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後宮青月妃伝 ―IF―  作者: ヴィルヘルミナ


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◇ 酒宴の日々

 婚姻式から一箇月半が過ぎ去った。やっと来た使者は、王宮で春の宴があるので準備をするようにという指示だけを伝えて帰って行った。


「春の宴?」

 王宮の中庭に植えられた花を見ながらお酒を飲むという趣旨が、渡された巻物に優美な筆跡で書かれている。

「『後宮の美しい五つの華が誇り高く咲く姿を皆様に示しましょう』って、何これ?」

 ユーエンは全くわからないと答えたけれど、私はなんとなく青月妃イーミンが書いたような気がする。


 贈られた装束の中でも一番豪華な儒裙を選んでユーエンに着せ付けてもらった。薄く化粧を施され、髪を半分結い上げて〝華蝶の簪〟を挿すと、顔はともかく装束は美しい。


「か、完全に……衣装負けしてる……」

 久しぶりにリョウメイに会えるのに、笑われてしまうかもしれない。婚礼衣装の時には、妙な高揚感があったので気にならなかった。


「さあ、顔を上げて背筋を伸ばしてください。カズハ様はとても可愛らしいですから、ご心配なく」

 視線を鏡に向けると、微笑むユーエンが映っている。美人に褒められると、そんな気がしてくるから不思議。ユーエンはいつも私が欲しいと思う言葉を掛けてくれる。本当に優しい人だと思う。



 王宮内には中庭を囲むように作られた板張りの部屋があった。板間には貴族の男たちが丸くて平たい座布団に座り、一段高い場所に置かれた椅子に皇帝が座る。

 隔離するように御簾が下げられて、内部に敷物が敷かれた場所が妃と侍女たちの席になる。


 宴は、その地位がはっきりと席で示されていた。青月妃は皇帝の一番近くに椅子が置かれ、十メートル程離れた場所に黄月妃、さらに十メートル離れた場所に赤月妃……という感じで、リョウメイの表情がかろうじてわかる遠い場所に白月妃の席が設けられている。


 妃の入席時に皇帝の前を歩くだけで、言葉も何も交わせない。結局、視線をかわすことができただけで、一度もリョウメイと話すこともできないまま、宴が終わってしまった。


 初めて他の妃の姿を見た。全員がタイプの異なる美人で、生まれ持った気品のような空気は到底真似することはできない。中でも銀色の髪をした青月妃イーミンは、美しさと色気を併せ持つ女性だった。平凡な自分と比べようもない。


 容姿を比べても仕方ないのはわかっている。そうは言っても劣等感で心が重い。リョウメイの心はここにあると蝶の簪に手をあてても落ち着かない。



 宴は五日に一度行われるようになった。毎回開かれる趣旨が異なるだけで、何かを見てお酒を飲むだけというのは一貫している。


 時には庭の中央に舞台が作られて、貴族の誰かが物語や詩を朗読したり、楽器を演奏することもある。美形や美声の持ち主が舞台に上がると、後宮の侍女たちから静かなざわめきが起きる。


「平安時代にお坊さんの説法がアイドルコンサートと同じだったっていう説があるけど、納得しそうよ……」

 今は舞台で美形二人が舞を見せているからか、他の宮の侍女たちの静かな熱狂を肌で感じる。美形と美声はこの異世界でも大人気らしい。


「思ってたより人が少ないのね」

 皇帝主催の宴だから、婚姻の儀式の時と同じ千名は集まると思っていたのに、二百名程しかいない。おかげで板張りの席はがらがら。


 流行り病で先代皇帝とその血を引く者、貴族男性の約四分の一が死に、戴冠式はともかく、宴に参加できる状態ではない貴族も多いとユーエンがそっと耳打ちする。


 宴に参加しているのは、ほとんどが左大臣の一派だと聞いて納得した。左大臣は流行り病が始まった途端に領民を残し一族郎党を連れて外国へと逃げていた。何の対策もしなかった左大臣の領民は半数が死んだものの、一族が無事だったのはその為。


 リョウメイと視線を交わすことができるのは入席時だけで退出は裏口から。宴に飽きてきた私は、途中で席を立つことも増えていた。



 春の花が終わりに近づく頃になっても五日ごとの宴は続いていて、私は相変わらず暇を持て余していた。日中、窓の外を眺めながら待つことがないのはいいけれど、近くて遠い距離が辛い。


 一言だけでも言葉が欲しい。リョウメイの声を聞きたいと思う。


 立派な椅子に座るリョウメイの隣、左大臣も椅子に座るようになっていた。かろうじて衣装の差でリョウメイが皇帝だとわかっても、もしも同じ衣装を着ていたらどちらが皇帝なのか判別できないだろう。私がそう思うくらいに左大臣の態度は尊大。


「……皇帝より偉そうじゃない?」

 美声の貴族が朗読している物語がつまらなくて、暇を持て余した私は隣に座るユーエンに囁く。月妃に用意されている椅子は、カウチのような大きさなので二人で座っても余裕。本来は、皇帝が気に入った月妃の隣に座る為の仕様らしい。


「そうですね。皇帝陛下と同じ椅子を使うことができるのは国母だけと決められていたのですが、皇帝陛下が廃止したそうです」

 ユーエンの情報源は宰相のセイランだから正確。リョウメイは王宮内や後宮の決まりを幾つも無くしていると聞いた。堅苦しく古臭い決まり事や、無駄な作業を無くす為だろう。理由が全くわからない物もあるけれど、概ね良い事ばかりだと思う。


 王宮の仕組みを変えて行こうとする一方で、酒宴の日々を送っている。このことが何を意味しているのか私にはわからない。


 今、政治の権力を掌握しているのは左大臣。流行り病が起きる前には右大臣と拮抗していたけれど、領民の為に奔走した右大臣派の貴族たちが命を落とし、空いた官位に外国から戻って来た左大臣一派が次々と就いた。宰相は様々な手を使って両方の均衡を保っていたのに、混乱の中で人手が足りないという大義名分に逆らう余裕は無かった。


 リョウメイは左大臣一派に気に入られることで、皇帝としての発言力を強めようと思っているのかもしれない。そうやって権力を取り戻そうとしているのか。


 そうは言っても、貴族の為の宴より国民の生活の立て直しを優先すべき状況ではないのだろうか。


「……リョウメイと話すことって、できないかしら」

「それは……」

 ユーエンが言葉を濁す。賑やかな宴の席で叫んでもリョウメイには届かないだろう。


 後宮内の移動は難しい。リョウメイが夜を過ごしている青月宮にたどり着いても、多くの侍女がきっと邪魔をする。宴の後、華舟の乗り場で身を隠して待ってみたこともあったけど、皇帝の護衛は目ざとくてユーエンが怒られてしまうので諦めた。


「白月宮に来てくれたら、いろいろ相談できるのに」

 遠い場所で左大臣たちと笑いながらお酒を飲むリョウメイの姿を見ながら、私は溜息を吐いた。

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