15. きっと見間違いだよ
朝、いつものように駅のホームで千明と待ち合わせをしていたがなかなか姿をあらわさなかった。
やがて、電車がホームに滑り込んでくるのと同時に、千明が階段を駆け上ってきた。
「ご、ごめん、ちょっと寝坊しちゃって」
「いいけど、めずらしいね。千明が寝坊なんて」
はぁはぁと息を切らせる千明の顔を見ようとしたら、フイと目をそらされた。
遅れてきたことがそんなにきまずかったのだろうか?
教室に入ると、テスト前だけあって教科書を開いている生徒の姿が目立っていた。
「おっはよー」
「よう」
教室にいた修平に声をかけ、そして千明も挨拶をするが修平の様子はどこかおかしかった。
「ねえ、昨日なんかあったの?」
「……後で話す」
小声で話しかけると、修平は唇と眉毛をもにょっと動かして変な顔をしていた。
放課後、修平はサッカー部の夏休み中の合宿について部活の集まりがあるらしく、後で電話することになった。
教室から出て行った修平を見送った後、千明の姿を探したが教室には既にいなかった。
ハァハァと息を切らせ道を走っていると、夏の熱気が押し寄せ額から汗が吹き出るのを感じた。
学校から駅までの道の途中で、一人で歩いている千明の背中にようやく追いつくことが出来た。
「千明~~~、ちょっとまって~~~」
「莉子?」
立ち止まって息を整えるわたしをみて千明が不思議そうに見ていた。
「用事が早めに済んだから、一緒に帰ろうと思ってさ」
「そっか、ごめんね。先に帰っちゃって」
並んで歩き始めとりあえず、なにか話題をあげることにした。
「テストの準備はどう?」
「ん、まあ、それなりに」
「そっかー、わたしは今回もギリギリになるかも~」
あははと笑っていると、千明がしょうがないなといった感じで苦笑を浮かべていた。
「修平との勉強ははかどったみたいだね。わたしも行けたらよかったなー」
「……そうだね」
わたしの言葉で千明の表情がピクリと変化した。ぱっと見では普段と変わらない様子で、本当に些細なものだった。
「ねえ、修平となんかあった?」
「告白された」
淡々とした口調で告げられた。
「へー、ほー、それで返事はなんていったの?」
「……私も好きっていったよ」
「ほ、ほんと!?」
「うん、友達としてね」
千明が口元をにんまりと広げた。普段こんな表情はしない子で、どこか芝居がかっていた。
「あれ、莉子が修平になにか仕込んだんでしょ。びっくりしたじゃない。やめてよね、……ほんと」
おどけるように話す千明は無理矢理口の形を笑っているように動かしたが、その口調に若干とげが含まれていた。
「ご、ごめん……。でもさ、もしも修平が恋愛対象として好きだっていったなら、千明は……、なんて返事した?」
なぜか、千明の顔をまっすぐ見ることができなかった。わたしは何を怖がっているのだろうか。
そして、数秒の沈黙が流れた。
「そんなこと、ありえないでしょ」
千明は立ち止まると、わたしの目をヒタリと見据えてきた。
「私はね、莉子、本当はあなたと修平が付き合うものだと思ってたんだ。でも……、無理そうだよね。莉子には二階堂さんがいるんだから」
「え、なんで、千明が知ってるの?」
「ないしょ」
わたしの問いかけに千明は曖昧な笑みを浮かべると、前を歩きだした。
「どうしたの? 電車いっちゃうよ」
「う、うん」
自分の部屋のベッドで寝転がりながら、今日の千明のことを考えていると、修平から電話がかかってきた。
修平から、千明の家で告白したこと、そして答えをはぐらかされたことを聞いた。
はじめは落ち込んだ声をしていたが、話しているうちに心の整理ができたのか、電話を切る前に、「もしかしたら、急ぎすぎてたのかもな。もう少し時間を置いてみるよ」と聞こえてきた。その声は穏やかなもので、元気を取り戻したように聞こえた。
スマホを置くと、わたしは疲れを感じていた。
小さい頃からの親友だと思っていた相手のことが、急にわからなくなった。
子供のとき公園で見た寂しげな女の子、声をかけないと消えてしまいそうだった。
小学生の頃は一緒に遊ぶだけだったけど、同じ中学に通うようになってから千明のことをわかっていた気になっていた。
それは、全部わたしの思い込みだったのかと思うと、急に寂しさを感じた。
ベッドに寝転がりながら、腕をのばしてみた。その手の先でつかみたかったものがあった。
「うーむむむむ」
次の日、学校のトイレで鏡を見ながら唸り声を上げていた。
昨日のことで千明と気まずくなるかもと思いながら、駅で朝の挨拶を千明と交わしたが、なんというか、いつもどおりだった。
「わからん」
昨日散々悩んだというのに、千明にとってはどうってことないことだったのだろうか。
いくら悩んでも答えは出そうもないので、はぁ~、とため息をついて教室にもどった。
次の授業は理科室での実験だったので、教室にはほとんど生徒は残っていなかった。
「やだぁ、これ、ほんと?」
残っていた女子ふたりがスマホをのぞきながら、ひそひそと話していた。
「これって、井上さんだよね。意外っていうか、けっこう真面目な人だと思ってた」
「こんな場所で抱き合うとか大胆だよねー」
聞き覚えのある名前が耳に入ってきた。
「ね、何の話?」
「あ、莉子……。いいのかな、話しちゃって」
わたしが話しかけると、二人はスマホを隠して気まずそうに顔を見合わせていた。
「ちょっと~、隠されると余計に気になるじゃんよ」
「うーん、じゃあ、これなんだけど」
見せられたスマホの画面には、制服姿の千明とそしてスーツを着た二階堂さんが映っていた。場所はいつも使っている駅のホームのようだった。
「え、これって……?」
「やっぱり井上さんだよね。もしかして、サラリーマンのひとってお兄さんとか?」
「……ううん、千明は一人っ子だよ」
わたしは混乱しながら、画面にうつっている二人の姿を凝視していた。千明に体をもたれかけて、抱き合ったいる姿に見えた。
「もしかして、援交とか」
「ちょっと、やめなよ」
「あ、ごめん……」
「あ、あはは、千明がそんなことするわけないじゃんよ」
あわてて謝ってくる女子に、わたしは乾いた笑いを浮かべて、混乱する感情を誤魔化した。
「そろそろ、理科室いかないとね。莉子も早くしたほうがいいよ」
「う、うん、ありがと……」
ノートと教科書をもって慌てて教室から出て行った二人を見送ったあと、一人教室に残った。
まもなく、次の授業が始まるチャイムが鳴ったが、足はとまったままだった。




