10. はっきりいえばいいのにね
週末の勉強会では、莉子が突然これなくなり、修平と二人きりになった。教える相手が一人になり、修平に集中することができたおかげで、テスト範囲の勉強はだいぶはかどった。
翌日の朝、電車の中で莉子に勉強会のことを聞かれた。
「だいぶはかどったよ。修平も地力はあるんだから、普段から予習復習してれば慌てなくてもすむのにね」
「いやそうじゃなくてさ、その……」
莉子が何かいいたげな顔をしながらこちらを見ていた。なんだろうか?
「そういえば、途中、チラチラと修平がこっちを見てきてたんだよね」
「ほうほう、それでそれで」
莉子が食いついてきた。こういうことが聞きたかったのか?
「前も勉強みてたときそういうことがあってさ。あれ、修平が疲れたってときのサインだと思うんだよ。修平もはっきりいえばいいのにね。疲れたままで勉強しても効率よくないと思うし」
「……そ、そうなんだ」
今度は莉子の反応が悪かった。なんなんだろうか。莉子がぽつりと『修平のヘタレ』とつぶやくのが聞こえた。
やがて電車は目的の駅に到着し、私達は学校に向かった。
学校に入ると、青春を謳歌している者達でひしめく独特な雰囲気につつまれる。
青春ゾーンとでも呼びたくなる中を、私はなるべく目立たないように歩いた。
しかし、隣には青春の権化ともいうべき莉子という存在がいる。
彼女が教室に入るだけで、複数の生徒たちの目が彼女を捕らえ、同時にとなりにいる私も視界にいれることになるのだった。
嬉しそうに莉子に話しかけるクラスメイトを尻目に、私は自分の席に座った。
昼休みになり、さあごはんだ。腹が減ったと思いながらいそいそと弁当をカバンから取り出していると、莉子が青い顔をしていた。
「お弁当わすれちゃった……」
この世の終わりのような顔をしたと思ったら、すぐに立ち上がると『購買いってパン買ってくるー』と言いながら教室から飛び出していった。
今の時間だとだいぶ混んでいるから、戻ってくるのは大分時間がかかるだろうとため息をはいた。
「ねえ、井上さん」
莉子が戻ってくるまで食べ始めるのをまとうかどうしようか腹の減り具合と相談していると、クラスメイトの女子に話しかけられた。
彼女とは特に仲もよくなく、かといっていがみあっているわけでもないクラスメートで、A子さんとB子さんといったところだろう。
「どうしたの?」
愛想笑いを浮かべながら返事をした。
「中里さんって彼氏っているの?」
投げかけれられたのは、唐突でなおかつプレベートを詮索する言葉だった。
「どうしてそんなことをきくの?」
返しずらい質問は、質問を返せばいいってテレビできいたよ。
「このまえさ、中里さんが、その……」
なにをもったいぶっているんだ。はやくいってくれA子さん、と思っていると、代わりにB子さんが口を開いた。
「中里さんが街でスーツをきたリーマンと一緒に歩いているの見たんだよね。男の人はお父さんっていう年でもなかったし、もしかしてって思ってさ」
なるほど、そういうことか。だけど、友人のプライベートを正直に暴露するわけにもいかないので、『そうなんだー』と言いながら曖昧な笑みを浮かべた。
すると、A子とB子は不満そうな顔をした。きっとウワサ話のネタにでもなればと思いながら私に聞いてきたのだろう。
「もしかして、援交ってことはないよね」
ささやくような声で告げられた言葉は、興味本位と歪んだ願望を含んだものだった。
どうやって返事をしようか? 激昂しながら机を叩くべきか、いやいや、私のキャラじゃないなと却下した。
でも、もしも……、彼女たちの問いにYesと答えた場合どうなるのだろうかと考えそうになったとき……
「ただいま!!」
両手にメロンパンとあんぱんをもった莉子が教室に戻ってきた。
莉子の姿をみたA子とB子はそそくさと私から離れていった。
「ごめん、待っててくれたんだね。さあ、食べようぜ~」
後ろ暗いことを考えた罪悪感のせいか、机をはさんで私の前に座る莉子の顔をまともに見ることが出来なかった。
放課後、今日も莉子は用事があるといって学校で別れた。
学校から駅への道を、来るときは二人だった道を今度は一人で歩いていた。
駅にすべりこんできた電車に乗ると、偶然席が空いていた幸運に感謝しながら、シートに腰を下ろした。
楽になった足にホッと息をつきながら、視線を車内に向けると、そこに見知った顔を見つけた。
つり革につかまりながら眠たそうにゆられている二階堂さんがいた。
この前、ホームで寝こけていた姿を見たこともあって、このひと大丈夫なんだろうかと心配になってきた。
「二階堂さん、二階堂さん」
二度、三度、よびかけるとようやく彼が私に気づいた。
「ん……、ああ、また会ったね」
スーツがよれてくたびれた格好をして、中身の人間もくたびれた顔をしていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「ちょっと寝不足なだけだよ。仕事がちょっとごたついていてね」
彼は愛想笑いを浮かべようと口の端をあげようとするが、疲れすぎているのかうまく表情がつくれていなかった。
「二階堂さん、よかったら座ってください」
「いや、でも、悪いよ」
いいからといいながら、強引に彼の手を引いて私が座っていた場所に誘導した。
それから、彼から降りる駅を聞き出すと、7駅先と答えた。
「それなら、20分ぐらいあると思うので寝ていてください。ついたら私が起こしますので」
「いや、でも……」
二階堂さんは遠慮しようとするが、電車の規則正しいゆれに眠気を誘われてまぶたが落ちそうになっていた。
「大丈夫ですよ。私の帰る先も同じなので気にしないでください」
「……そう、それじゃ、お言葉に甘えて」
語尾の方があやふやになりながら、二階堂さんはストンと眠りにおちた。
カバンを抱きかかえるように眠る彼の姿を見ながら、カタンカタンと電車は進んでいった。
わたしが降りるはずだった駅をすぎ、やがて目的の駅に到着した。
彼を起こすと、幾分疲れがとれたのかましな顔になっていた。
お礼を言う二階堂さんを見送って私は電車を降りて、向かい側のホームに渡った。
なにやってるんだろうなと思いながら、逆方向に戻るための電車を待っていた。まあいいかとなんだか心が軽かった。
もしかしたら、昼間、莉子を裏切りそうになった罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。
あの子はいつでも心がむき出しで、笑ったり怒ったり、感情表現はいつでもストレートだった。
たまに思ってしまう……。もしも、あの子を裏切るようなことをしたら、どんな表情をするのかって……。
夜になると、二階堂さんからのメールが送られてきた。
メールを開くと、今日のお礼が書かれていて、前に送られてきたものよりも長かった。文面もすこし砕けた口調で、もしかしたら照れ隠しなのかもしれないと思うと、クスリと笑みが浮かんだ。




