第3話「…あれ? なんか怒ってる?」
「もうダメだあああぁぁぁ」
パワードは悲痛な叫びを上げ、その場に寝転がった。
「どうなってんだよ…」
「………あっ、そういえば森ん中に道を迷わせる妖精がいるとかなんとか聞いた気が…」
「おいふざけんなー。 そういうことは先に言え!」
リイダの発言に引きつった笑みでつっこむサブ。額には怒りで青筋が浮き出ている。
それでもケンカしてばかりでは埒があかないと押さえ込み、冷静に問いかけた。
「で? 具体的にどうなんだよ、迷わすって?」
「どうだったか…。 たしか妖精はイタズラ好きで、森に入る人の方向感覚を狂わす、とか。 あと上から木の実なんかを降らせるとか?」
「木の実だったら欲しいな~。 食べ物~~ぉぅ…」
仰向けで万歳するように身体を伸ばすパワード。背中は土や草などで汚れはじめている。
「幻を見せる魔法かなんかか? 目に作用するから索敵の魔法じゃムリか…。魔力ももうそんなないし」
この森に入ってからずっと、辺りに魔力の波を張った索敵の魔法をかけ警戒していたサブ。周辺十メートルと小さいながらも魔物の接近に気づき、先制攻撃を取れてきた。
しかしそれは近づく個体を判別できる程度で、索敵の外にいたらもちろん気づかないし、視覚を騙すなどに対応できるほど高レベルではない。
途中途中で索敵を解き温存をしてきたが、そろそろ魔力量も心許なくなってきていた。
「一時休憩だなあ…。 荷物も整理したいし」
手に持った革袋を持ち上げたリイダは、もう少し視界が開けた場所を見つけそこに移動。サブとコウテツも後に続く。
パワードもごろごろ転がりながらついて行ったが、そのせいで土埃が舞い口に入った。
「ぶえっ!ベッペッ、まずぅっ!!」
「転がるからだろ…」
と注意しつつ、サブは近くの平らな岩に腰かけた。
リイダは周りに木々がなく土がむき出しな所に着くと、コウテツを呼んで採取した素材の整理を始めた。
荷袋の中から取り出した風呂敷を広げ、その上に広い集めた物を並べていく。
「魔石数個と薬草いろいろ、あと…小物」
魔石は自然に含まれる微量の魔力が長い年月をかけて固まり個体となった物で、木の根元や岩の中などによく生成される。魔力量は同じ年月の物でもそれぞれ疎らで、大きさや色の濃さで小・中・大と大まかに分けられていた。
それらは主に職人が使いやすい形にカットして、魔力を動力源に動く魔道具の心臓部になる。熟練の魔法使いなどは原石のままから魔力を抽出して、自分の魔力に変換もできた。
「サブ、一個持っとけ!」
「俺そういうのできねえぞ」
「持ってるだけでも回復量ちがうだろ」
「まあ、そうか」
リイダがひとつ投げた魔石をサブは片手で掴み取り、回復に専念しはじめる。残りは小分け用の布切れに纏めて包んだ。
「さて、薬草は…傷用、毒用、麻痺その他もろもろ結構採れたな」
「‥またスープにでも?」
「どれも苦味がなぁ~。砂糖とかないし…しばらくパス」
薬草類は全て苦味が強く、先日試しに作ったが何度も口にしたい味ではなかった。
本来は磨り潰して傷口に直接塗り込む使い方が正しいが、上手く調合すれば味を気にならない程度の内服薬にできる。
しかし今はそれに必要な素材などないし、体力や状態異常の回復はしても葉っぱ数枚で空腹は満たされない。
これらの葉は種類別に揃えて裁縫用の細い糸でそれぞれ括った。
「残りはなんでか落ちてた煙玉っぽいのに硬い紐、その他諸々にあと……笛」
落ちてた理由は分からないが、使えそうな日用品や旅道具が数種類。そのなかに用途不明のもあったが、とりあえず今は必要ないので全部荷袋の下の方へ突っ込んだ。
「……んぅ? おーいこれっ!」
「どうした?」
「足跡あるぞっ! 獣っぽいの!」
時間をかけてゆっくり荷物整理を終わらせた頃、まだごろごろ寝転んでいたパワードが妙な地面のへこみに気づいた。
自分達の手より大きく、先二つが三角に尖っていて蹄のよう。重量があるのか地面が柔らかかったお陰か、跡がしっかり残っている。
「これ魔物のか?」
「じゃねじゃね!?」
「これは…多分中型の、イノシシっぽいな」
「肉!!」
「ダイレクトに肉ゆーな!」
サブの推測に立ち上がって興奮するパワード。狩る気満々なのか槌も勢いよく振り上げる。
そしてリイダはイノシシと聞いて、町で聞いた情報をもうひとつ思い出していた。
「…そういやこの森には森を守護する主みたいなのがいて、イノシシの姿をしてるとか聞い──」
「いやだから先に言えーーーーっ!!!」
サブの雄叫びが辺りに響き渡った。
暫く木々に反響してリイダ達の脳を揺さぶった後、少しずつ静けさが戻ってくるのと同時に草木を踏みしめる鈍い音が此方に近づいてきているのに気づく。
──ブシュルルルルルゥゥゥウ……フーーッ、ブフーッ──
現れたのは息づかい荒々しい大きな猪。
体長はリイダ達より一回り大きくがっしりしていて、所々に見え隠れする歴戦の傷痕を茶色の剛毛が覆っている。下顎から突き出た牙は、先端が欠けて鋭さは無いがとても頑丈そう。
そんな猪が鼻息も荒く、ゆっくりと向かってきた。
「…あれ? なんか怒ってる?」
「そりゃ足跡があるってことは、ここが通り道かナワバリか…。 そんなところをずっと歩き回ってりゃ怒るだろ」
「故意ではない! 妖精のせいだ!」
「通じねえよ!?」
胸を張ってふんぞり返るリイダに、魔物に人の心情が伝わるかとつっこむサブ。
軽口を叩きつつも二人は武器を取り出して猪が来る正面を見据えた。
「とりあえずチャンス! 向こうから獲物がきた!」
「にーーーくーーーー!!」
「へとへとだがな…。 油断するなよ!」
狙いを定めた猪が徐々に速度を上げ、勢いよく四人の方へ突進してくる。
「いくぞーーーーーっ!!!」
リイダが突撃の合図をかけ四人も猪に向かって一斉に駆け出す。
ここに食欲と縄張りを懸けた戦いが始まった。