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後宮青月妃伝 ―IF―  作者: ヴィルヘルミナ


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◆ 握る手の強さ

「本当に美しいですね」

 六箇所目の地脈を癒すのを見ていたレイシンが、何故か跪いて私の手を取る。剣の姿だった〝華蝶の簪〟が無言のまま姿を変えて、私の髪に戻った。


「うわっ! どしたの?」

 どうもレイシンに跪かれるのは慣れない。何か違和感というか、拒否感というか、似合わないという気持ちになってしまう。


「きっと感動しているのですよ。御覧なさい、貴女が起こした奇跡を」

 セイランの声に周囲を見回すと、見渡す限りに黄金の海が広がっていた。爽やかな風が小麦を揺らして波のよう。農作業をしていた農民たちが抱き合い、声を上げて喜んでいる。六度目の光景でも、じわりと胸が締め付けられるような、泣きたくなるような気分。良かったという安堵の言葉しか思いつかない。


「素晴らしい力だ」

 跪いたままのレイシンが私の手を離してくれない。強すぎる力で握られる手に鼓動が高鳴る。緑色の輝く瞳に映るのは私だけ。心が引き寄せられるようで目が離せない。


 強い意思の力を感じる緑の瞳の中、青い光が煌めく。

「……放して」

 私はリョウメイの妻。男性に手を握られてときめくなんてあり得ない。不安で心が震えそうになった時、隣に立ったユーエンがそっと私の手に手を重ねる。


「カズハ様の手をお放し下さい」

 ユーエンの静かで低いきっぱりとした声が響くと、緑色の瞳から私の姿が消えてユーエンの姿を捕らえる。一瞬睨みつけた後、レイシンは優しい笑顔で私の手を解放した。


「失礼致しました。言葉では表せない程、感動致しました」

 レイシンが申し訳ないと苦笑する。一国民として心から感謝致しますと何度も繰り返す。


 ユーエンの手が私の手を包む温かさにほっと息を吐く。肩を抱かれて包み込まれると安心できる。……ユーエンも男だとは思うのに、触れあっても安心感しか生まれない。ユーエンは私を必ず護ってくれる。そんな信頼感は揺るがない。


 ユーエンに支えられたまま黄金の海を見る。この秋の実りは命の源。多くの人々の命を支えていると、元の世界では感じたことはなかった。


「確かに素晴らしい光景ですが、無理はしていませんか?」

「大丈夫。そんなに力は使っていないの。何て言うのかな……心の中から、溢れてくる感じなの」

 心配性のユーエンを見上げて微笑む。最初のように大地に力を吸われている感じはしない。心の中から溢れてくる……世界に対する愛というか、慈しみのような感情が溢れて空間を満たしていくような感覚。


「私たちを取り囲む世界は素晴らしいものだって、私たちを包んでくれてありがとうっていう感謝の気持ちを受け取ってもらってるの」

「……世界に感謝する気持ち……ですか。それがきっと私たちが忘れ、神が求めているものなのですね」

「たぶん、そう。神様は寂しかったんだと思う。誰かに気が付いて欲しくて実りを減らしたり、流行り病を起こしたりしたんじゃないかな」


「寂しくて命を奪う……考えたこともありませんでした」

 ユーエンの腕が背中に回った。

「泣いてるの?」

「……泣いてはいませんよ。…………私の父母は神々を祀っていたのに、神に理不尽に命を奪われました。その理由が少しわかったような気がします。けして理解はできませんが」

 初めて聞くユーエンの家族の話に、私は胸が痛くなった。これまで、家族のことも自分のことも言わなかったユーエンの心の中が少しだけ見えたような気がする。


 もっと近くに寄り添いたい。抱きしめたい。背の高いユーエンは身体をかがめるようにしているから、隙間が空いている。背伸びをしてつま先立ちになると少し近づいた。ユーエンの背中に腕を回して抱き合うと、ぴったりと何かが合ったような不思議な感覚に包まれる。


 セイランのわざとらしい咳払いが聞えた。

「あー、その、えーっと。まるで恋人たちのお邪魔をするようで申し訳ないのですが、見世物になっていますよ」

 

「え!?」

 ユーエンの背中に回していた腕を解いて周囲を見ると、兵士と村人たちが興味深々という顔をして周囲を取り囲んでいる。


「もう少し放置しておけば、口づけくらいは見れたかもしれませんね」

 にやにやと笑うセイランは完全にからかい口調で、兵士や村人たちも同意している。続きをどうぞと言われて、顔が赤くなる。


「いやあああああ! 恥ずかしぃぃぃ!」

 あまりにも恥ずかしくて、ユーエンの胸に顔を隠すしかなかった。



 深夜になって、セイランのシゴキを終えて寝台に転がる。今日の宿にはシャワーやお風呂が無いので、お湯で体を拭いただけ。


「完全に何か誤解されてる気がする」

 ユーエンが男の娘であることは、セイラン以外は知らない。レイシンも気がついてはいない。あの後、兵士たちが私と目線が合うと顔を赤くして目を逸らすようになってしまった。


「つまりは女同士で怪しいって思われたのよっ!」

 ごろごろと寝台の上を転がって、恥ずかしさを誤魔化してみる。


「申し訳ありません。気持ちが抑えきれず……」

 眉を下げながら謝罪するユーエンは美人だ。

「あ。いいのよ。変な妄想するヤツが悪いんだから!」


 ユーエンと並んで寝台の端に座って、手渡された白湯をゆっくりと飲む。

「……ユーエンの家族の話って、初めて聞いた気がする」

 いつも私の家族の思い出話を微笑みながら聞いてくれるだけだった。


「もし良かったら……話せることがあったら、聞かせて欲しいんだけど……あ、無理だったらいいの。さっきは何かのはずみってだけで、詳しく話したくないっていうのもあると思うし」

 ぐるぐると迷いながら口にする言葉は、自分でも何が言いたいのかわからなくなっていく。


「……ささやかな思い出話しかないのですが、聞いて頂けますか?」

「もちろん!」

 そして私たちは、夜が更けても話し続けていた。

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