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8. 会社から帰った後の楽しみ

 会社の会議室にて、今日もなにも決まることがないことがわかっている会議が開かれていた。

 会議室にいるのは自分のほかに同じ課の先輩や上司で、本当ならこんな会議に当てる時間があるならすぐにでも仕事に取り掛かったほうがいいと思っていた。


「ですから、末端にかけるコストを削ると、近いうちにまた別の問題でコストがかかることになるんですよ」


 現場の人間たちにはわかりきったことだったが、上の人間にとっては数字だけが全てだった。そのため、なかなか意見がまとまろうとしないのが常だった。


「無理というのは、やろうとしないからだろう。いいかね……」


 それから、常務のきまりきったセリフが流れ、みんなはため息をつきたそうな顔をしていた。

 常務の独演会が終了して、結局問題は先送りにされてしまった。


 会議室を出た先輩や上司の顔をみると、うんざりしたような顔をしていて目が合うと、困ったような苦笑を浮かべた。


「しょうがないから、現場でできることを考えよう」


 足りない時間、足りない資材、足りない人手みんな疲れていたが、それでも前に進まなくてはいけなかった。

 

 疲れた体で終電にのってアパートの部屋に帰ってきた。シャワーをあびて少しは気分がリラックスしたところで、中里さんに今日の電話をいれることにした。

 二人の取り決めで電話をかけるときは0時前ということにしていた。ボクの都合にあわせてもらう形になって申し訳ない気持ちだったが、彼女は全然かまわないといってくれた。


 スマホの連絡先リストを上から手繰っていくと、画面に表示された“井上千明”という名前を見つけ、昼間会った女子高生のことを思い出していた。

 会社に戻る途中、駅のホームで彼女に財布を拾ってもらったのだが、中里さんの友人らしく、固い話し方をする真面目そうな子だった。


 携帯番号を交換したが、本当にかけてくるのだろうか?

 

 仕事疲れのせいか、そのままボーっとまとまりのない思考に浸っているとスマホから着信音が流れ始め画面が切り替わり、そこには“中里莉子”と表示されていた。

 どうやら今日も彼女に先を越されたようだ。明日こそはこっちからかけるようにしたい。


 気分を切り替えて、なるべく陽気な声がでるよう一度咳払いをしてから通話ボタンを押した。


「もしもし、やぁ、こんばんわ」


『二階堂さん、えっと、お仕事、お疲れ様です!!』


 中里さんは、少し詰まった後にたどたどしい口調で労ってきてくれた。

 高校生じゃ、お疲れ様なんて言葉つかいなれていないだろうなと苦笑がもれた。


 彼女はボクのことを年上として尊敬のまなざしで見てきて、彼女もこちらに合わせようと一生懸命背伸びしている様子がかわいかった。

 彼女の視線をこそばゆく感じながらも、期待にこたえられるようになるべく年上らしく振舞おうとしてきた。

 女の子と付き合ったことは大学の頃に一度あるだけで、正直うまくやれているか自信がなかった。

 

 この前の日曜日のデートでは、初デートということもあり張り切って事前調査もしておいた。

 女子高生がよろこびそうなオシャレな喫茶店をネットで探し、その後店をみてまわって何かプレゼントをと考えていた。


 服屋で一緒に選んだ服をプレゼントしようとしたら、慌てて彼女は高価なものは受け取れないといっていた。

 もしかしたら、そのときボクが残念そうな顔をみせていたのか、それじゃあと近くにあったゲーセンにつれていかれた。

 彼女はクレーンゲームの景品を指差し、あれがほしいといってきたので張り切って挑んでみた。5回目でようやくぬいぐるみを取ることができ、プレゼントすると彼女は満面の笑みで喜んでくれた。


 こうやって素直に感情を出せる若さがまぶしく感じられた。

 つられて自分ももう少し表情が緩めることが出来たような気がした。

 

 いつからだろうか、ひとと会うときは愛想笑いしかできなくなり、表情と心がまったく違ったものになってしまったのは……。

 だから、彼女と会ったときに感情が揺れ動くことが心地よくもあり、すこし怖くもあった。

 自分はちゃんと相手の望む自分を演じられているのだろうか……。

 

 電話では、世間話から始まり彼女の学校生活を中心に語られた。

 聞いていると、彼女は学校生活を存分に楽しんでいるようで、教室でも目立たず義務的に通っていた自分との差異を感じた。

 


 電話口から彼女の声が聞こえてきて、ハッと我に返った。気になることがあると、考え込むのはボクの悪い癖だった。


『それで、千明が……、あっ、千明はわたしの幼馴染の女の子でね、小学校から高校までずっと一緒なんだよ』


 話の中聞いたことのある名前がでてきた。

 たしか昨日財布を拾ってくれた女の子だ。

 弾むような声でその名を呼んでいて、きっと中里さんにとって大事な友人なのだろう。

 

「へえ、親友ってやつかな。そんな気の許せる友人がいると学校が楽しいだろうね」

 

「うん、とってもいい子なんだよ。わたしと違ってしっかりしてるし、でも、二階堂さんとはあわせたくないなぁ」

 

「それは、どうして? 中里さんの友達ならボクも仲良くしたいな」

 

「だって、千明って、わたしよりスタイルいいし学校でもけっこうもててるんだよ。もしも、二階堂さんも千明のことを意識したらって思ったら……」

 

「ははっ、だいじょうぶだよ」

 

 この調子だと、既に会っているってことは隠しておいたほうがいいだろうか。そのうち、中里さんのほうから彼女のことを紹介してくれるのを待つことにしよう。

 それから10分ほど話してから、おやすみと挨拶をかわして通話を切った。

 

 次に彼女と会うときに、遊びに行く場所をまだ決めてないしどこがいいだろうかと頭を悩ませていると、メールの着信音が響いた。

 

 メールの差出人には“井上千明”と表示されていた。

 

『莉子のことで話がしたいです。お手数とは思いますが、都合のいい時間を教えてください』

 

 二行だけで書かれた簡素な内容だった。

 それだけに、彼女が興味本位などではなく、本気だということが感じられた。

 今週も帰りがいつになるかわからないし、どうしたものかと返信の内容を考えているうちに時計の針は夜中の1時を過ぎようとしていた。

 慌てて布団の中にもぐり、朝の通勤中にメールを返そうと思いながら眠りについた。

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