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14. 告白…そんなわけない

 カリカリとシャープペンシルのとがった先端がノートを引っかく音が聞こえていた。

 フローリングの部屋の中央に置かれた丸テーブルの上には、教科書やノートが広げられ、机をはさんで修平が向かい側に座っていた。


 テスト1週間前となり、部活も休みとなった修平は放課後になるとそのまま私の家にきていた。


 今日も莉子はこれないといっていたので、部屋のなかでは修平と二人きりだった。

 時折飛んでくる修平からの質問に答えるだけで、これといった会話はなかった。ここに、莉子が混じると、一気に騒がしさが倍増する。


 この数週間の勉強会で、すでにテスト範囲の復習は終わっているので、あとはそこまで時間をかける必要もなさそうだった。

 修平の様子を見ると、ペンを指で手遊びして少し飽きてきている様子だったので、気分転換に話しかけてみた。


「こうしてると、思い出すよね。中学3年の頃に3人で受験勉強してたの」


「そうだな、あのときは死ぬかと思った……」


 合格が無理といわれていたが、修平は毎日死にそうな顔をしながら机にかじりついていた。


「でも、合格できたのは修平の実力だよ」


「入学したら、すぐに詰め込んだ内容わすれちまったけどな」


「せっかくの勉強時間が、もったいないな~」


 笑いかけると、修平が照れくさそうにしていた。


「そういえば、聞いてなかったけど、急に志望校変えたのってなんで? 最初に選んでたところってサッカー部がかなり強いらしいじゃない」


 3年の夏休み明けに志望校を学校側に伝えるのだが、それまでどこにいくかは話題にしていなかった。夏休み明けに久しぶりに3人で帰ったときに、それぞれの志望校を言い合った。


「それはだな……、家から近いから、かな」


「なによそれ。莉子と同じ理由じゃない」


 あはは、と笑い声を上げると、修平は憮然とした顔をした。

 

「そういえばこの前なんだけどよ、莉子があの喫茶店でみた男と一緒にいるのみかけてさ。やっぱ、付き合ってるんだよな。あの莉子が男と付き合うとか、信じらんねえよな」


 唐突に投げつけられた爆弾発言に、私はどうやって返事をすればいいかわからなかった。

 

 だけど、修平に莉子と二階堂さんの関係をしらせるべきなんだろうな。


「……たぶんね」


 しかし、予想外に修平からの反応は薄く「やっぱり、そっか」と答えるだけだった。


 もしかして、あの喫茶店で見たときにもう察していたのかもしれない。

 こうやって落ち着いた反応を返してくることができるのは、もう心の中で決着をつけていたのだろう。


 こんなとき、どんな言葉をかければいいかわからなかった。


「……」


 私達の間に沈黙が流れていた。それを先に破ったのは修平だった。


「なあ、あのさ……」


 彼の顔をみると幾分強張った顔をしていた。

 やっぱり、なにか吐き出したい気持ちがあったのかもしれない。ここは黙ってきいておくのがいいだろう。

 そうすれば、少しは気持ちが楽になるかもしれない。


「オレさ……、千明、おまえのことが……好き、なんだ」


「え……」


 しかし、修平から告げられた言葉は予想外のもので、私は固まってしまった。

 修平がサッカーの試合中のように真面目な顔をしてこっちを見ていた。


「ごめん、いきなりかもしれないけど、今じゃないと言えないと思ってさ」


 修平の告白を聞いて最初に浮かんだ感情は―――


「大げさだよ。ちょっと勉強おしえただけじゃないの。私も好きだよ、これからも3人で一緒にいられたらいいね」


 気づけば口が勝手に動いていた。


「あー、でも、莉子に彼氏ができたから、遊びに誘いづらくなるかもね。だけど、相手の人社会人っぽかったし、夏休みの間は大丈夫そうだよね」


 口は動く手も動く、でも、目線はなぜか修平の方にまっすぐに向けることが出来なかった。


「そろそろ、勉強の続きしよっか」


 目の前から向けられる視線から逃げるように教科書を見た。しかし、文字がぎっしり書かれているはずのページは真っ白に見えた。ナンデ、私はこんなに動揺しているのだろうか。


