達がこうして相も変らぬ様子であるということは、そこまで大袈裟な事ではないのだとクロドは察した。
「ラド」
「はっ!」
主の声に瞬時に答えるラド。たった一言、己の名を呼ばれただけで全ての意図を察するのは流石歴代最強と言われた魔王の右腕である。そして優秀な右腕は、主の求めに応じて今日までの全ての経緯を説明しようとした。
「その前にちょっといいかしら?」
ところがそれは別の臣下の1人、狼女のヨウエンによって阻まれた。
幾月ぶりの主との会話に水を差されるラド、その表情は一瞬にして険しくなり猛禽類の鋭い眼光が獲物を捉えた。
「ラドよ落ち着け。どうしたのだヨウエン?」
少々忠誠心の高過ぎる右腕、しかしクロドは慣れた様子でラドを宥め、ヨウエンに話を続けさせた。
「あそこにいるのは誰なのかしら?」
自分に向けられている視線を気にする素振りを見せず、不敵な笑みを浮かべるヨウエン。そんな彼女が指を差す先、そこにいたのは絶句した表情でこちら見ていたパズモだった。
「あまりにも貧弱過ぎて眼中に無かったが…目障りですね。排除致しましょうかクロド様?」
「やだぁ~ラドったら物騒ねー」
「ほっとけよ。どうせ大した事出来やしねぇだろうし」
「確かにそうだな……だが万が一ってぇ事もある」
当然の流れでパズモに集まる全ての視線たち。
鋭利な刃物のような目で睨み付け、その全てを抉り取りそうな鉤爪を妖しく光らせる鳥人。
殺気を溢れさせる鳥人を物騒だと咎めるように見せ、その実一番この状況を楽しみ好奇の目でせせら笑う狼女。
情けではない。心底興味が無さそうに、道端のゴミを見るかの如く冷ややかな眼差しで見つめる術士の男。
術士の男に同調しつつも警戒を怠らない、穏やかに見えて一際不気味な眼光を放つ年老いた男。
最悪な事にここには彼女の味方は誰もいない。
遠く離れていてもヒシヒシと伝わる威圧感、明らかに異質な魔族達はどう見てもこちらの話を聞いてくれそうな様子ではない。
4人の災禍、それぞれが放つ威圧感…身の毛もよだつ恐怖にパズモは体を震わせた。
だが彼女は逃げなかった。逃げ出そうとしなかった。唇をギュッと噛み、恐怖に身体を震わせながらも何とか耐えようとした。
「待て」
無条件で全員の動きを止めさせる威厳のある声。その声が耳に入った瞬間、この場にいる全ての災禍が動きを止めた。
「そやつには聞きたい事がある…ニーチ」
「へいへ~い」
クロドの言葉の意図を察した術士、ニーチが面倒くさそうに何もない目の前の空間を切った。
右手の中指と人差し指を伸ばし、合わせた二本の指で、『スッ』と目の前の空を真横に切ったのだ。
——すると次の瞬間、パズモは落下した。
その二本の足は間違いなく地面の上にあった。しっかりと踏みしめていた。
だが突然地面が消えたのだ。まるで最初からそこに地面など無かったかのように。
そして腹の底から湧き上がり駆け巡る浮遊感、目の前に広がる光無き真っ暗な世界。それが彼女に落下している事実を突き付けた。
それはほんの一瞬の、3秒にも満たない束の間の出来事だった。
気が付くと彼女は再び同じ地面、同じ穴の中に立っていた…最初からそこに立っていたかのように。
しかし目の前に広がる光景は先程とは違った。
暗闇が開けた後の景色——そこは先程と同じ草原の大穴の中…だが、目の前にいるのは兄の姿をした魔王クロドと呼ばれる男、そして周りには自分を取り囲むように立っている災禍の11使達。
そう…パズモは一瞬にして移動させられたのだ。クロド達から遠く離れて立っていたはずが、いつの間にかクロドの目の前に立たされていた。
「さて…それで?私が貴様の兄とはどういうことだ?」
先程訊きそびれたパズモの言葉、自分を兄と呼んだ真意についてクロドは尋ねた。
「!?」
何気ない問いかけ。
しかしその言葉は臣下達を驚かせ、突然の出来事に困惑するパズモの心臓を飛び跳ねさせた。
当然だ。魔王に妹がいるなど誰一人として聞いたことが無いのだから。
当然だ。いま目の前にいる兄の姿をした男は兄が葬り去ったはずの魔王なのだから。
クロド以外の全員が驚愕するのは自然な流れだった…ただ1人を除いて。
「あぁ、どこかで見たことあると思ったら…あなたパズモ=フィシャールね」
たった一人、不敵な笑みを浮かべるヨウエンを除いて。
まるで全てを理解したと言わんばかりに、黒い頭巾から細めた深紅の目と緩んだ口元を不気味に覗かせた。
「おいおいパズモ=フィシャールってお前…」
「そうよ~憎き我らが仇、クロドをこんな姿にしたトルマ=フィシャールの妹君よ」
困惑するニーチを尻目に無邪気な笑顔を浮かべるヨウエン。その笑みは張り詰めたこの場の空気とは全くの不釣り合いなものだった。




