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18. 近づいて離れて始まったり終わったりするわたしたちの関係

 公園にやってきた千明は、修平とその隣にいるわたしの姿を見て表情を強張らせた。


「莉子も一緒だったんだね」


 その表情は初めてこの公園であったときのことを思い出させた。


「もう放っておいて。私は欠けている人間なんだよ。莉子たちのそばで一生懸命、普通の人間のフリをしてきたけど、やっぱりムリだったんだ。だから、これっきりにしよう」


 千明は無表情で言い放った。だけど、その語尾はかすれて苦しげだった。


「やだ」


「なんで……」


「千明みたいな子、そのままにしておけないよ」


「だめだよ、私は最低な人間だ。試したくなるんだ。この人はどこまでやったら私から離れていくんだろうって……。このままいれば莉子たちを傷つける。私は一人でいるべき人間なんだ」


「なあ、千明。それって普通のことなんだよ。他人は怖いし、何考えてるかわからない。そんなもんにグイグイ近づいていけるのは、まあ、こいつぐらいなもんだよ」


 修平がポンとわたしの背をおして、一歩前にでることができた。ありがとう、修平。

 

 さらに近づこうと一歩前に踏み出すと、千明は逃げるように一歩後ずさった。

 

「たしかに千明って一人でなんでもできる」

 

 二歩進んで、二歩下がった。

 

「だけど……」

 

 三歩近づいた、二歩下がった。

 

「一人でどっかにいっちゃいそうなんだよ……、いかないで」

 

 千明の足がとまり、わたしは一気に距離をつめた。

 

「千明!!」

 

 逃げようとする千明の手をとって顔を見上げると、怯えるようにわたしを見ていた。

 

「子供の頃、よくジャンケンしたよね。だれが、ヒーローの役やるかって。勝ったり負けたり、あいこが長く続くこともあった。そんな風にさ、手をつなごうとしたら、なかなか噛み合わなくって差し出した手が相手にぶつかることもある」

 

「痛いの、痛がらせるのも、いやだ」

 

「わたしだってそうだよ。だけど、仲良くしようとして近づけばお互いの手が相手に当たっちゃうこともあるんだよ。離れていれば大丈夫かもしれない……、でも、わたしは」

 

 千明の顔をまっすぐに見た。千明は痛みをこらえるように目をつぶっていた。

 

「手をつなぎたい、もっと分かりあいたいんだ。千明の本心を聞いてショックを受けるかもしれない、でも、それはわたしにとってうれしいことなんだ」

 

 伝わってほしい、この気持ちが。それがどんなにわがままだなことだとしても。

 

「わからないよ……、莉子のいっていることが。でも……、わかってほしいっていう気持ちは、なんとなくわかった気がする」

 

 千明のわたしの手に上に手を重ねてきた。

 

「ねえ、莉子はどうして、こんなに私のことを気にしてくるの?」

 

「あの日、公園で見かけたとき、なんとなく思ったんだ。この子とならずっと友達でいられそうだって」

 

「なによそれ……」

 

 千明が口元をほころばせた。

 

「直感……、たぶん一目ぼれ、なのかもね」

 

「なによそれ。ほんとに、あなたって人は」


「こいつの行動は大体勘だからな。でも、その勘はよく当たるらしい。オレも……、一目ぼれなのかもな」


 修平の言葉を聞いた千明は、何度もまぶたをパチパチとしばたかせていた。


「修平、何どさくさにまぎれて告白してんのよ」 

 

「いや、だって、お互いの気持ちを正直に言うっていう流れだったしさ。それに、オレの本当の気持ちだし」


「えっと、あの……」


 修平の背中をどつくと、千明は困った顔をしていた。

 たぶん、このときの気持ちは同じなんかじゃないのだろう。でも、お互いの気持ちをぶつけ合って、それでも一緒にいられる、そんな関係になれた気がする。

 


