17. こんなに簡単なことに気づけなかった
テスト三日前となり、教室はいつもよりぴりぴりした雰囲気になっていた。
だけど、莉子と千明のよそよそしい態度はテストとは関係なさそうだった。
朝も、二人は別々に学校にやってきていて、どうしたのかと、声をかけても曖昧な返事で誤魔化された。
放課後、カバンを肩にかけて帰ろうとする莉子に声をかけた。
「なあ、ケンカか?」
「ちがうよ」
「だったらなんだよ。朝から変だぞ」
「わたしにも、わかんない……。ごめん、先帰るね」
いつものこいつらしくない歯切れの悪い返事だった。
もやもやする気分を抱えたまま、家への道を歩いていたが、どうせ家に帰っても勉強する気はおきそうもなかった。
方向を変えて、特に考えもせずにぶらぶらと歩くことにした。
「やっぱり、告白なんてするんじゃなかったか……」
あの日から二人の様子がおかしくなったのは確かで、自分のせいなのかと思い、ため息を吐いた。
うるさいぐらいのセミの鳴き声が遠いものに聞こえた。
重い足取りで歩いていると、小さな公園が見えてきた。たしか、ここは小学生の頃よく遊んでいた場所だった。
公園の中を見たが、遊んでいる子供の姿は見えなかった。
昔もここに来る子供は少なく穴場的な場所だった。最初は莉子と2人だけで、さらに千明も加わって3人で遊ぶ場所になっていた。自分たちで独占できていて、まるで秘密の場所のようで楽しかった。
公園の中に入るとなつかしさがこみ上げてきて、ブランコに腰掛けてみた。
「うわっ、ひっくいな~」
小さかったときは体全体を使ってこいでいくと、どこまでも高くのぼっていけそうで楽しかった。
今では、オレが腰掛けると、錆のういたチェーンがぎしりと鳴って、足は地面についてしまった。
これじゃあ、こいだら足がこすれるなと苦笑がもれた。
初めて千明に会ったのもこの公園だった。
莉子と二人で遊んでたら、いつの間にか莉子がどこからか連れてきたのが千明だった。
あまり表情をうごかさないおとなしそうな子だなというのが第一印象だった。
莉子がつれまわす内に、いつしか3人で一緒にいるのが普通になっていた。
……でも、今、この公園にいるのはオレ一人だけだった。
キィキィとブランコを軽く揺らしていると、不意に視線を感じた。
顔を向けると、そこには「やぁ」と、軽い感じで手を上げながら近づいてくるスーツ姿の男がいた。たしか、二階堂って名前だったな。
ブランコから立ち上がり、にらむようにしてその顔をみた。
「あんたは、たしか……」
「この前電車で会ったね、莉子にはお世話になってるよ」
余裕のある笑みを浮かべている二階堂を見ていると、眉間にシワが寄っていった。
「そう、警戒しないでくれ。ここに来たのは偶然なんだ。通りがかったらキミを見つけてね」
こんな辺鄙な公園で偶然会うなんてと、うさんくささが倍増した。
「キミ、今、困っているだろ」
「別に……」
「それと、キミ以外の二人も」
「……莉子から聞いたのか」
「いや、ちがうよ。ただ、昨日電話したときに彼女の様子がおかしかったからね。だから、ちょっと会社を抜け出して、会いにきたんだ」
「なんだよそれ。いいのかよ、そんな適当で」
「よくはないさ。でも、必要だったから来た」
オレのトゲのある言葉にも、どこ吹く風といった様子で気にしていないのが癪だった。
「莉子から、君たちのことはよく聞いているよ。小学生からの仲良し3人組で、高校まで一緒になったとか。正直うらやましいよ、君たちみたいに長くつづいていく友人関係というのは」
「……暑いし、帰るわ」
何がいいたいのかよくわからず、黙って公園から出て行こうとした。
「ボクは君たちにとって部外者だろうけど、その立場から気づいたことがあってね。井上さんからも君たちの関係について聞いていて、その上での話だ」
「……千明にも会ってたのか」
「莉子のことを心配して、ボクがどんな男か見にきたらしくてね。それから連絡をとるようになったんだ」
千明は自分の思っていることをあまり表にださない。あいつが、どんなことを考えているのか興味を感じた。
「二人の話を聞く限りでは、莉子は君たち二人を心配して、井上さんも二人の関係をずっと気にしていたよ。お互いに気遣い合う素晴らしい関係だと思う。だけどな、君たちはどこか遠慮しているように感じる。相手を傷つけないようにという気遣いで壁をつくってしまっているじゃないかな」
「友達だからって、なんでもかんでも話すわけじゃないだろ」
公園を出ようとしていたオレの足は、完全に止まっていた。
