葵ちゃんは「小説家」になりたい
「小説家になりたい!」
「また、始まった…」
唐突に「小説家になりたい」と言っているこの子は双子の妹の「葵」で、 葵は何を思ったか唐突に「~になりたい」と言い、私や友達にどうすれば「それ」になれるか話を聞きに来る。
ただ、今回は比較的わかりやすい「なりたい」だと感じる。
普段は、ロボットやアニメのキャラクターになりたいと言っている事が多いため、不思議と心が楽な気持ちになる。
「どうして、お姉ちゃんは何も言わないの、そうか小説家になるのに言葉はいらないんだね」
「いや、考え事してただけ、なにより小説家こそ一番言葉がいる職業だと私は思うよ」
「…」
葵は、自分が予期せぬ言葉が返ってくると時々沈黙してしまう事がある。
で、このまま待ってると…
「小説家になりたい!」
このように、先程までのやり取りが全くなかったかのように同じ言葉を繰り返す。
姉の私が言うのものなんだが、葵は一般的な人よりは頭が良い、分析力もあり論理的な考えもできる。
ただ、唐突に始まるこのやり取りだけが心配でIQ検査を行ったが、結果は一五〇と驚愕した。
ちなみに、私のIQは一〇〇と普通の数値だった。
…あれ?もしかして、私が変だったりする?
「小説家になりたい!」
「ごめん、また考え事してた」
「もう、お姉ちゃんしっかりしてよね」
「葵には言われたくはない」と思ったけど、ここは姉として我慢しよう。
「どうやったら、小説家になれる?」
このやり取りも普段からしている事で、適当に返して終わる事もあるが、ここは真面目に対応してみよう。
なにより、私自身も小説家には興味がある。
「小説家になりたい!」
「わかった、わかったから少し離れて、顔が近い」
「…」
少し沈黙の後に顔を離す葵、なんで、沈黙したかが謎だが葵の行動は考えても謎は謎のままで、どんな名探偵でもこの謎を解く事はできないと私は自信を持って言える。
「…いやな自信だな」
「いい葵、小説家になるには大きく分けて五つある」
「そんなにあるなら簡単になれるね」
「簡単になれる訳がないでしょ、話を続けるよ」
「…」
また、沈黙してる、まあいいか話を続けよう。
「一つ目は、文学新人賞を受賞する」
「文学新人賞?」
「出版社が企画する賞の一つで、この賞に応募し受賞できたら書籍化になるらしいよ」
「その企画はいつやってるの?」
「私はよくわからないから、インターネットで調べてみたらいいと思うよ」
「わかった!」
元気よく返事をする葵、本当にわかってるかは毎度の事ながら謎である。
「二つ目は、出版社への持ち込み、郵送やメールの場合もあるから確認が必要みたい」
「飲食物の持ち込みも大丈夫かな?」
「それは、迷惑になるから止めときなさい」
「わかった!」
きっと、わかってないな…まあいいか。
「三つ目は、自費出版」
「おお!急にスケールが大きくなったね」
「ん?え…そうかな?」
「そうだよ、菩薩が人々を憐れみ、楽しみを与え、苦しみを取り除く事を目的として出版だなんて、これはすごい事だよ、カレーを一晩寝かせたらさらに美味しくなるくらいすごい事だよ」
「菩薩? カレー?」
「慈悲出版でしょ?」
「慈悲ではなく、カレーです」
「カレー出版?」
「違う! 『自費』。自分のお金で小説を出版する事、葵がカレーの話をするから間違えたの」
「私のせいにしないでよ、間違えたのはお姉ちゃんのせいでしょ」
葵は急に正論を言う時があるから対応が難しい、悪いのは私なの?
