黄昏の壁上ーー再会ーー
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燦々と照らす太陽に雲ひとつない青空、そして今日という日を彩る鮮やかなピンク色の桜。
「今日は入学式日和だな」
手で庇を作りながら空を仰ぎ見る。
「こんにちは」
正門の両脇に立つ守衛さんに挨拶して学院に入る。
学院の中は新入生とその親族で溢れかえっていた。
俺は周りに向けていた視線を正面に向ける。目の前には巨大なレンガ造りの聖堂のような建物が建っている。
これがラフォール学院の本館だろう。
これは、いつ見ても凄い。圧巻だ。
通常の生徒はここで四年間、魔術について学ぶことになるが、俺はどうなるやら。
もしかしたら、今日一日で終わるかもしれないし、卒業までいるかもしれない。とにかく俺は俺に課せられた任務をこなすだけだ。
アイリスはここで何かを学んで欲しそうだったが。
「………………………」
歩いて十分。
広すぎて道に迷っていた。
騎士として恥ずべき事だ。
「はあ〜〜、自分が嫌になる」
自己嫌悪に陥っているとー
「もしかして、新入生さん?」
暖かい春を思わせるような声をかけられる。
声の主を見る。
ホワイトブロンドを長く腰まで伸ばし、キリッとした顔には眼帯をしていた。
身長は女性にしては高く、胸や肢体は程よく肉があり、とても女性的な身体を制服に身を包んでいる。
「って、ええ」
見惚れていたからか、遅れて返事をする。
「やっぱり、そうね。私はこの学院の生徒会長よ。何かあったら頼ってね!」
自慢げに胸を張る、その仕草は大変魅力的だが、いま彼女は聞き逃せない事を言った。
「なんたって私はセルーナ・ロトアマリリスなのよ」
「えっ、ええ。そうですね」
「あれ?あれ?驚かないの?」
「そりゃセルーナ先輩は有名人ですから」
セルーナ・ロトアマリリス。
『勇者一行』の聖女の子孫。
代々聖女を務める歴史あり由緒正しき名家であるロトアマリリス家の長女にして、『天眼』という眼に強力な魔術が記録された特異能力を保持している。
どのような能力の魔術かは知られていないが、おそらく破格の性能だろう。その証拠にセルーナ先輩は魔術的眼帯をしている。
普通の天眼持ちでも眼帯をするほどではないが、セルーナの場合は眼帯をして視界を塞がなければいけないほどの力なのだ。
「そうなのね」
心なしか落ち込んでいるようだ。
「ああ、あの、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
何故か俺はセルーナ先輩をフォローしようとしていた。
頼られることが嬉しいのか、口元が少し弧を描いている。
眼帯のせいで顔半分は全く見えないが、声や口でなんとなく感情がわかる。
「任せて。なんでも答えるよ」
この感じだったら本当になんでも答えてくれそうだが、今はそんなことはどうでもよくてーー
「講堂の場所が分からなくて」
「そうだったのね。分かりました。先輩が案内してあげましょう」
「ありがとうございます」
俺はセルーナ先輩の後についていく。
道中。
「そういえば、あなたの名前はなんていうの?」
「俺ですか?俺はアイト・フローラルハートです」
「初めて聞いた家名ね。出身はどこなのかな?第四都市以外っていうのは分かるけど」
「俺は第一都市ですね」
「そうなんだ。ならこの都市で迷子になる心配はいらないわね」
「からかわないでくださいよ」
そんな他愛もない話をしていると、セルーナ先輩は急に顔を真っ青にする。
俺は不思議に思いセルーナ先輩に尋ねる。
「先輩、どうしたんですか?顔真っ青にして」
「ごめん。私も迷子になっちゃった」
「………は?」
咄嗟のことで生徒会長にタメ口を使ってしまった。
「すいません。なんて言いました?」
「道に迷っちゃった」
「マジですか?」
「マジよ」
「そんなことあるんですか」
「だってぇ〜〜、講堂なんて殆ど行ったことないんだもん〜」
俺は視線を腕時計に移す。
あと少しで入学式が始まってしまう。
普通にヤバい。
どうする?
