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後宮青月妃伝 ―IF―  作者: ヴィルヘルミナ


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35/54

◆ 注文の多い風呂

 和やかに見える夕食の席で、私は完全に緊張していた。私たちは部屋で、兵士たちは大広間で宴会をしていて、窓の外から賑やかな声や音楽が聞こえてくる。


 円卓に並べられた宮廷料理にも劣らない美しい料理の数々は、ユーエンによって丁寧に検査され、何の薬も入っていないことを確認されていても箸がすすまない。

「三人とも、先程からどうしたんですか?」

 セイランに聞かれても答えるのは迷う。私だけでなくユーエンとレイシンの行動もぎこちない。


「何でもないわよ。あははははは」

 完全に棒読み状態になるのは仕方ないと思う。夜が近づくにつれ、昼間に聞いた声が脳内で鮮明にリピート再生されている。


 襲われるかもしれない。女性たちに。

 何とも言えない危機感がひしひしと押し寄せてくる。いつも通りにユーエンが私と一緒に寝てくれて、扉の外でレイシンが不寝番をしてくれると約束しているけれど、部屋の中に秘密の通路や仕掛けがあったら終わり。一応二人が確認してくれてはいる。


 食後のお茶を飲んでいると、扉が叩かれて美女が現れた。

「大浴場にご案内致します」

 温泉かけ流しと聞いて心が揺らぐ。後宮を出てからお湯につかるお風呂には入っていない。シャワーや体を拭くだけでは汚れも疲れも取れない気がしていた。


「あ、あの、他の人は?」

「お客様はまだいらっしゃいません」

「いえ、その、従業員の方は?」

「従業員はお客様と浴場でご一緒することはございません」

「ぜ、絶対いない?」

「はい」

 微笑む美女に嘘はないと思う。


「い、行きますっ!」

「カズハ様っ!?」

 ユーエンが悲鳴を上げ、レイシンが鼻を手で押える。


「私は自分の部屋に戻ります」

 そう言ってお茶を飲むセイランを残して、私はユーエンとレイシンと大浴場へと向かった。



 飴色の磨かれた廊下を歩いて、大浴場にたどり着いた。入り口が二つの扉に分かれている。

「こちらが男性の入り口、こちらが女性の入り口です」

「じゃ、レイシン、後でねー」

 混浴じゃなくてほっとした。何かあったら呼んで下さいと言うレイシンと別れて扉を開く。


 女性が案内はここまでですと微笑んで、廊下を戻って行った。

「設備とか説明しないんだ。ちょっと不親切じゃない?」

「そうですね。不思議な気がします」

 扉の中は脱衣室。竹で作られた棚に、籠が置かれている。


「……何か普通よね」

 着替えを置いて服を脱ぎ、白っぽい布で出来た湯着に袖を通す。この国でお風呂に入る時には、筒袖の浴衣のような湯着を着る。白月宮でも用意されていたけど、面倒なので着ることはなかった。


「よし、出来た。そっち見ても大丈夫?」

「はい。大丈夫です」

「一緒にお風呂に入るって初めてよね」

 何気なく言ったら、ユーエンの顔が赤くなる。


「あ、あ、あの、これは護衛で……」

「わかってる。大丈夫よ」


 ユーエンが私の髪を軽く結い上げた。独特な形のピン1本で留めるのだから凄い技術。

 念のため、ビニールポーチに扇を入れてきた。〝華蝶の簪〟も中に入れて浴場への扉を開いた。


 強烈な薬草の匂いと白い湯気が立ち込める浴場は、黒い石で出来た広い浴槽。

「凄い豪華ー」

 浴槽からはお湯が溢れ続けて、床をお湯が流れている。


「ん?」

 湯気の中、浴槽に浸かる人影が見える。レイシンだ。


「は? 結局混浴?」

「そのようですね」

 苦笑するユーエンと一緒に、浴槽へ近づく。この国のお風呂はお湯に入る前に体を洗ったりせず、お湯の中で体を洗う。いつもは無視して体を洗ってから入るけど、二人の前で全裸になることはできないので、そのままお湯につかる。ビニールポーチは壁の段差に置いてきた。


「はー。やっぱお湯につかると疲れが取れる気がするー」

 薬草の匂いが気になるものの、何か薬効のある入浴剤なのだろう。


 ざぶざぶと音を立てながら、レイシンが近づいてきた。白い夜着が濡れて、精悍な筋肉の存在が透けて見える。

「ちょ。何で近づいてくるのよ!」

 一応胸を腕で隠しておく。全部透けてはいないけど、念の為。


「近くでなければ護衛になりません」

「何かキャラ変わってない? 飲んでるの?」

 妙に明るい笑顔のレイシンに問いかけても、飲んでいないと返ってくる。三年ぶりのお風呂と聞いて内心引く。この国の人間はお湯に浸からないし、そもそも体を定期的に洗う習慣が無い。土や泥で汚れたらシャワーで落とすだけ。村では産湯の後、一度もお湯に浸かったことのない人も結構いた。そんな人々にお風呂に入ってもらうのは大変だったと思い出す。