「謝って」
「葵、ごめん」
「私ではなく、カレーに謝って!」
なに?カレーに謝るって。
「早くして!」
「カレーへ、ごめんなさい」
「『さん』を付けて」
「カレーさんへ、言い間違えてごめんなさい」
なんで私は、カレーに謝っているんだろ? それに「カレーさん」ってなに? けど、気にしても仕方ないか…
「四つ目は、同人作家として活動」
「同人作家?」
「趣味で小説を書いている人の事かな、人気があると出版社から声が掛かる事もあるみたい」
「五つ目がインターネットサイトで自分の作品を投稿する」
「これなら、簡単に誰でも小説を投稿できるね」
「葵にしては、珍しくまともな事を言うね」
「私は、いつもまともだよ」
「…そう」
「で、小説家になれそう?」
「私が今まで書いた小説があるから、それを出版社に持ち込んでみる」
「いつもは、意味がわからない事ばかり言っているのに、今回は、すでに小説を書いていたんだ、成長しててお姉ちゃんは嬉しいよ」
「出版社に行ってくるね」
…
「おかえり、小説家にはなれそうか?」
「全然面白くないって言われた」
「なんやて、葵が一生懸命考えた作品が面白くない訳あるか!」
「お姉ちゃん、関西弁が出てるよ」
「ああ、ごめんごめん」
「お姉ちゃんは興奮すると関西弁が出る癖は治らいね」
「私の事はいいから、葵の作品を見せてね、面白くないと言った編集の人に文句を言いに行ってあげる」
「ありがとう、やっぱりお姉ちゃんは優しいね」
葵から、嬉しい言葉と小説を受け取り、私は小説の内容を確認した。
「…え――、皆さんが静かにするまで、私は話をしませんよ…皆さんが静かになるまで三分も掛かりました、次から早く静かにできるよう頑張りましょう」
「…学校のトイレの壁に落書きをしている生徒がいると報告がありました、絵を描く事は良い事ですがトイレは皆さんが使う場所でもありますので、こういった場所で落書きは止めてください」
「三年二組の小林先生が産休のため、本日から新しい担任の立花先生が来られました、立花先生ご挨拶をどうぞ…先程、ご紹介に預かりました立花です…」
…
ん? 小説にしては全体的に内容がよくわからない、正直言って面白くない。
「どう? 面白い?」
「えっ? ご、ごめん、面白くない」
「やっぱり、面白くなかったか」
「葵は面白くないとわかって書いたの?」
「これはね、校長先生の朝礼の話をパソコンで書き起こした物なの」
「朝礼の時、パソコン持ってなにをしてるのかなと思ったけど、そんな事してたのか」
「結局、校長先生の話は面白くないって事だね」
「いや、校長先生の話が面白いとか面白くないとかではなく、これ小説と違うからね」
「な、なんだって――!」
そんなに驚く事でもないけど、私にとっては校長先生の話を書き起こしてた事が驚いたよ。
「もうダメだ…おしまいだぁ」
いつも自信満々な葵が両膝と両手を地面につけて小説を書く気力を失っている…いや、最初から小説は書いてなかったけど、それにしても葵のこの状態に似たのをアニメで見た気もするけど気のせいかな…
「なぁ、葵、そう落ち込まないで、他の事で頑張ろうな、お姉ちゃんも手伝うから、ね」
「小説家になりたい!」
どうやら、諦めてはいないみたいだった。
それに、立ち直りも早い、ここだけは見習うところ。
それ以外は特に見習うところがないのも葵の良いところ。
「小説家になる方法ではなくて、小説家になるのに必要な能力を付けるための勉強をしたらどうかな?」
「出版社へのコネのやり方だね」
「はい全然違います」
「…」
また、沈黙してるけど、私は普通の事しか言っていないので、このまま話を続けよう。
「小説はアニメや漫画と違って文章のみで読者に伝えるため、必然的に『語彙力』が必要で、また『表現力』も必要になるかな、表現力があれば読者を小説の世界に引き込む事もできるからね」
「例えば、どんな表現力とかがあるの?」
「…」
「ねぇ、例えば?」
「…」
「だから、例えば?」
「…」
「お姉ちゃんは、例えで説明できないの?」
「ちゃうねん! ほんまにちゃうねんで」
「関西弁で誤魔化さないでよ」
「えっと、その…うう、私はそういうのは苦手で…」
「本当にお姉ちゃんは駄目だよね」
「なっ! ほんなら葵はできるんか?」
「また、興奮して関西弁になってるよ」
「ええから、誰でもわかるように例えてや」
「仕方ないなぁ、では…これは儚くも悲しい少年少女たちの物語。これは八月の唸るような暑い日の出来事だった。私…いや、私たちは平和で穏やかな生活を送っていた。きっとこれからも変わらない日々を過ごせていけるとそう思っていた…そう思っていたのに、突如、その平穏を壊す報せが私たちの元に訪れた。そう『夏休みの登校日』だ。この後、灼熱の大地を舞台にした地獄の大王との戦いが今始まる。少年少女たちは日常を取り戻す事ができるのだろうか? 劇場版『夏休みの登校日 ~熱中症の恐怖~』乞うご期待!」