遅れて参加して注目を受けるくらいなら、サボって午後のガイダンスから参加する方がいいかもなあ。
「ちょっとここで待ってて!」
先輩は言って、近くにいた生徒に声をかけに行った。
俺はその場で置いてけぼりになり、先輩は一、二分すると戻ってきてー
「場所を聞いてきたわ。これで大丈夫よ」
場所を聞きにいっていたみたいだ。
「そうですか」
本当かよ。
この人、二年通ってたのに場所を知らなかったんだぞ、少し聞いただけで分かるか。
「あ〜〜あ、今疑ったわね〜」
顔に出ていたのだろうか、バレてしまった。
「そんなことより、場所が分かったなら行きましょう」
先輩の案内の下、俺は駆け足で講堂に向かった。
「ここよ」
三分ほど走ると講堂の入り口に着いた。
腕時計を見る。
どうやら、あまり時間は残されていないらしい。
「先輩、案内ありがとうございました」
俺は礼を言う。
「うん。また何か困ったら何でも言ってね」
そう簡単に頼っていいかどうかは分からんが、仲良くしたい相手ではあった。
手を振る先輩に俺も返して講堂に入っていく。
講堂の中はもう半数以上が着席していた。
俺は新入生席の指定された席に気持ち早めに行き着くと座る。
二階席では新入生の親族の席なのだろう。
この国中枢の大物の顔がちらほらと見えた。
迷子になって少し学院を歩いたが、この学院はバカ広い。
建物の数や敷地の広さは、この国一の学び舎というだけあってこれほどなく充実しておりこの分だと設備の面も十分に整えられているのだろう。
改めてこの学院の規模の大きさに驚いていると、壇上に黒髪の男が立つ。
高身長でスタイルは良いが、無償髭とボサボサの髪で顔は隠れている。
また、着ているスーツはよれよれだ。
全体的にだらしない雰囲気を持っていた。
「開会式の辞。これより514期生アレスドラ王国王立ラフォール学院の入学式を執り行います。
司会は私一年の壁外実習を担当するドレイク・フーシェでお送りします。
まず初めに学校長式辞」
ドレイクに変わって壇上に時の流れに染まらない金髪の老婆が現れた。
「新入生の皆さんこんにちは。アレスドラ王国王立ラフォール学院学長フレヤ・グラースです。
突然ですが、皆さんも勿論知っている通り、この国は呪われています。
大陸の北に位置する大国である我が国は600年ほど前『太古の魔女』の呪いによって国の大地は不浄、不毛と化してしまい、我々は住む家、育った故郷を追われてしまった。
加えて、魔女の呪いにより大地から魔女の子供『眷獣』なるものが産み出されるようになった。
眷獣の圧倒的な物量と質に王国軍は対抗するも歯が立たず、戦う事を諦めた当時の国王は王国国民を六つの主要都市へと集め、結界を張る事で、自由と代償に眷獣の脅威から逃れた。
ですが、私たちはただ結界に守られているだけではダメなのです。私たちの故郷を取り返さないとダメなのです。
そして、皆さんならそれを成してくれると私は信じています。その為なら学院は一生懸命、全身全霊で皆さんの手助けをします。
新入生の皆さんご入学おめでとうございます」
フレヤは洗練された所作でお辞儀をする。
ドレイクの声。
「続きまして、来賓紹介。この学院の組の元となった英雄たち、その子孫のシアンローズ様、ヴァイスリリー様、ロトアマリリス様、クイントス様なのですが、クイントス様は現在トラブルによりこの場におっしゃらなく、代わりにアレスドラ王国近衛騎士団団長アイリ・ユーデルフォートお越しいただきました」
これまたそうそうたる面子に驚いていたところで急にアイリスの名前。
えっ………………ええっ!?
なんでいるんだよ!いや、まあアイリスの名前も全然他の三人に負けてないけども、いてもおかしくはないけども!