「そう、だな。高校最初の期末テストだし、がんばるか」


「その調子、100位以内に入ると廊下に名前張りだれるらしいから、狙ってみるのもいいかもね」


 再び静寂の訪れた部屋の中で、カリカリとペンの動く音だけが流れた。

 やがて、夕方の7時を過ぎた頃、勉強を切り上げた。


「じゃあ。また学校でな」


「……うん、じゃあね」


 修平はいつもどおりの声で、家から出て行った。

 玄関で修平を見送ると、バタンと玄関扉が閉まる音がした。

 さっきの告白は本気なハズはない。だって、修平が好きなのは莉子なのだから……。

 

 指をひねると、カチャリと玄関の鍵が閉まる音がした。

 

 いまだに混乱する頭の中から変なものが飛び出てこないように、自分の心にもカチャリと鍵をかけた。

 

 

―――修平たちとの出会いは小学校の頃だった。

 あの頃の私は賢しげな子供で、まわりに馴染めないでいた。

 すると、子供というのは異物に敏感なようで、私はクラスの輪からはみ出た。


 自然と家の中で過ごすようになっていたが、母に子供は外で遊んでくるものだと言われ、反抗するのも面倒くさいと思いとりあえず靴をはいて玄関をでた。

 外に出たが、クラスの人間がいる場所を避けて適当に歩いていて時間を潰すことにした。


「はぁ、早く大人になって一人暮らししたいなぁ……」


 鬱屈とした気持ちを抱えながら、適当に歩いて疲れを感じ始めた頃、人気のないこじんまりした公園を見つけた。

 昼間の住宅街の静けさの中、公園の中で一人でいるとどこかほっとした。

 今日はここで夕方まですごそうと思いながらベンチに座ってよく晴れた空を眺めていると、子供の声が聞こえてきた


 同い年ぐらいの小学生の男子と女子の二人組で、楽しげな声をあげていた。二人は手をつなぎ、親しい間柄が見て取れた。

 一人の時間も終わりかと残念に思いながら、見つかる前にさっさと公園から出て行こうとしたが、女子の方と目が合った。

 Tシャツにハーフパンツという、男子のような格好をしていた。


「あれ? だあれ? 見ない子だね」


 こっちも向こうに面識はなく、胸にぶら下がっている名札には隣の小学校の名前が書かれていた。


「ちょっと休んでただけだから。じゃあね」


 首をかしげながら私を見る女子を置いてベンチから立ち上がった。

 しかし、私の言葉にお構いなしに私の手をつかんできた。


「ねーねー、一緒に遊ぼうよ」


 どうしようかと困っていると、もうひとりの男子がやってきた。


「なにやってんだよ、莉子。いやがってるだろ、そいつ」


「えー、うーん……、いそいでるの?」


「別に用事はないけど……」


「じゃあ、いいよね。ほらっ」


 手を引っ張られて、流されるようにそのまま遊ぶことになってしまった。

 ジャングルジムの上にのぼって、ヒーローのまねをしてポーズをとる莉子に付き合っているうちに、気づけば夕方になっていた。


「じゃあねー、また明日~」


 ブンブンと笑顔で手を振る莉子に小さめに手を振った。


「また、明日か……」


 私は約束ならしょうがないと、次の日も、その次も公園に通い続けた。我ながら、なんでわざわざ遠い公園まで毎日通ってるのか不思議だった。


 あるとき、いつものように公園にやってきたが、二人がなかなかこなかった。

 ブランコにのってキイキイとこいでいると、自分がけっこうあの二人との遊びを楽しみにしていたのだと気づき、なんだかなぁとため息をついた。


「なあ、おい」


 急に声をかけられ顔を向けると、そこには修平が一人でたっていた。


「莉子のやつ風邪ひいたから、今日はこれないぞ」


 このころの修平との関係といえば、莉子を間に挟んだもので、同い年の男子と二人きりという状況に少し気後れした。


「あのさ……」


 修平は気まずそうに頭をガリガリとかきながら、こちらにちらりと視線を送ってきた。


「これから、莉子のところに見舞いにいくけど、一緒にいくか?」


「お見舞いって何するの?」


「適当に顔見せて、すぐに帰るだけだよ」


「ふうん、まあいっか」


 私がうなずくと、修平の隣を並んで歩き始めた。

 学校の男子のようにうるさくしないところはありがたかった。


 少し歩いた頃に、急に右手をつかまれた。びっくりして修平の顔を見た。


「あ、わるい。莉子といるときいつも手をつないでたから、ついクセで」


 修平は慌てたように手を離し、その耳は真っ赤になっていた。女の子と手をつなぐのが恥ずかしいのだろうか、それなら、莉子と普通に手をつなげているのはなぜだろうか?


