メイビーストアのバックヤード
『メイビーストア』シリーズの第3弾です。
「君、コンビニで働いたことはあるかい?」
店を案内すると言った天橋店長がおもむろに質問してきた。
身長145センチくらいと思われる天橋店長と172センチの俺が立ち話をすると、天橋店長はどうしてもこちらを見上げる形となる。垂れ眉釣り目の店長に上目遣いで見られると、しゃがみ込んだヤンキーにあぁん?とメンチを切られている様な気がしてならない。初対面の時には特徴的で面白い顔だと思ったが、実は怒ると怖かったりするのだろうか。
俺は若干ビビリながら答えた。
「いえ、アルバイト自体、初めてです」
◆◆◆
「そっかぁ、じゃあ、専門用語の説明もしとかないとね」
のほほんと間延びした天橋店長の声を聞いて、先ほどまでの警戒心は薄れていった。余程の事でもない限りこの人は怒ったりしないのではないだろうか。俺は気を取り直して店長の話に耳を傾ける。
「お客様が買い物するスペースを店内と言うのに対して、商品棚に置ききれなかった在庫や備品置き場になっている裏方のこのスペースをバックヤードって言うんだ。事務所も兼ねてるから事務所って言う人も居るけどね」
◆◆◆
「バックヤードに入って、すぐ右側にあるこの扉の向こうがウォークイン」
そう言いながら店長がウォークインの扉を開けると涼しい風が頬を掠めた。店長に促され俺はウォークインへと入っていく。
「歩いて入ることが出来る冷蔵庫だから、ウォークインって呼ばれてるんだよ」
中は通路のように細長い奥行きのある部屋で、左側の棚には飲み物のダンボールがぎっしりとあり、右側の棚には缶ビールやペットボトル飲料が並んでいた。
「こっちの棚の向こう側は扉になっていて、店内から見ると冷蔵ドリンクの商品棚になっているんだ」
◆◆◆
実家にいた頃から近くにあるコンビニを良く利用していたが、初めて聞くコンビニの裏側は実に興味深い。
メモ帳に走り書きしつつ、店長の後に続いてバックヤード内を見て回る。
掃除用具を入れてるロッカーや、各種レジ袋の入ったダンボールを置いておく棚、冷凍商品の在庫が入っている冷凍庫、休憩中に食事を取るためのちょっとした机など。それほど広いわけでもない事務所内にはたくさんのものが詰め込まれていた。
そんな中、気になるものを見つける。
◆◆◆
店内から事務所内に入って左奥の壁に向かうように、食事を取るための机があるのだが、その机で塞ぐ様にして小さな扉が隠されているのだ。床に這ってやっと通れるくらいの小さな扉で、左側に華奢な取っ手が付いている。
いったい何のための扉なのか。気になって仕方ない。
しかし、今は店長の話に集中しなければ!
「これが連絡ノート。勤務中だとなかなか従業員同士で話せないから、連絡事項とかあればコレに書き込んでね」
俺は、店長が謎の扉の説明を始めてくれることを期待しつつ、相槌を打った。
◆◆◆
あんな小さな扉、何のためにあるんだろう。隠し金庫が収まっていたり、秘密の通路に繋がっていたりするんだろうか?
かれこれ、15分ほど経つが店長があの扉の説明を始める気配は微塵もない。
こちらから質問することを検討し始めた矢先のこと。
「…バックヤード内の説明はこれくらいかな。じゃ、店内に移動しようか」
と言って、店長がバックヤードを出ようと歩き出した。
「あ、あの!」
聞くなら今しかない。俺は思い切って店長を呼び止めた。
◆◆◆
「この扉って…」
謎の扉を指差し、俺が言いかけたところで天橋店長が声を上げる。
「そうだ!大事なことを忘れてた!」
真剣な目をした店長が、ずずいと迫って忠告する。
「いいかい?何があっても、君はこの扉を勝手に使ってはいけないよ」
やはり、この扉には重大な秘密が隠されているのだろうか。
普段、のほほんとした店長が纏うぴりぴりした空気に気圧されながら、俺は「はい」と返事した。
◆◆◆
あの扉の中はいったいどうなっているのか。
なぜ、俺はあの扉を使ってはいけないのか。
他の従業員はあの扉の先に何があるのか知っているのか。
気になることは山ほどあるが、結局、雰囲気に飲まれた俺は何も聞くことが出来なかった。これでこの話は終わりとばかりに、いつもの雰囲気に戻った店長が店内に向けて歩きだす。
名残惜しく感じた俺が、謎の扉を振り返ったその時――。
机の奥の小さな扉が、不意に開いた。
◆◆◆
「にゃあん」
謎の扉を押し開けて現れたのは白地に茶トラの模様が入った猫だった。猫にしては太めの体型で、でっぷりとした腹周りの脂肪で扉の隙間を押し広げるように入ってくる。
まさかの猫ドア!!
何でコンビニに猫ドアが!?
俺の脳内の盛大な突っ込みなど素知らぬ顔で、雑種と思しきその猫は、俺の足元を通り抜けていく。
あんな忠告しなくても、猫ドアだって言ってくれれば態々使おうとは思わないのに…。
猫に気づいた店長はさしたる様子もなく声をかけた。
「やあ、畑中君。今日もいい毛並みだね」
◆◆◆
畑中とは、竹中という俺の本名と紛らわしいからと、俺が竹林と呼ばれるに至った原因である。
てっきり、従業員の名前だと思っていたら、飼ってる(?)猫の名前だったとは!
ガクリと項垂れる俺を余所に、店長は店内に続く扉を開けて猫を通した。猫アレルギーのお客が来たらどう対応するのだろう。不安を抱きながら猫を見送る俺に対して、店長が紹介を始める。
「彼女は畑中君。性別問わず誰からも愛される人気者なんだけど、貢がせるだけ貢がせたら放置して家に帰ってしまう希代の悪女なんだよ。君も気をつけてね」
読んでくれるだけでも嬉しいけれど、評価してくれた方がいらっしゃって舞い上がりました。
嬉しさの余り投稿します。