壇上に立つアイリスはお辞儀をする。顔を上げる時に一瞬視線が合う。
「え〜〜新入生の皆さん。ご入学おめでとうございます」
淡白に言うと壇上から去っていく。
残りの三人も特に言うことはないのか、すぐに終わった。
再度、脇にドレイクが立つ。
「これにて入学式の閉式だ」
なんとなく呆気なく終わったように感じるが、まあいいか。
一列ずつ案内されて講堂を後にする生徒たちを見ながら待っていると俺の列の番が来た。
俺は教師に案内されながら講堂を出ると、そのまま校舎に行く。
入学式の後はホームルームがあり、ちょっとした自己紹介をすることになっていた。
古き良き廊下を歩きながら、入学式前日に届けられた組み分け表を懐から取り出し見る。
「一年クイントスはっと、この教室かな」
俺は目的の場所を見つけると中に入る。
教室の作りには変わったところはないが、窓ガラスなどには所々ステンドグラスが施され、教室内を日の光がカラフルに照らしていた。
「綺麗だ」
思わず一言。
元は修道院というだけあって何か神秘的なものを感じる。
って、早くしなきゃ。
教室の美しさに魅入っていたが、我にかえり指定された席に座る。
教室の中を見渡せば、一席空いていたが、それ以外の席には全員座っていた。
少し疑問に思いながらも特に気にすることなく、俺は数十分ただ窓の外から見える自由な空を眺めていた。
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「ゴホン、それでは皆さん明日から普通に授業が始まりますので、遅れぬよう気をつけて下さいね。さようなら」
ホームルームは滞りなく終わった。
クラスの担任は入学式で司会を務めていた黒髪丸眼鏡の男だった。
名前はドレイク・ヴェルディといい魔術実習の担当で普通の教師だった。
俺は席を立つと教室を出て学校を後のする。
この後は予定は何もない。
「あそこに行くか」
俺は数分歩いて近くの路面電車停留場に着くと丁度いい路面電車が来ていた。
おれは乗り込むと席に座る。
程なくして電車は発進しこ気味良い揺れにに身を任せながら車窓の外を見る。
外には街を行き交う人々がいた。
「…………………………」
たとえ国が呪われ外敵に晒されようとも人が営んできた大きく生活が変わることはない。
何百年も前、眷属という存在はなく結界に守られる必要のない自由に村々で暮らせていた頃と同じように、朝起きて、ご飯を食べて、働いてご飯を食べて、また働く、またご飯を食べて夜になったら寝る。
それは今も昔も変わらないだろう。
そんな尊いモノを守るためなら俺はなんでもしよう。
「終点〜終点〜。『フィーガの門前』『フィーガの門前』」
感慨に耽っているうちに、どうやら目的の駅に着いたようだ。
電車から降りると無骨な城壁が広がる場所に出る。
辺り一帯は何もないただの地面が広がるのみ、なら何故俺がここに来たかというと目の前の城壁にあった。
俺は目の前に高く聳え立つ城壁の内部に繋がる扉を開けると城壁内に入る。
「ケホっ、ケホッ」
砂埃の酷さに咳が出る。
「もっと綺麗にしてくれないかな」
まあ城壁にはあまり意味はなくて結界の方に意味があるんだが。
俺は階段を登り上へと行く。
数十段登ると扉が現れ、扉を開けると。
自由のソラをオレンジ色に染め上げ、果てには星が瞬く。
眼下にはどこまでも続きそうな平原があった。あの中を全力で駆け抜けることができたらどんなに気持ちいいだろうか。
「いま足を踏み入れたら眷属どもが一瞬で群がってくるけど」
と、一陣の強い風が吹き抜ける。反射的に閉じていた目を開けるとーー
「先客がいた」
白髪で女性にしてはスラリと背が高く、腕などの筋肉は細く引き締まり、胸などの部分は発育していた。
美しく自信に満ち溢れている、その顔は遠くこぼれ落ちた記憶のモノと、なんら変わっていなかった。
もっと何か体に不調が出るかと思ったが、何故だか穏やかな気持ちだった。
意外と昔の事と割り切れているのかもしれない。
そんな事よりーー
「まさか、ここで再会するとは」
「なにか言った?」
「すまん。なんでもない。それで、何か用か?」
「私はここからの景色が好きでよくここに来るんだ」
「そうか、俺もだ。俺も壁上からの眺めが好きで定期的に来る」
「貴方もここが好きなんだ………ってあれ?もしかしてラフォール学院の生徒!あれ?じゃあ、もしかして先輩?」
少女は先輩にタメ口をきいたかもと焦り出す。
「いや、俺は今日から一年生だ」
「よかった〜〜」
俺の言葉を聞いて大きな胸を撫で下ろす。
「それにしても、まさか同じ一年生だったとは驚いた。私も今年からラフォールの学生なの。貴方の名前は?クラスは?」
少女は俺の眼を覗き込むように詰め寄る。
「ちっ、近い」
若干、引きながら答える。
「あっ、ごめんごめん」
「いいよ。俺の名前はアイト・フローラルハート。クラスはクイントスだ」
「ええ、じゃあ私と同じクラスだ」
「そうなのか?そういえばホームルームの時間空き席があったな」
「あはは〜〜、実は列車の関係で遅れちゃって」
「ふ〜ん、あっそう」
「興味なさげな雰囲気っと、それよりもう時間かな。私は行くね」
腕時計を見て彼女は言った。
「その前に私の名前はグレイス・クイントス。よろしくね」
グレイスは手を差し出す。
俺はそれに応えるように手を重ねて握手をする。
黄昏時のいま、俺はどんな表情をしているだろうか。
どんな気持ちをしているだろうか。
再会を喜んでいるのか、悲しんでいるのか、怒っているのか。
持て余している。
読んでいただきありがとうございます