「大丈夫、気にしてない」と答えてから、特にしゃべることもなく莉子の家にたどり着いた。


 見舞いにきた私達をみて莉子が嬉しそうな顔をして、外に遊びにいこうとするのを二人で止めた。

 莉子の家を後にし、「それじゃあここで」と別れようとした。

 だけど、別れ際、私の悪いクセが出た。


「ねえ、どうして、見舞いになんて行こうと思ったの? ほっとけば直るんだから、行く必要なんてあった?」


「あー、うん。まあそうなんだけどさ」


 私の意地の悪い質問に、修平は困った顔をしていた。


「なんか、放っておけないからさ」


 ただその一言だった。修平にとって、自分の時間よりも莉子のことを優先した理由は……。


「ありがとな、莉子ってうるさいし強引なところがあるからさ。なんか無理につきあわせてるみたいで」


 彼はただなんとなくで、他人を心配することができるひとだった。


「ううん、だいじょうぶ。……好きだよ。莉子も、修平も」


「え、あ、うん、そっか」


 さっきまで大人びた言葉を使っていたのに、修平は照れて顔を真っ赤にし、年相応の顔をしていた。

 

 このときから、私の中での修平が『莉子の連れの男子』から『興味の対象』に変化した。二人と一緒にいるためにも、一生懸命に普通のフリを続けることにした。


 

 やがて、中学に入ると莉子と修平とも同じ学校になった。

 お互いの制服姿を見て、着慣れてない感がおかしくて笑いあっていた。二人と一緒に、同じ学校に通えるというのがすごくうれしかった。

 

 しかし、クラスは私だけが違うクラスになり、私以上に莉子がすごく悔しがっていた。

 最初の頃は3人で一緒に帰ることもあったが、修平がサッカー部に入ったり、莉子が別の友人と帰ったりすることもあり、テスト前の部活休止期間のときに一緒になるぐらいだった。


 私も私でクラスでも雑談を交わすぐらいの友人はできたが、莉子たちとはやっぱり違うなと感じた。


 ある日、移動教室でクラスの友人と一緒に廊下を歩いているときに、莉子たちのクラスの様子を見たことがあった。

 夫婦漫才みたいな掛け合いをして楽しそうな笑顔の莉子と困った顔をする修平、それを見ておもしろがる教室のひとたち。

 クラスの中心となっている二人を見て、ああ、やっぱりあの二人は特別なんだという諦観にも似た感情が腹の底にたまった。


 楽しそうに笑う二人から視線をはずして、私は自分のクラスの移動先に目を向けた。

 

 あるとき、クラスの女子から聞かれたことがあった。

 莉子と修平が付き合っているのかと。


 向こうのクラスでは莉子が中心的存在として目立っているそうで、その相方として修平も周りから見られていた。

 それだけ仲のいい二人を見て、思春期特有の考えに至ったのだろう。莉子たちと私が、クラスをまたいで仲がいい事を知って尋ねてきたようだった。

 

「さあ、わからない」と答えると、修平のことが気になってるから確認してきてほしいといわれてしまった。

 断ろうとしても食い下がってくるので、めんどくさいと思いながらもさっさと終わらせようと、修平に聞いてみた。


 すると「そんなわけあるか」と笑われてしまった。

「そっか」と答えながら、なぜかホッとしている自分がいた。

 聞く必要もないのに「すきな人はいるの?」とも聞いていた。


 修平からは「どうだろうな」と濁した答えが返ってきて、なんでそんなことを聞いてくるのかと逆に質問を返されてしまった。

 正直に答えるわけにもいかず、「なんとなく」と私も濁して答えておいた。このときの修平の顔は、ごはんがのどにつっかえたときのようなものだった。


 その後、相談してきた女子に、「好きなひとはいるっぽいよ」と伝えたら、残念そうな顔をした後に「まあいいか」とすぐに立ち去る軽さだった。あれほどしつこく頼んできたのに、そんなもんだったのかと拍子抜けした。


―――誰かを好きになるって、どういうことなんだろうか? きっと、それは、あの二人のような特別な関係なのだろう。


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