カツドン
「………やっぱりか」
予想通りとはいっても実際にこの状況になると気が落ちる。
アイリスの屋敷へ赴いた次の日のお昼時、俺はセルーナ先輩にオススメされたカツドンを食べに食堂へ来ていた。
が、お昼の食堂の混み具合に萎えていた。
見た感じ座る席もなさそうだ。
仕方ないと、今回も引き返そうとするとーー
「フローラルハートさん」
わずかに聞き覚えのある声。
あまり呼ばれる事のない苗字を呼ばれ、俺は声のする方に視線を向ける。
視線の先にはテーブルに座る三人がいた。
ジェイド、ロイド、ウィルだった。
「ここ座らないか?」
ゴツい身体のウィルが四人がけの空いた席を指差して言う。
「………」
どうしようか……。
正直、一人がいいんだが。
しかし、単独での学校生活は、よくない方で目立つ。
………仕方ない、これも任務のうちだと思って出来るだけ人とは接するか。
「ありがとう、座らせてもらう」
俺は笑ってウィルの隣に座る。
「食べるものはきまってるんですか?」
とジェイド。
「カツドンにしようと思う」
「いいね、いいね。ここのカツドンは、すんごく美味しいよ」
元気いっぱいに答えるロイド。
「ああ。オススメされて楽しみにして来たんだが、この混み具合に怯んでな。
やめようと思ってたんだけど、ウィル達のお陰で食べれそうだ」
「そうかそうか。声をかけてよかった」
ウィルは筋肉で太い腕を組んでガハハと豪快に笑う。
「注文してくる」
「頑張ってきてください」
何故か俺はジェイドに応援されてカウンターへ向かった。
一歩一歩、また一歩と歩みを進めるうちに、熱気と戦意、そして人の食欲を肌で感じる。
食券コーナーでは大きな人だかりが形成されており、それに慄きながらも、それほどにかと期待が膨れ上がる。
「ーーー」
俺は一つ覚悟を決め、戦場(人だかり)に飛び込んだ
………。
………。
………。
「はぁ、はぁはぁ」
数分後、俺は息を切らせながら食券を握りしめて、人だかりから脱出していた。
「飯一つでこんな大変な思いするなんて、馬鹿らしい」
周りの人間に聞こえないように小声で悪態を吐く。
が、すぐにブルブルと頭を振り切り替える。
「もうすぐだ」
奥歯を噛み締めて進む。
次はカウンターだ。
そう思い、視線をカウンターに向けると、壁に沿って長蛇の列が出来上がっていた。
その長さは食堂の入り口までありそうだ。
そもそも、券売コーナーであの人だかりだったのだ。
「当然なんだけどさ」
………………。
てか、食堂のおばちゃんたち死ぬほど大変だな。
列の最後尾に並びながら、当たり前の感想が出る。
どうなってるんだ?
毎日、この激務は死ぬぞ。
それとも給料がいいのか?
気になるな。
ここからまた十数分、食堂のおばちゃんたちの労働環境に思いを馳せていると、自分の番が回ってきた。
おばちゃんに苦労して手に入れた食券を見せる。
「カツドン一つね!」
「ありがとうございます」
元気いっぱいパワフルなおばちゃんからトレイに乗ったカツドンを受け取り、感謝を伝えてジェイド達の席にへ行く。
トレイに乗るカツドンが心なしか光って見える。
「おかえりなさい」
体をモジモジさせてジェイドが照れながらに言う。
「なに照れてんだよ、気持ち悪いな」
「ひっ、ひどい!」
ジェイドは俺の一言に目に見えるほど落ち込む。ガーンという効果音が聞こえてきそうだ。
「確かに、今のはキモいね」
「ああ、ジェイドが悪いな」
ロイドとウィルは、うんうんと首を縦に振る。
それに更に落ち込むジェイドを横目に俺は手を合わせる。
「それはそうと」
いただきます、と言ってご飯と肉が均等になるように掬い口に運ぶ。
舌に乗っけ、歯で噛み締める。
噛む。噛む。噛む。噛む。噛む。
嚥下。
そして一言。
「うっま!」
美味すぎて箸が進む、進む。
肉の油は濃いが嫌な感じはせず上質だとわかる。
また、お肉の旨味を最大限引き出せているように思う。
ここまで美味しいのは料理の腕がいいのか、食材がいいのか。
その両方だろう。
「マジでうまいな」
その後もカツドンをかきこんだ。
「そういえば、言おうと思ってたんだけど昨日の魔剣術での打ち合い、すごかったよ」
ある程度、カツドンを楽しんだのを見計らったのか、ロイドが昨日の魔剣術の授業でのことを話題にする。
