12. 意外な一面を知った
まだ比較的涼しい時間帯の駅のホームで、今日も莉子を待っていた。
いつもの通学につかっている電車の到着まであと10分ぐらいというところで、スマホからメールの着信音が鳴った。
誰からだろうかと思いながら、メールを開くと差出人の欄には二階堂さんの名前が書かれていた。
『女の子が男に膝枕したくなるのって、どんなとき?』
電車内でのやりとり以来、二階堂さんとメールでやり取りするようになっていた。
内容は主に莉子とのことで、今回のメールもたぶんそうだろうと考えていたら、早足で近づいてくる莉子の姿が見えた。
後ろめたいことをしているわけではないが、慌ててスマホをポケットにしまった。
「おはよー、今日もあついねー」
ぱたぱたと手で首元に風を送る莉子は、朝から元気な声を上げていた。
「朝のさわやかな空気の中で、そんなこといってるのあんただけよ」
そうかなーといいながら子供のような無邪気な笑顔を浮かべる莉子を見ながら、この子が二階堂さんに膝枕をした姿を想像しようとした。しかし、莉子がどんな顔で、自分の膝の上に頭を乗せている二階堂さんの事を見ているのか頭に浮かんでこなかった。
私の知っている莉子といえば、学校や遊びにいったときに見る子供のようにはしゃいでいる姿だった。
二階堂さんの前では違った顔をするのかと考えながら莉子の顔を見ていると、小首をかしげながら上目ずかいをしてきた。
「なあに?」
「……なんでもない」
今のように、何気ない仕草にドキリとさせられることがあった。
こういうところを二階堂さんは好きになったのかもしれない。
莉子は一目ぼれだといっていたが、二階堂さんは本当のところどうなのだろうか。
何度かメールのやりとりをしたが、いまだに二階堂さんの性格をつかみきれていない。
そうなると、試したくなってくる。
学校から帰って部屋に一人でいた私は、スマホの画面を無言でタップしていた。
『もしも、昔から莉子のことが好きな男子がいたらどうします? そのひとは小学校からの幼馴染という設定です』
メールの送信が終わると、私の腹のなかに何か黒いどろりとしたものがたまった気がした。
いつからだろうか……、少し親しくなってきた相手の本心を知ろうと、心の表皮をはぐように相手を試すようなことを聞いてしまう。
我に返り、またやってしまったと、ため息を吐いた。
どうしようか、さっきのメールはやっぱりなしだなんて言えるわけもない。
悩んでいたら、なかなか寝付けなけずに、次の日の授業中に居眠りしそうになってしまった。
莉子にも、「千明が居眠りなんてめずらしいね」といわれてしまった。
今日は帰ったら早めに寝ようと思いながら電車に乗ると、空いている席を見つけてしまった。
クーラーのよくきいた快適な空間の中で、電車が動き出すと一気に眠気が押し寄せてきた。
これじゃあ、この前の二階堂さんのこと笑えないなと苦笑がもれた。
「――さん、井上さん」
誰かの声が聞こえ、顔を上げると、そこには二階堂さんが立っていた。
寝ぼけ眼で彼の顔を見つめると、なにやら焦った表情をしていた。
「降りる駅、ここじゃないか?」
彼が指差す先には見慣れた駅名の書かれた看板が見えた。ようやく、ここが降りるはずの場所だと理解した瞬間に、プシューという音と共にドアがしまった。
「あっ……」
静かに走り出した電車の中で私は間抜けな声を上げた。
「たぶん、中里さんが降りる駅と同じだと思って、声かけてみたんだけど……、ちょっと遅かったみたいだね」
「えっと、いえ、とんでもないです。この前と立場が逆になっちゃいましたね」
恥ずかしさを感じながら照れ笑いを浮かべた。
「じゃあ、次の駅で降りるので、良かったらこの席、どうぞ」
彼の口から「ありがとう」という言葉に「そういえば」と続いた。
「メール見たんだけどさ」
「すいません、変なこと書いてしまって。忘れてください」
二階堂さんの言葉をさえぎるように恐縮しながら謝ったが、彼は気にする様子もなく、むしろ楽しげな笑みを浮かべていた。
「実は、この前中里さんと一緒にいるときに修平って男の子に会ったんだ。中里さんとは気の置けない友人って感じでとても親しげだったよ」
「え……」
「もしかして、あのメールで書かれていた幼馴染ってあの子のことなのかって思ってさ」
まさか、修平と会っているとは思わなくて何と答えようか悩んでいる間にも、二階堂さんは言葉を続けた。
「もしも、彼が中里さんに好意を持っているとしたら、ボクは彼にとっての恋敵になるのだろうね」
二階堂さんは、こいがたき、と使い慣れなさそうにゆっくりと口にすると、味わうように舌の上で言葉を転がした。
まるで、自分の置かれた状況を楽しんでいるようで、このひとけっこういい性格しているなと苦笑がもれた。
「なんだかあまり気にしてないようで、ちょっとがっかりです」
「悪いね。恋愛っていうのがよくわからなくて、慌てたり焦ったりしたらよかったのかな?」
「はぁ、もういいですよ。これでこの話は終わりです」
ため息をつきながらも、他の人とはしたことがないような会話のやりとりを楽しんでいる自分に気がついた。
「ところで、キミもその輪の中に入っているわけだけど、なにかあったりしないのかい?」
しかし、二階堂さんが急に踏み込んでくるように聞いてきて、戸惑いながらも返事をした。
「私が、ですか? ただの友達ですよ。二階堂さんが期待するような三角関係なんてありませんよ」
「そうかい」という返事を聞いたところで、次の駅に到着した。
「それじゃあ、お仕事がんばってくださいね」
「ああ、ありがとう」
私は立ち上がり、二階堂さんに席を譲った。
外に向かって歩き出した私の背中に二階堂さんが声をかけてきた。
「もしも、修平君がキミのことを、好きかもしれないとか考えたことはないのかな?」
「……そんなこと、あるわけないじゃないですか」
振り向かずに、そのまま外にでると、すぐに電車のドアが閉まった。
気持ちを切り替えるために、大きく深呼吸をして吐き出した。
心にふたをして、カチャリとカギをかけると、いつもどおりにもどった。