*



 あの日から数日がたち、期末テストの返却と答え合わせのために学校に来ていた。生徒たちは既に夏休みのことで頭が一杯だった。

 授業が終わった教室では、テストの点数を比べてるものや夏休みのことを話す生徒たちで騒がしかった。そんな中で、千明がちらちらと修平の顔を見ていた。


「ねえ、修平」


「なんだ?」


「この後ってヒマ?」


「いや、部活もないし特に用事もないな」


「それじゃ、たまには3人で帰ろうよ」


 どこか落ち着かない様子の千明をさそって、3人で駅に向かった。


「夏休みって部活忙しいの?」


「ああ、朝から昼まで練習だな。休みになるのはお盆と土日ぐらいだな」


「うへぇ、学校あるのと変わらないじゃん。帰宅部でよかった~」


 わたしと修平が並んで歩き、その後ろから千明がついてきていた。修平の顔をちらちらと見て話しかけようとするが、途中でやめていた。


「おっと、ごめん。忘れ物したから、二人で先にいってて」


 くるりと回れ右をして、すれ違い様に千明に目配せをした。

 不安そうな顔をする千明の肩に手を置くと、ダッシュで学校に向かっていった。

 ちらりと後ろを振り返ると、千明が修平に話しかけているのが見えた。


 教室に戻ると、まだちらほらと生徒が残っていて、戻ってきたわたしを不思議そうに見ていた。


「あれ? 莉子帰ったんじゃないの?」


「ちょっとわすれもの~」


「おっちょこちょいだね~」


 机の中に忘れていたノートを机の中にしまっていると、女子の一人から、からかうように言われてあははと笑い返した。


「ねえ、莉子は夏休みどうするの? あんた部活にはいってないっしょ」


「そりゃあ、あれっすよ。女子高生の夏っていったら恋でしょ」


「ほお、ようやく坂崎君と付き合うようになったのか」


 修平の名前を出され、首を横に振った。


「ちがうよ、別の人~。修平はただの友達だよ」


「えっ、まじで!? ほんとに付き合ってるの!!」


「話はまた後でね~。修平たち待たせてるから」


 教室から飛び出すと、絶対きかせろよ~という声が背後から聞こえた。

 下駄箱で靴を履きかえると、道を急いだ。

 他の下校中の生徒たちを追い抜くが、なかなか二人の姿を見つけられなかった。

 やがて、駅前に植えられた街路樹の木陰にいるのを見つけた。

 おーい、と声をかけようとしたが、千明と修平の雰囲気が違っていたので、少し待つことにした。


「ねえ、修平」


「なんだ?」


「そのさ、ごめんね」


 突然謝りだした千明に、修平が頭にハテナマークを浮かべていた。


「修平の気持ちをないがしろにしていたんだって、わかってさ。それで、いまさらかも知れないけど謝っておこうと思って」


「いや、謝ることじゃねえよ」


「そんなことないよ。莉子に色々怒られてさ。修平が本気なんだってことをこんこんと聞かされたよ」


 修平は困ったようにガリガリと頭をかいていた。


「それで、考えたんだけど……。やっぱり、ごめん、無理だよ」


「そっか」


「修平がダメだってわけじゃない、私は欠落した人間だから。きっと、修平から受け取ったものを返すことができない。もしも、修平と付き合ったりしたら、私はあなたに依存すると思う」


 そんな歪んだ関係はいやだと、千明がつぶやいた。


「依存っていうなら、オレだっておまえに頼りっぱなしだ。勉強をみてもらったり、話きいてもらったり……。オレは、千明が考えてるような立派な人間じゃない。もしも、そう見えてたなら、それは千明に認めてもらいたかったからなんだ」


「私は、誰かに助けてっていえないだけの、弱い人間だよ。一人で生きていけるように背伸びしてるだけだ」


「それなら、オレだって欠点だらけだし、弱い。だから、千明に頼る。お互いにそうやって支えあえていければ、それは依存じゃなくて共存なんじゃないか。オレはお前に頼られたい。悩んだり弱かったりするおまえが、好きなんだ」


「私は……、ごめん」


 千明は感情がコントロールできなくなったのか、口元を手で抑えながら駆け出していった。

 取り残された修平は追いかけずに、その場に残っていた。


「おい、莉子。そこにいるんだろ」


「あはは、ばれてたか」


 修平に声をかけられて、自販機の陰から姿を現した。


「さっきから、チラチラ顔がみえてたんだよ」


「ありゃま、そっか。ねえ、追いかけなくていいの?」


「いいさ、時間はまだあるんだ。千明だって、いきなりのことで混乱してるんだろ。あいつ、買い物のときとかもすごい悩んでから決めるからなぁ。待つのが男の甲斐性ってもんだろ」


 ニヤリと不敵に笑う修平は頼もしく、大人の顔をしていた。

 千明も修平もみんな変わっていくんだと思うと、少し寂しかった。


「ヘタレの修平が、いうようになったね。もう、修平ひとりでなんとかできそうだし、がんばってね」


「いや、それはちょっと……、もう少し相談にのってくれるとありがたいんだけどな」


 途端に気弱な態度になる修平を見て、まだまだわたしたち3人の三角関係は続きそうだと苦笑がこぼれた。

 

 夏休みに入り、あの公園に集まると、二人とどこに行こうかと相談をしていた。


「海行こうよ。海」


「おっ、いいな。千明は、どうだ?」


 修平がチラチラと千明の様子を見ていると、どこか恥ずかしそうに千明がうなずいた。


「えっと、うん、いいよ」


「どうせなら、二人で行ってきたら?」


「なにいってるの!! ムリ、ムリ」


 千明が頬を赤く染めながら首を横にブンブン振っていた。最近の千明は、感情表現がストレートになった気がする。

 そんな千明のことを修平が微笑ましいものを見るように、口元を緩めていた。

 わたしは、そんな二人の様子をほおずえをつきながら見ていた。


 今度の電話で二階堂さんの予定を聞いて、デートに行こう、そうしようと固く決意した。

 

 夜になりいつもの時間になると、電話がかかってきた。

 自分の部屋で寝巻きに着替え、今か今かと待っていたわたしはワンコールで電話をとった。


『やあ、こんばんは』


 電話の向こうから二階堂さんの声が聞こえてきた。

 なにから話せばいいかな、話したいことはたくさんあった。頭の中を整理していると、二階堂さんが先に話しかけてきた。


「莉子、ちょっと聞いてほしいことがある」


「どうしたの?」


 妙に改まった物言いを不思議に感じながらも、次の言葉を待った。


「……別れよう」


「えっ?」


 夏休みは始まったばかりだった。でもわたしの恋は唐突に終わりを告げた。


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