「ま、いいか」

 肩まで浸かって力を抜いて、お湯を両手ですくう。


「何か不思議な匂いよねー。何ていうか中華風の出汁みたいな。飲んだら美味しいかも」

 落ち着いて匂いを嗅ぐと、脂のない香草スープ。そんな匂いでも味見をしようとは思わない。


「初めて嗅ぐ……いえ、厨房で嗅いだことのある匂いのようですね」

 ユーエンも出汁の匂いと思ったようで、透明なお湯を手ですくっている。


「煮込まれてるみたいね」

 少し熱めのお湯が気持ちいい。くだらない会話を交わし、湯船から出たり入ったりを繰り返す。


「えーっと、部屋にも浴室あったわよね?」

 広い浴室を確認しても、石けん類もなければ蛇口もシャワーもない。体にはハーブの匂いが染みついている気がするのに、普通のお湯が無いから流せない。


「はい。ありました。戻って体を洗いましょう」

 ユーエンも体についた匂いが気になるらしい。


 お風呂を十分堪能した後、大問題が発生した。脱衣場への扉が開かない。レイシンも試してみたけどびくともしない。男性の脱衣場の扉も開かない。


「あちらに扉がありますが……」

 『出口』と札が下がった扉を開くと白い廊下が続いていた。


「行くしかないみたいね」

 タオルもないので、床を盛大に濡らしながら進むと、廊下の真ん中に置かれた机の上、籠に入った新しい湯着。


『こちらの湯着にお着替え下さい』

 壁に貼られた紙の指示に従って、湯着を替える。本来は、お風呂から上がった後、湯着を何度も着替えて体の水を吸い取るらしい。


「あ、もしかして、白月宮の更衣場所に沢山湯着が置いてあるのって、そういう理由?」

 いつも使わないので全然気が付かなかった。新しい湯着が水を吸ってくれる。二度、三度と替えるとすっきりした。


 また白い廊下を歩くと、扉が現れた。その横には籠が置かれた机。

『武器や装飾品は、こちらに入れて下さい』

 貼り紙の指示は無視することにすると三人の意見は一致。


「なーんか、元の世界の童話を思い出すのよねー」

 武器を手放せ。貼り紙の指示で、記憶から浮かび上がってきた。


「何だかなー。次にバターが置かれてたら、笑うしかないわよ」

 扉の先は白い三十畳くらいの部屋。壁には大きな鏡、中央に置かれた茶色い壺には貼り紙。


『お肌に良い油です。体に塗って下さい』

「……何これ……ごま油?」

 透明な油からは、あきらかにごまの匂いがする。


「お肌に良いって言われても……匂いが気になるからパス! ……何してんの?」

 上半身裸になったレイシンがせっせと体に油を塗り込んでいる。


「あー、そうね! どこの世界も筋肉バカって存在するのねっ!」

 油でてっかてかになったレイシンが、鏡の前で鍛えられた筋肉の存在を示すように上半身裸でポーズを取っている。筋肉を誇示したくなるのは、万国共通らしい。


「ちょ。レイシン、ごま臭いから近づかないで!」

「臭いですか? いい匂いですよ。ほら」

「無駄にポーズを取らない! 行くわよ!」


 次の扉を開けると、部屋の真ん中に大きな白い壺が置かれていた。

『これが最期です。体によくすり込んで下さい。お疲れさまでした』

 壺の中の白い粉末はしっとりとしていて……粗塩にしか見えない。舐めて確認する気にはなれない。


「最後じゃなくて『最期』? ……ちょ! やっぱ私たち食べられちゃうんじゃない!」

 私の悲鳴を聞いたレイシンとユーエンが顔を赤くする。何を想像したのかぴんと来た。


「ちがーう! マジで食べるってことよ!」

 振り向くと入って来た扉は消えている。外に出るには、目の前の扉を開くしかない。


「……この先、人間を食べる化け物がいるわよ。これまでの指示は、美味しく食べる為の下ごしらえ」

 私が呟くと、ユーエンとレイシンの表情が引き締まった。ポーチから出した簪を髪に挿し、扇を手にする。ユーエンとレイシンは手ぶら。


「……開けますよ」

 鋭い表情のユーエンが扉を素早く開いた。

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