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後宮青月妃伝 ―IF―  作者: ヴィルヘルミナ


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◆ 春待華の夢

 妃教育が始まった。老齢の侍女を教師として朝から夕方まで王宮での作法や決まりを学び、婚姻の儀式の流れを頭に叩き込む。


「ありがとうございました!」

 授業が終わった後、私が頭を下げると狼狽していた侍女も、三日もすれば微笑んでくれるようになった。月妃が侍女にお礼を言うことも頭を下げることも前例のない事だと驚かれても、色々と教えてもらっているのだからお礼を言うことはやめたくない。

 また明日と約束を交わして、華舟に乗って王宮へと帰っていくのを見送る。


「ひゃー。今日もぎっしり!」

 授業の合間に取るメモが増えていく。通常は話を聞くだけだと言われても、知らないことが多すぎるのでメモを取っている。


 この国で一般的に使われているのは削った竹で出来たペンのような竹筆と、動物の毛で出来た毛筆。竹筆は頻繁に墨を補給しなければ書けないので、私は毛筆を使う事にしている。


 元の世界で使っていた筆記具は村にいる三年半で使い果たした。替えのインクもないから、ただの棒でしかない。後宮に来てから手に入れた外国製のインクを入れてみたりしても使えなかった。


 筆で小さな文字を素早く書くのは難しい。私だけが読める文字で書いておいて、後で別の紙に清書して紐で綴って冊子にしている。冊子の仕立て方はユーエンに習った。


「私が口述筆記致しましょうか」

「ありがとうございます。でも、私は書いて読まないと覚えられないんです」

 正直言ってユーエンの申し出はありがたいと思った。ユーエンは宰相の口述筆記もしていたから正確で美しい文字を書く。冊子にしても見栄えがする。


「学校で学んでいた頃から、試験勉強は書いて読むのが私の基本でした」

 高校の授業では、教師がデジタル黒板に書いたデータがそのまま生徒のタブレット端末に送られてくる。便利だとは思うけど、私を含め、ほとんどの生徒は自分でノートを作っていた。


「村の暮らしとは全く違うので、知らなかったことが多すぎます」

 王宮内ではお辞儀の種類も、相手によって細かく決まっている。月妃が床にひれ伏すような最上級のお辞儀をするのは皇帝と国母だけ。


 儀式の際の腕を上げる角度、歩幅、合図の音。散策の際に声を掛ける順番まで決まっている。何もかもが決められていて、すべてが窮屈でお芝居のよう。


 儀式とお産以外で後宮から出る機会が限られている月妃ですら、覚えきれない程の作法や決まりがある。皇帝になったリョウメイは大変だろう。


「少し休みを入れてはいかがですか?」

 温かい花茶を淹れてくれたユーエンが私の心配をしてくれているのはわかっている。朝から夕食直前まで授業を受けて、夕食後には復習も兼ねて清書する。難しい授業の日は眠るのが深夜になることもある。


「ありがとうございます。でも、休んでなんかいられません。きっとリョウメイは、もっともっと頑張っていると思います」

 皇帝になったリョウメイの妻になるのなら、これくらいはこなさないと。挫けそうな心を支えるのはリョウメイの笑顔の思い出だけ。常に挿す〝華蝶の簪〟に手を当てて、優しい笑顔を思い出す。



 正妻の青月妃とその他の妃とは格差がある。青月妃は代々の皇帝が祀られている霊廟内部に入ることを許され、儀式でも重要な役割を任される。青月妃の単語が出てくる度に寂しいと感じる。リョウメイが正妻に選んだのは私だと叫びたくなることもある。それでも悔しいと口にしたくはない。


 清書した冊子の内容を口に出して読んでいると、ユーエンが久しぶりに口述筆記の練習がしたいと言って、異世界の文字で書き始めた。この国には漢字はなく、三種の表音文字の組み合わせ。覚えるのは簡単でも、素早く書くのはまだまだ難しい。


「うわー。翻訳本になっちゃった!」

 ユーエンが書いた冊子は本格的に教科書のようで立派。私の冊子は、表紙だけ豪華。

「……差し出がましいとは思いましたが、この本を皇帝に献上してはいかがでしょうか。カズハ様が懸命に勉強された成果として」

「え?」

 思いもよらない提案にびっくりした。妃教育は口述で行われてきたので、教師によって内容が改ざんされることもあり、時には意地悪をして嘘を教えることもある。教書として冊子があれば、一つの指針になるとユーエンが言う。


 リョウメイに贈り物が出来る事に私は喜んだ。私が後宮で勉強していることを知ってもらえることが嬉しい。

「著者は私。訳者はユーエンですね」

 白月妃とは書きたくなかったので私の名前を漢字で書いて、横にこの世界の文字でルビを振る。その隣にはユーエンの名前が並ぶ。


「婚姻式までに頑張って完成を目指します」

「カズハ様、ご無理はなさいませんように」

 ユーエンの優しい笑顔は温かくて、私は心の底から笑顔になれた。


 婚礼までの一箇月は、あっという間に過ぎ去った。王宮内作法や決まりをまとめた冊子は三冊になり、宰相を通じて皇帝リョウメイに献上された。



 儀式の五日前に届けられた美しい婚礼衣装は古代中国の儒裙(じゅくん)に似ていた。私に用意された色は白。繊細な花紋様が織り込まれ銀糸で刺繍が施されている。


 婚礼衣装はすべて皇帝から贈られる。衣装の箱には私が好きなキキョウに似た白い花が三輪添えられていて、白の飾り紐で結ばれている。リョウメイが私が好きな花を贈ってくれた。それだけで心強い。


春待華(しゅんたいか)ですね」

 私が手に取った花束を見てユーエンが微笑む。


「名前があるのですか?」

 村では名もないありふれた花だった。繁殖力が強く、雑草と同じ扱いで抜かれて捨てられてしまう花。


「……正式な名前ではありません。私が生まれた村で呼ばれていた名前です。一年中咲く花ですが、冬の雪の中では透けるような白になって一番美しい姿になります」

 全然気が付かなかった。冬から春は雪が深く、家の中で籠を編むことが多かったから冬に咲いている姿を見たこともない。


「もう雪は解けてしまったから来年ですね……見るのが楽しみです」

 希望を言ってみたものの、後宮入りした私が野に咲く花を見る機会は少なくなるだろう。


 その夜私は春待華の一輪を胸に抱き、リョウメイと一緒に雪の中の春待華を摘む夢を見た。

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