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序章


 天をく樹木の様に高い天井とソレを支える幾つもの太い柱、の下に広がるのは草原の様に広い荘厳そうごんな玉座の間、薄暗い大空間を照らすのは壁や床に置かれた揺らめく篝火かがりびの力強い炎、そして玉座の背後で天まで手を掛ける大窓から差し込む月の光だけだった。


「く…ぁ…」


 月光が床を照らし篝火かがりびの炎が揺らぎ踊る玉座の間、静寂に支配されたこの場で聞こえるのは息も絶え絶えで今にも枯れ果てそうな声、余りにも弱々しい声の中には痛々しい苦痛と絶望があった。

 声の主は床に倒れている1人の若い戦士の男—。

 身にまとっているのは激しい戦闘の果てにボロボロになった動きやすそうな白銀の鎧—。

 派手な装飾等は一切されていないが、これほど傷だらけになっても未だに鎧としての役割を果たしているというのは、この白銀の鎧を作った者の技術の高さと使われた素材の質と価値の高さを証明していた。

 

 ——だがそんな事に最早意味など無かった。

 

 仮に此の世の全ての物を切り裂ける剣があっても—。

 仮に此の世の全ての攻撃・衝撃から身を守ることが出来る鎧があっても—。

 敵と仲間、そして己の血でベットリと濡れ、土埃つちぼこりで化粧された白銀の鎧を呼吸する度に揺らす男に出来るのは、悔しそうに苦しそうに地に伏しながら声を絞り出す事だけだったからだ。

 もう男には地面から立ち上がる力も、その手に剣を握る力も残っていなかったからだ。


「無様だな…」


 弱り切った男に浴びせられた冷たい言葉、それは地に伏す男の目の前から聞こえた。

そこには1つの大きな影が立っていた。

 月光を背に満身創痍な男を見下ろす大きな影、その影の言葉に反応した男は地を見つめていた視線を上げ睨みつけるが、その目には既に力が感じられなかった。

 氷河のように冷たい光を放つ影の視線と生の光が消えかけている男の視線、既に冷め切った視線と熱を失いかけている視線がぶつかり合った。

 だが影は直ぐに男から視線を逸らした。


 影が逸らした視線の先、そこには男の仲間達が使い古されたボロ雑巾のような姿で地に伏していた。

 彼らは男を信じてその命を預け、危険を承知でここ【魔王クロドの居城】に乗り込んで来た者達の成れの果てだ……彼らは勇敢な冒険者だった。助けを求める声を聞き付ければいち早く駆け付け、己の身を盾にし刃にし幾度となく人々を危機から救い出してきた。どんな強敵や悪党が現れようとも決して屈さず、己の身体が傷だらけになろうとも最後には必ず敵を倒し人々の期待に応えてきた。そして彼らは人々から愛され、尊敬の眼差しを向けられ、英雄と称えられた。

 

 そんな彼らを束ねていたのが、今まさにそこで死にかけている、無様に地に伏している無力な男だ。

 人前では弱いところを絶対に見せず、持ち前の明るさで人々を元気づけ、なによりその強さで皆を導いてきた。絶体絶命のピンチでも男は絶対に諦めず、必ず勝利を掴んできた。勇猛果敢なその姿は多くの者を惹きつけ、多くの者に勇気を与え、いつの間にか人々は男を【勇者】と呼んでいた。

 

 勇者達に倒せぬ敵などいない。民はそう信じ、疑う者など誰一人としていなかった。

 だが…その勇者と呼ばれている男は情けなくも地に伏し、仲間達は糸が切れたマリオネットの様に動く気配は全くなかった。壊れて用済みになったおもちゃ達は無残にも捨てられ床に転がり、二度とその声を発することは無かった。


「みんな…」


 無言で見詰める影の視線を追った勇者、そこに広がるのは悲惨な現実、物言わぬ屍となった心強き仲間達だった物——自分を信じその命を預けてくれた者達の末路だった。

 勇者は怒りと絶望、己の不甲斐なさと悔しさで体を震わせた。


「愚かな者達だ」

「なん…だと…!?」

おのが力を過信し、馬鹿共にもてはやされ、英雄気取りで私に挑んで来た結果がこれだ」

「黙れ!!私の仲間を愚弄する事は許さんぞ…!」


 仲間を侮辱された事で怒りを露わにした勇者は声を荒げた。

 既に限界を超えた身体で拳をゆるく握りしめ影を睨み付けた。

 それを見た影の表情が少しだけ変化した。

 それは不快や嫌悪ではなく純粋な関心——これだけ身体がボロボロになっても、仲間全員が物言わぬ屍と成り果てても——未だに吠えるだけの力が残っている勇者に対しての関心だった。

 影はゆっくりと視線を勇者に戻し、その死にかけの目を見て口を開く。


「愚者を愚者と言って何が悪い?」

「ふざ…けるな!彼らは弱きを助け…悪を挫く誇り高き戦士だ!決して愚者などではない、訂正しろ!」

「弱きを助け悪を挫く、ゆえに愚者ではない…か」


 勇者を見下ろしていた影の表情が再び変化した。

 それは先程と全く同じ表情、床に転がる壊れたおもちゃ達を見ていたあの冷め切った表情だった。

 それは僅かに生まれた勇者への関心が完全に消え去った事を意味していた。

 だが頭に血が上っている勇者はそれに気が付かない。

 感情に任せて勇者は力の限り吠え続ける。


「人々を絶望の淵へ追いやり、苦しめ、傷付けた元凶は貴様だ!そんな貴様に我が誇り高き仲間を愚弄させぬ!させぬぞ…魔王クロド!!」

「ならば私を倒せ」


 声を荒げる勇者に影の正体、魔王クロドが冷たく言い放った。

 “私を倒せ”——これ以上簡潔で至極真っ当な言葉はない……だがそれが不可能であることは一目瞭然、当の勇者本人もそれが叶わぬ事だと分かっている。

 だから勇者は何も言い返せず、悔しそうに奥歯を噛み締める事しか出来なかった。


「どうした?何故動こうとせぬ?剣を取れ。私を斬れ。お前の大切な仲間を愚弄した私を倒すのであろう?それとも勇者というのは吠えるだけで相手を倒せるものなのか?」

「き…貴様ぁああああああ!!!」


 激怒した勇者は叫び、決して届くハズのない剣へと手を伸ばした。


「届け…届いてくれぇ…!」


 まるで断崖絶壁の崖を登る様に震える身体で必死に手を伸ばす。魔王クロドの背後に佇む玉座に向かって—。

 最早立ち上がる事すら出来ない体で力を振り絞る。虚しく空を切り玉座の背もたれに突き刺さった剣を引き抜く為に—。

 しかし、どんなに足掻こうがその手が剣に届くことは決してなく…勇者の手は力なく地へと落ちた。


「くそっ!くそぉ!…みんなぁ……」


 身体の自由がきかない勇者は情けなくも喚くことしか出来ない。その悲痛な叫びにも似た、弱々しい声と共に。


「醜い…興が醒めたわ」

 

 魔王クロドの声は恐ろしい程に冷めきっていた。僅かに残っていた勇者への関心が完全に消えたのだ。


「死ね」


 勇者は動かない。

 断頭台で刃が下りてくるのを待つ罪人の様に無言で床を見つめている。

 魔王クロドはその手を片方振り上げた。

 氷河のような冷たい目で勇者を見下ろし、硬く巨大な岩をも簡単に抉る手を、天高く振り上げた。

 窓から差し込む月の光が、天高く上がった魔王の指を妖しく照らした。


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