「でも、キミは踏み込んだ。その結果が、今の状況なんだろ」
「それは……」
オレは口をつぐんで黙るしかなかった。
「責めようとなんて思わない。ただ、相手に近づこうとするっていうのはさ、お互いに傷つけあうってことなんじゃないかな」
「それって、自分の気持ちを押し付けてるってことだろ。オレは傷つけたいなんて思って、ない」
オレの行動のせいで千明を深く傷つけたことで、オレの言葉は尻すぼみになった。
「人間なんて自分以上のことなんてわかりっこないんだ。だから、望んでいなくても傷つけてしまう。できるのは自分のやりたいことをすることだけだ。結局のところ、君が考えるべきなのは、自分の気持ちだよ。どうしたい? どうなりたい?」
「だけど、押し付けたせいで千明が離れていこうとしている」
「それはキミの気持ちだけだったからだろう。お互いにぶつけあってみたらどうなんだい。それともはっきりいわれるのが怖いのかい?」
頭の中でいろんな考えがぐるぐると渦を巻いていた。そんなオレの様子を見て、二階堂は目を細めたあと、困った顔をした。
「すまないね、ボクも我慢できなくておせっかいを焼いてしまった。だけど、今の状況をなんとかできるのは君だけだ」
二階堂はオレの肩をポンと軽く叩くと公園から出て行った。
再び一人になった公園の中で立ち尽くしていると、日差しに焼かれて汗が流れ出した。
顎を伝って落ちたしずくが地面に黒い斑点をつくったところで、目をギュッとつぶった。
そして、すぐに目を開けると、莉子に電話をかけた。
電話口からは不機嫌そうな声が聞こえた。
『なに?』
「昔遊んだあの公園に来てくれ。また遊ぼうぜ」
『はぁ? えっと、急にどうしたの?』
「いいじゃねえか、また3人で遊びたいんだよ。千明も誘うから、すぐきてくれ」
『ちょ、まっ―――』
莉子の返事を待たずに通話をきった。なんだかんだで莉子なら来てくれるという確信があった。
次に、連絡先リストから千明の名前を探し出し、数秒迷ったあと通話ボタンを押した。
「もしもし、千明、少し話したいことがあるんだ」
電話口の向こうから聞こえてくる声は強張っていた。
千明もこの公園にくることになった。緊張はするが、不思議といやな感じはしなかった。
数分後、先にやってきたのは莉子だった。
「急になに? しかもこんな暑いところに呼び出してさ」
「悪い、でも、今しかないと思ってさ」
莉子はサンダルのつまさきで地面を蹴りながら、オレの方をチラリと向いた。何を話したいかなんてお見通しなのだろう。
「思ったんだけど、オレたちって特に将来について話したりしたことってなかったよな。なるべく、楽しいことだけを話題にだしてさ。高校の進路先も聞いたのは3年の夏休み明けだったし」
「うん」
「オレはさ、子供のころの関係がずっと続けばいいって思ってたんだ。千明に告白しようとしたのも、どっかいっちまいそうなアイツを引きとめようとしたからだったのかもな」
「修平……」
オレの言葉を聞いた莉子が目を見開きながらオレのことをジッと見ていた。と、思ったらくつくつと含み笑いをこぼした。
「なんだ、修平もだったのか。わたしもね、最初に莉子に声をかけたのは、なんかそのままスゥッと消えちゃいそうだったからさ」
「なんだよ、それ。幽霊みたいだな」
なんだかんだで、同じこと考えていたらしいと苦笑がもれた。
「恋愛相談なんていって二人でこそこそ話してるのがいけなかったんだよ。もっと単純にいけば、すんなりいったはずだったんだ。まあ、千明のことだから断りそうだけどな」
「確かに、千明ってけっこう斜めから見るクセがあるから、素直に受け取りそうもないよね。帰り道にでも、さらっと告白すれば案外上手くいったのかも。友達っていうのからなかなか抜けないかもしれないけど、それでよかったんだよ」
気づけば簡単なことだった。オレが彼氏彼女とという関係に妙に気張っていたせいなのかもしれない。
第三者から見ればさぞかし、オレたちのことはおかしなものに見えただろう。くやしいが、あいつに会っていなければ、きまずい関係が続いていただろう。
「そういえば、お前の彼氏にさっき会ったんだ」
「えっ、ほんと?」
「社会人のくせに、おまえが心配で会社抜け出してきたんだとよ。それで、なんかいろいろ発破かけられてさ……、おまえの彼氏かっこいいな」
「自慢の彼氏ですから」
胸を張る莉子を見ていると肩の力が抜けてきた。どうやら、こいつもいつもの調子を取り戻したようだ。
そして、千明が姿を現した。