「映画予告風にしてみたけど、どうだった?」
「ん、すごいかどうかはわからないけど、突っ込みどころは多かったと感じた」
「突っ込むところなんてなかったでしょ」
それは『ひょっとしてギャグで言ってるのか?』 と、突っ込みたいが話が進まないので我慢しよう。
「まあ、夏休みの登校日が嫌いな事はわかったけど、ちなみに『地獄の大王』って校長先生の事で大丈夫?」
「そうだよ、流石、お姉ちゃん。普段から校長先生の事を地獄の大王って思ってる事はあるね」
「思ってないけどね。葵の事だからきっとそうかなって思っただけ」
「…」
例の如く沈黙してるけど、私が返した言葉を気にしているのかな? と、思ったけど、葵の性格から考えるとそれは「ない」と思えた。どれくらい「ない」かと言うと、ミステリー映画の冒頭で犯人が自白し、動機やトリックなどを全て説明され事件が解決し、残りの時間を警察、探偵たちが今回の事件とは関係ない雑務や日常シーンを流して映画が終わるくらいありえない事だと私は思っている。
ちなみに、葵が映画監督ならこういった作品を普通に撮影しそうだ。もし、そんな映画を作品になったらと思うと…
「…怖いな」
「なにが怖いの? 私の才能? それともカレーの足の早さ?」
「話の内容にカレーを持ち込み過ぎと違うかな? それとも、カレーのネタが気に入ったの?」
「気に入った!」
「…そう」
「他にないの?」
「他にって、何が?」
「お姉ちゃんふざけてるの? 小説家になるための必要な能力だよ」
「ふざけてるの?」 それは私のセリフだけど、ここはお姉ちゃんとして我慢しよう「うん、私偉い!」
「そうだね、読者に伝わりやすい言葉や表現力だけではなく『知識』も必要だね」
「私の得意分野だね。自慢じゃないけど、私は知らない事以外は全て知っているよ」
「そうだね、流石は葵だね」
「例えばね…」
私の皮肉を理解しているのか、していないのか葵は話を続ける。この子のメンタルはどうなっているのだろ?
「実は『豆腐の角に頭をぶつけて死ね』って言葉は諺ではなく、冗談を冗談として受け止めれないような私みたいな真面目な人間を揶揄した意味で元は落語の言い回しなんだよ。だから、言葉通りの意味じゃないんだ、だけど、豆腐を天日干しして乾燥させた保存食品の『六條豆腐』はすごく硬いのでぶつけられた死ぬ可能性もあるから気を付けてね」
最後の「気を付けてね」だけ満面の笑みだったけど、葵が言うと恐怖を感じるのは不思議。それと葵が「私みたいな真面目な人間」って言っていたけど、どう意味だろ? 難し過ぎて理解できないや。
「他にはね。銀行に観葉植物が置かれているのは、万が一銀行強盗に襲われた時に犯人の身長の目安がわかるように置いているみたいだから気を付けてね」
また、最後の「気を付けてね」だけ満面の笑みだったけど、何に気を付けたらいいのだろう? 犯人に気を付けるの? それとも、私が犯人の時に気を付けるの? 自分の姉が銀行強盗すると思っているのかな? この子は不思議な子だから聞くのも怖い。
けど、さっきから葵の話しを聞いているけど、これって……
「えっと、他は…」
「葵!」話を続けようとする葵を私は止める。
「どうしたの?」
「さっきから言ってるのは『豆知識』と違うかな?」
「豆知識も知識だよ」
「確かにそうだけど…」
言葉が詰まる私に葵は言葉を続ける。
「枝豆は大豆なんだよ」
「へぇー」そうなんだと豆知識を得た反応する。
「違うよ!」と否定する葵。
「なにが違うの?」
「今のは、豆知識ではなく、豆の知識だよ!」
「ふーん」
「…」
再び沈黙する葵、きっと私の反応に満足していないのだろう。
そんな葵を気にする事なく私は話を続ける。
「豆知識も大事だけど、私が言っている『知識』は小説を書くための知識の事で、例えば、推理小説ならトリックや人間心理、料理をジャンルにした小説なら料理に関する知識の事だよ」
「カレーは一晩寝かせたら美味しくなるよ」
「もう、カレーの話は大丈夫。それと、さっきその話は聞いたよ」
「…」
何度目の沈黙だろうか、けど、葵はその沈黙を自身で破り一言「カレー」と呟いた。この後に言葉なく、ただその一言のみで、その後は再び沈黙していた。そんなにカレーが好きならカレーの話で小説を書いたらいいのにと葵に伝えようと思ったが口には出さなかった。理由は、面倒な事になりそうな予感がしたからだ。
最初は興味があったが、葵との話は驚く程進展がなく、流石の私も早くこの話を終わらせたい。
「小説家になりたい!」
一巡して振り出しに戻ったのかな? それとも、話は続いているのかな?
