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災禍の11使③


「ラドか」

 

 男は眉1つ動かさずに喋る。

 目の前に降り立った自分よりも二回りも大きな身体を持つ鳥人、あの災禍の11使と対峙しているというのに微塵の動揺も見せなかった。それどころか男は目の前にいる魔族の名を口にしたのだ、臆する事無く本人の目の前で。

 

 その様子を遠くから見ていたパズモは不思議な感覚に襲われた。明らかに突如現れた鳥人の方が大きいはずなのに、鳥人の前に立つ男の背中がどんどん大きく見えるようになったのだ。男の背が高くなった訳ではない。筋肉が肥大化した訳ではない。だがその存在感は間違いなく鳥人を上回っていた。


「ほんとうに…」


 男に名を呼ばれ、俯き口を開いたラド。その声は震えていた…いや声だけではない。その手が、その身体が震えていたのだ。

 相手は災厄と恐れられた魔族、男の大きな態度に逆上してもおかしくはない。

 それこそ今この瞬間、その鋭い鉤爪で男の首を切り落としても不思議ではない。


「本当に貴方あなた様なのですね…!」


 だが次の瞬間、そこには信じられない光景が広がっていた。

 ラドはその大きな手を胸に当て、男より高い位置にある己の頭を低く下げ、その完璧な身だしなみが汚れる事をいとわず土と砂利の大地へと膝をついたのだ。

 つまり一切の躊躇ためらいを見せる事無く、男の前でひざまずいたのだ。

 災禍の11使が人間の男に跪いたという衝撃的な光景。聞いた者は与太話だと鼻で笑い見た者は驚愕し言葉を失う出来事。そんな理解不能な光景が今ここにあった。

 しかし、その理由は直ぐに明らかになる。

 彼の、ラドの言葉によって。


「我が主、魔王クロド様!!!」


 遠く離れたパズモの耳にもハッキリと届いた、感極まった大きな声。

 一瞬理解が追い付かず、噛み千切れぬ食べ物を何度も咀嚼そしゃくするように、ラドの言葉を頭の中で何度も繰り返し……そして全てを理解した時、パズモの顔が青ざめた。

 “絶望”それが今パズモを支配する感情だった。

 真っ暗闇の中で出会えた兄と瓜二つの存在。その雰囲気から兄ではないのは明白ではあったが、それでももしかして…という淡い希望があった。

 だがそんな淡い希望も一瞬で粉々になった。

 あろう事か兄の容姿そのままの男は、兄が命と引き換えに討伐したと言われている魔王だったのだ。

 我が目を疑いたかった。

 我が耳を疑いたかった。

 しかし今目の前で広がっている光景は、紛れも無い現実だった…。


「何を言っている?私に決まっておろう…」


 自分が魔王クロドだという当たり前の事実に感動し、その大きな身体を震わせるラドを不思議そうに見下ろす魔王クロド。

 優秀な忠臣の言動が理解出来ない魔王クロドは少し言葉を詰まらせた。


「ほら!やっぱりクロドで合ってたじゃない!」


 何とも言えない微妙な空気に成りかけたその時、若い女の元気な声が一瞬で場の空気を変えた。その声が聞こえたのはラドのすぐ後ろ、視線を向けるとそこには3人の男女が立っていた。

 まるで最初からそこにいたかのように、知らぬ間にそこに立っていた3人…それは先程までラドと共にこちらを見下ろしていた残りの影達——つまり彼等もまたラドと同じく災禍の11使である。


「だからそうだって言っただろ」

「何言ってやがる!てめぇは『カモシレナイ』とかほざいてたじゃねぇか!」


 現れた3人の災禍の11使、若い男女と大きな声を出す老人。女は楽しそうに笑い、男は自信満々のふてぶてしい態度で喋り、老人は血気盛んな様子で男に絡む。


「ヨウエン、ニーチ、クロウか」


 クロドが突然現れた3人の顔を見てその名を呼んだ。


「おはようクロド!随分遅いお目覚めねぇ」


 若い女が嬉しそうに返事をする。

 腰から上は深紅・下は真っ黒な“チロルドレス”に身を包み、真っ赤な靴を履き、頭には真っ黒な頭巾を被り焦げ茶色の綺麗な髪を隠している童顔の女性。

 一見すると服装も相まって人間の少女に見えるが、チロルドレスの上からもハッキリと分かる胸元の大きな膨らみは、彼女が立派な大人の女性だという事を証明していた。

 そして闇夜に妖しく光る深紅の瞳と笑った時に見えた鋭い牙、人間の女性にしては少し逞しい手と鋭く長い爪、被っている頭巾の違和感がある膨らみと、ドレスの後ろから顔を出しユラユラと揺れる焦げ茶色の尻尾が、彼女が人外だという事も証明していた。

 彼女の名は【ヨウエン】災禍の11使の一人でおおかみの獣人である。


「遅すぎんだよ。いつまで寝てんだ」

 

 【ニーチ】と呼ばれた、呆れた顔で悪態をつく目つきの悪い若い男。

 短めの茶色い髪と眼をした男は、この中では一番人間らしく見える。しかしその格好は極めて奇抜で、この中ではダントツで浮いていた。

 足には黒い浅沓あさぐつと白いしとうずを履き、下には黒の狩袴かりばかま、上は白いひとえの上に紫の狩衣かりぎぬを着て、頭には立烏帽子たてえぼしを被っているこの男、男は遥か海の向こう東の国で術士をやっていた過去を持つ。

 そしてこの服装は男の国では一般的な格好だそうだ。

 

「久しいなぁクロド!!どうだ!?久々のシャバの空気は!!」


 『ガハハハッ!!』と豪快に笑うもう一人の男。

 色あせた黒い靴・ズボン・シャツ・ロングコート・手袋・テンガロンハット、そして一際古びて傷んだ黒いマフラーを身に纏い、明らかに季節外れの暑苦しい恰好をした年老いた男。

 帽子とマフラーから覗かせる、少し長い灰色の髪と顎鬚あごひげはボサボサで、チラリと見えた顔色は血の気が引いているように白く、その年季を感じさせる身なりが相まって老いぼれた浮浪者にしか見えない。

 しかし、その灰色の眼光はこの中で一番不気味な輝きを放っていた。

 更にその右腕には年老いた男が到底持てる物ではない、武骨で大きな何かを発射する装置。何を放つかは一目瞭然、その装置にから顔を覗かせているのは槍の穂より大きく分厚く、その鋭さは日本刀を彷彿とさせる白銀の杭。そうこの武器が発射するのはこの白銀の大きな杭——これは杭を勢いよく打ち込む装置だ。

 そんな重そうな武器を平然と持っている時点で、この老人が只者では無い事は容易に分かる。

 男の名は【クロウ】生きてきた月日で言えば、災禍の11使の中でも群を抜いて1番この世界を長く生きる者だ。


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