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後宮青月妃伝 ―IF―  作者: ヴィルヘルミナ


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◇ 異世界料理

 数日後に届いた醤油の荷物の中には、素晴らしい物が同梱されていた。異世界人が書いたという料理本が数冊と万年筆。ナイフとフォーク、ガラスで出来た計量カップと鉄で出来た計量スプーン。鉄のフライパンも入っていた。硬い木片は削る前のかつお節。


「何これ、最高!」

 料理本「魔女の異世界料理」には、鍋でのご飯の炊き方から始まって、マヨネーズや醤油なしのから揚げ、カレーの作り方まで詳細に解説されている。


「カ、カレーって、沢山スパイス使うのね……」

 いつも市販のカレールウを使っていたので、二十五種類ものスパイス名に目を剥く。ユーエンによると、どれも町で売られている物だと聞いて安心した。


「マヨネーズってマスタード入ってるんだ……全然知らずに食べてた……」

 売ってないんだから作るしかない。そんな言葉が頭に浮かぶ。


「貿易商も異世界人で、同じ異世界人がいると聞いて、おまけでいろいろつけてくれたそうですよ。よかったですね」

「お礼の手紙とか、届くかしら?」

 遠い外国にいたとしても、同じ世界の人間がいるというだけで繋がっている気がしてしまう。出してみますとユーエンが言ってくれたので、手紙を書いた。



「もしかして異世界人って、結構いる?」

 村では全く考えもしなかったけど、後宮に入ってから手にした物の中、あきらかに文化水準の違う技術で作られた物がある。最たるものは荷物の中に入っていた万年筆。


「各国に数名程度だと聞いています。わざわざ召喚する国もあるようですよ」

 異世界人は強い魔力や神力、高い知識や技術を持っていることが多いと聞いて地味にへこむ。


「……私、特別な力も知識も何にもない……」

 項垂れる私の手を、跪いたユーエンがそっと包む。


「カズハ様は十分な知識をお持ちです。流行り病を防いで村人の命を護ったではないですか。その方法は共有され、これから多くの人の命を救うことになるでしょう。素晴らしいことだと思います」

「でも、あんなの聞きかじりの寄せ集めよ?」

 ちゃんと体系立った方法じゃない。間違った方法も含まれていたかもしれない。


「他の異世界人も、実際はそんな感じなのかもしれませんよ。周囲の人間が持ち上げているだけで」  

 ユーエンの少しおどけたような明るい声が、私の心を上向きにしてくれた。


「そうね。そうかも!」

 椅子から落ちるように勢いよくユーエンに抱き着くと、しっかりと抱き止められた。立ち上がったユーエンが、私の背中を優しく撫でる。まるで子供扱いがくすぐったい。


 額を寄せて笑い合った時、ユーエンが男だと思い出した。

「あ……」

 近すぎる距離にある顔は美人過ぎて男とは思えない。

「どうかしましたか?」


「……ユーエンって美人だなーって思っただけよ」 

「ありがとうございます。でもカズハ様の方が可愛くて、私は好きですよ」

 微笑むユーエンの言葉は優しくて、私は心の底から笑顔になれた。



 料理本のおかげで食事は一変した。全部この世界で作ることを前提にしているから、材料もほとんど市場で買える物だし、ありふれた道具で作ることができる。


「何分煮込むとかじゃなくて、具材の状態が書かれてるからわかりやすいのよね」

 味見や鍋を覗き込む回数は増えるものの、観察力が磨かれるから失敗が少ない。


 この料理本を書いた人は料理人ではないと思う。メニューは和食から洋食、いろんな家庭料理を網羅している。元の世界を思い出しながら書いたのだろうか。


「この著者は、きっと誰かに元の世界の料理を食べてもらいたいって思ったんだと思うの」

 後書きはないから著者の想いはわからない。それでも説明文から優しさが伝わってくる。


 この世界に来て、一生懸命生きている人が他にもいる。それだけで勇気づけられる。


 そんな日々の中、完全無欠で万能だと思っていたユーエンは料理が苦手だと判明した。特に包丁が扱えないので、洗い物や手で皮が剥ける野菜の下ごしらえを任せている。


「刃物が苦手なの?」

「苦手……なのでしょうか……よくわかりません」

 ユーエンの耳が赤い。完璧美女が包丁が扱えないというギャップによろめいて、可愛いと思った所で男だったと思い出す。どうしても見た目が美女なので慣れない。


 カレーにハンバーグ、から揚げにお好み焼き。この世界に来てから食べたいと思っていた料理は繰り返し作って食べた。


「明太子スパと納豆ご飯は流石に無理よねー」

 そもそも明太子と納豆がこの世界にはない。誰か他の異世界人が作っていないかと密かに期待している。


 リョウメイにも食べてもらいたいと、料理を贈ることを提案すると配膳所に拒否された。皇帝の食事を作る専門の料理人の仕事がなくなると言われれば、無理は言えない。


「……ここに来てくれたら、いつでも食べてもらえるのに」

「いついらっしゃっても良いように、いろいろ作りましょう。まだ作っていない料理もありますよ」

 ユーエンは異世界料理が気に入ったらしい。びっくりするくらいの量を食べるようになった。


「そうね。来たら『残りものだけど……』って言いながら勧めるわ」

「それはどういう意味なのですか?」

「お前の為に作ったんじゃないぞ! っていう意味を匂わせてるの。毎日食べてもらえない料理を一生懸命作ってるなんて知られたくないもの。悔しいじゃない」


「替わりに私が毎日食べます」

「……そうね。ユーエンの為に作って、余ったらリョウメイに食べさせることにするわ」

 

 待つのは苦しいことばかりでも、こうしてユーエンと過ごしていると気がまぎれる。私には何もできないのが苦しい。


「デザートにも挑戦してみようかな」

 私はユーエンと一緒に料理本を開いた。

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