我が妹ながら、本当に何を考えているのか謎である。
「うーん、残念だけど、葵は小説家になるのは難しいと違うかな? 他にやりたい事を考えてみたらどうかな?」
これで、この話も一旦終わり。お腹も空いたしカレーを食べよう。
…ん? 葵の話のせいかカレー色に染まってるかも。
「できた!」
唐突に張りのある声で、葵はその一言を言った。
「なにができたの? カレー?」
「カレーな訳ないでしょ! 今までの話にカレーの要素なんてなかったでしょ!」
いや…カレーの要素は結構あったと思うけど…まあ、いいか。
「新しい小説ができた!」
「また、校長先生の話?」
「ううん、今度はさっきまでのお姉ちゃんとの話を小説にしたんだ。じゃあ、今から、出版社に持って行くね」
「ちょ、ちょっと…」
葵に声を掛ける間もなく、葵は勢いよく走って行ってしまった。
「まあ、今回も駄目だろうから、家で待っていよう」
…結構時間経ったけど、葵、戻ってくるの遅いな。どこかで遊んでるのかな?
「まさか!」
考えたくなかった…けど、起こりうる可能性はある…
…出版社に居座って「小説家になりたい!」と言い続け、出版社の方を困らせている可能性が…
事故よりも真っ先に思い浮かぶ、あってはならない恐怖が胸を締め付ける。
「急いで葵の所に行かないと…葵ー!」
「なに?」
「よかった! 大丈夫やったか? 警察のお世話にはなってないか? 着替えは何日分いるんや? 出版社への菓子折りは何を持って行ったらええんや?」
「お姉ちゃん関西弁になってるけど、なんで興奮してるの? それと、なんか私に失礼な事考えていない?」
「…いやいや、大丈夫、大丈夫やで、本当に大丈夫やで」
「また、関西弁で誤魔化そうしてるでしょ?」
「それより遅かったけど、なにかあったの?」
恐る恐る、葵に確認してみる。
「やったよお姉ちゃん、決まったんだ!」
ついに、恐れていた事が起きてしまった…一体なにをやったのだろう? そして、なにが決まったのだろう?
落ち着こう…まずは、落ち着いて話を聞こう…
「何をやったの?」
「何って? お姉ちゃん知ってるでしょう?」
「私からは怖くて言えないから、葵から教えて欲しい」
「怖い?」
不思議そうな表情をする葵、その表情すらも今の私にとっては恐怖だ。
「えっと…小説を出版社に持って行ったんだよ」
「それで?」
「出版社の人と話をしたんだ!」
笑顔と元気のある声でそういう葵。ここから気を引き締めないと駄目だ!
「それから、出版社の方に何をしたの?」
「何って?」
再度、不思議そうな表情をする葵。
「大丈夫、覚悟は出来ているよ」
「そうなんだ、実は…」
「実は…?」
「担当さんから「本格的に小説を書いてみないか」って言われたんだ」
「え? なんて?」
「だから、小説を書いてみないかって言われたの」
「そ、そうか、よかったな葵。小説家になりたいって言ってたもんね」
妹の夢が叶い、私は自分のように喜んだ。
いつも葵の「なりたい」に振り回されて困っていたけれど、今日初めて、葵の「なりたい」に振り回されていて本当によかったと思った。
「本当によかったね、葵。頑張って小説を書いてね。お姉ちゃんも絶対に読むからね」
「けど、断ったよ」
「なんでだよ!」
思わず大きい声でツッコミを入れてしまった。
「いきなり大きい声を出さないでよ」
「そりゃ出るわ! なんで断ったんや! 小説家になりたかったんちゃうんか!」
「もう、そんなに興奮しないでよ」
「興奮するなって言う方が無理やで! 理由は? 理由はなんや? 理由プリーズ!」
「私、漫画家になりたい!」
「…もしかして、さっきの「決まったんだ」って…漫画家になりたい事が?」
「そうだよ」
「…」
葵の言葉にただ沈黙するしかなかった。そういえば、この子はこういう子やったな…
「そう…頑張ってな…」
最後に、葵にそう一言伝えると私は空腹を満たすため台所へ向かう。
背後から葵が、自信に満ちた声「私に任せて!」と言っていたが、その声は落胆した私の肩を掠め、これから食べるカレーの鍋に入った気がした。
まずは、本作品をお読み頂きありがとうございます。
不慣れもあり、誤字や脱字、文体や全体の構成など不十分な点もあったと思われますが、お楽しみ頂けたら幸いです。
少しでも、読者様の息抜きになる作品でしたら、嬉しい限りです。
最後まで、お読み頂きありがとうございました。