「ああ、すごかった。俺なら瞬殺されていた」
「ありがとう。でもたまたまだよ」
「謙遜するなって。
相手はあのグレイス・クイントスなんだぜ。
『剣聖』の家系に生まれた当代の『剣聖』であり、第2都市バルトを治めているバルグラン公爵都市長の娘で、いずれ第二都市を治めるだろう人だ。
それに見合うポテンシャルやカリスマ性もすでに持ってる。
そんな相手に偶然が通用するかって」
「あはは」
机に乗り出す勢い。
俺はロイドの熱の入りようについていけず乾いた笑みを浮かべる。
「ロイド、落ち着きなよ。アイト君引いちゃってるよ」
「ごめんごめん」
そう言ってロイドは自分の席に座り直す。
ふぅ〜〜、これでこの話は終わりかな。
「でも、確かにカッコよかった」
あ、続くのな。
「アイト君の家は魔剣術に力を入れてたのですか?」
「う〜〜ん、まぁそうかな」
なんとも煮え切らない答え。
実際は魔剣術だけではなく、普通に魔術や銃の扱い、いろんな事に力を入れてた。
「アイトの腕前なら魔術なんて学ばなくても、十分やってけるのではないか?」
なんとも身も蓋もない物言いに苦笑しながら答える。
「おいおい、仮にも魔術学院生の俺にそんな事言うなよ」
「むぅ、心を害したのなら謝る」
「いいよ、気にしてない。悪く言ったとは思ってない。からかっただけだから」
「なんと!アイトは策士でもあったか」
「こんなの策士でもなんでもないだろ」
このまま流してもいいが、何となく答える。
「あれだよ、俺の中で剣は誰かとの戦いで、魔術は自分との戦いみたいな感じなんだ」
「ほう、つまり?なんだ?わかるか?」
「全然分かんない」「申し訳ないですけどわかりません」
「あああーー。あれだよ。」
俺は手元を見ながら語り出す。
「俺には剣を極める意味が理解出来ないだ。
そりゃ、剣はそこそこ使えた方がいいに決まってる。
魔力が切れた状態で敵に囲まれていたら、最後は自分のフィジカルが頼りだからな。
身体一つで戦える術は持っておくべきだ。
でも、極めるとなると話が違ってくる。
魔剣、流派、剣術。
出来る事の幅は広いけど結局は敵を斬るか物を斬るか、根本的には何かを斬るかしかないと思う。
可能性を感じない。
それに比べて魔術は違う。
魔術はどこまでもいける。
だから俺は魔術に懸けてるんだ」
顔を上げてウィル、ロイド、ジェイドの顔をぐるっと見回すと皆ポカンと口を開けていた。
「なんだ、そんな間抜け面して」
「「「……………」」」
思えばかなり語ってた。
急に恥ずかしくなり、俺は顔も名前も知らない生徒が脇に挟んでいた朝刊の記事を話題に振った。
「そっ、そういえば今朝の朝刊読んだか?」
「話題の振り方が露骨すぎる」
「恥ずかしくなってる」
「結構語ってましたからね」
ウィルが茶化してくるので、軽く殴り、ジェイドにはにらんでおいた。
あとロイドは距離敵に無理そうなので後でシメる。
「確か、フィーガの門猟奇殺人事件だよね」
なんの被害も受けていないロイドが答える。
「中身は知らないけど」
「ええっと、僕たちの授業初日の朝にフィーガの門付近の壁上で死体が発見されたんです」
「流石ジェイド、しっかり読み込んでる」
「結構エグい殺され方をしたらしい」
ジェイドが説明しロイドとウィルが続く。
俺は完全に聴く側だ。
急だったが、話題の選択としては良かった方だろう。
ここで俺が持つ情報と世間との齟齬を知れるのは良かった。
本当はこんな事しなくても朝刊を読めばいい話なのだが。
「どういう人が殺されたか、載ってたか?」
「中年の男だった気がします」
「そうか、ありがとう」
さすがに魔鉱石の販売に携わっている事は載ってないか。
それもそうか、無闇に明かしていい情報ではないからな。
「………」
顎に手を当て思案する。
俺にはやらなくてはいけない事があるのに、何となく考えてしまう。
ふと、時計を見ると昼休みも残り十分程。
「昼休みもそろそろ終わる。急ごう」
「そうだな」「はい」「うん」
次の授業の準備なども考えて、そろそろ食べ終わった方がいいと考え、カツドンをかきこむ。
ロイド、ジェイド、ウィルと共に食器をカウンターに返却すると俺たちは次の授業の教室に向かった。




