1. 唐突に始まる女子高生とサラリーマンの関係
朝の電車内でつり革に捕まりながら揺られていると、目的の駅に到着するアナウンスが流れた。
一緒にのってきた友人と目配せを交わして、ドアの前に立ち、開いた瞬間制服のスカートをひらめかせながら電車を飛び出した。
電車内のクーラーのよくきいた空間から、外に出ると夏の熱気がむわっと押し寄せてきたが、構わず先を急いだ。
朝のラッシュタイムで大勢の人が行きかう間をすり抜けて改札を目指し、友人は移動しながらパスケースを取り出し、改札に押し当てるとゲートが開いた。
わたしも同じようにバッグから取り出したパスケースを押し当てたが、警告音が鳴り響いた。
「うえ、えぇっ!?」
まだ定期券の期限は残っているはずなのに、訳が分からず、周囲から注目をうけているという恥ずかしさからオロオロと辺りを見回した。
「莉子っ!! 駅員さんのいるほうに回って!!」
先に改札をくぐった友人の指示に従って、駅員さんに見せると改札を通ることができた。
「ごめんね~」
「いいから、急いで!!」
友人の後を追って、ひとの間をすり抜けて全速力で走った。
高校にたどり着き、いそいで下駄箱で靴を履き替え、ようやく教室にたどり着いた。
ハァハァと息を切らせながら、ドアを引くとまだ担任の先生が来てないのを確認し、安心して大きく息を吐いた。
「はぁ~~、間に合った」
「莉子、ぎりぎりだぞ」
教室にいた男子の一人がからかうように声をかけてきた。
髪を短く切って日に焼けた男子で、小学校からの幼馴染の坂崎修平だった。
「千明も、莉子のお世話ご苦労さん」
「はぁ、つかれた。おはよ、修平」
一緒に来た友人である井上千明も小学校からの付き合いのある友達だった。
昔からこの3人で一緒に遊ぶことが多く、なんだかんだで高校まで一緒になった。
席についた後すぐに先生が入ってきて、朝のホームルームがはじまった。
昼休みの時間になり、千明と席を向かい合わせにして弁当を広げていた。
せっかく同じクラスなのだから修平も誘ったことがあったけど、男子と一緒に食べるというので、千明と一緒になることがほとんどだった。
「きいた? 隣のクラスの周東さんが3年の先輩と付き合い始めたんだってさ」
「へぇ、それはうらやましいことだね。私達も誰かと付き合い始めたらそんな風にウワサされるのかな」
「それはちょっと恥ずかしい、かも」
いつものように千明とおしゃべりをしていると、ふと思いついたことを聞いてみることにした。
「話は変わるけど、一目ぼれってあると思う?」
「ないない、だって一目だけ見て好きになるなんておかしいよ。どんな人かも知らないんでしょ?」
「そうだよね~、千明としては良く知っている相手のことを選ぶよね」
千明の堅実な性格を考え、さらにその候補になりそうな相手のことを思い浮かべながらニヤニヤと笑みを浮かべると、千明が嫌そうな目で視線を返してきた。
「そういう莉子も、好きなひとは近くにいるんじゃないかな。それとも莉子にはそういう話はまだ早かったかな」
「わたしだってこの前の身体測定で背もちょっぴりのびたんだからね。それに女子高生っていったらもうオトナだよ。恋人だって、そろそろできる……はず、かな?」
わたしの目下の悩みは中学校以来ほとんどのびない身長だった。目の前にいる千明はすらりとした高身長で、それでいて出るところは出ている女らしい体つきをしていてうらやましい限りだった。
いじわるげな笑みを浮かべる千明から目をそらし、少しでも大きくなれるように、自販機から買ってきた紙パックの牛乳をズズズと一気に飲み干した。
学校の帰り、今日は千明は用事があるというので一人で駅のホームで帰りの電車を待っていた。
いつもなら千明とおしゃべりをしていると時間がすぎていくのに、一人で待っていると時間が長く感じられた。
ぼーっと辺りを見回していると、駅のホームにはわたしと同じ高校の制服を着た子や、私服姿のおじさんやおばさんがたくさんいた。
いつもどおりの日常だなぁと思いながら、ふと反対側のホームに目を向けると、そこにはスーツ姿の若い男の人が立っていた。
片手には茶色の革製のかばんをもち、空いたもう片方の手でスマホをいじっていた。
なぜだか、その人から目が離せずにいると、男のひとは不意に視線をスマホからはずしてこちらに向けてきた。
視線が絡み合い、男の人の黒い瞳がわたしを射抜いた瞬間、わたしの心臓が高鳴った。
男の人は目を見開き、口を半開きにして驚いた表情をしたままわたしを見続けていた。
時が止まったように二人で見続けていたが、アナウンスが流れわたしの待つホームの前に電車が停車して視界がさえぎられた。
わたしは乗るはずだった電車に乗らず、そして、警笛と共に電車は去っていった。
視界が開けて、再び向かい側のホームに目を向けるが、既にさきほどの男の人はいなかった。
男の人を見失うと同時に、さきほどまで感じていた思いを失ったようで、胸にぽっかりと穴があいたように感じた。
なんと表現したらいいかわからない初めての感覚に思わずため息をついていた。
「あの……」
うつむくわたしの横から男の人の声が聞こえてきた。
誰だろうかと思いながら顔を上げると、そこには向かい側のホームにいたはずの男の人が立っていた。
短めの黒い髪を整髪料できれいにセットしネクタイをしめた姿で、はぁはぁと息を切らしていた。
近くで見ると、年のころは20代前半ぐらいで、線の細い体つきをしているのがわかった。
向かいのホームからここまで階段をつかって渡ってきたのだろうか?
もしかして、ずっと見つめていたわたしに注意でもしにきたのかもしれないと思うと緊張したが、男の人から目線をはずせなかった。
「さっき、ボクのことを見ていたよね?」
「は、はい」
声が上ずりながらも返事をした。
「えっと、変なことをいうようだけど、ボクも君のことが気になって、思わず見返したんてたんだ」
男に人はそこでいったん言葉をきった。
「その、もしよかったらボクと連絡先交換してくれませんか?」
男のひとも緊張していたのか、最後だけ丁寧語になっていた。
わたしはコクリと頷き、無言でお互いのメールアドレスと携帯番号を交換した。
不思議な感覚だった。周りは大勢の人々のガヤガヤという喧騒や、走り去っていく電車のガタンガタンという音でうるさいはずなのに、わたしたちが立っている場所だけが切り取られた別世界のようで静かに感じた。
「それじゃあ、今晩連絡するね」
「は、はい!! 待ってます」
男の人は手を振りながら急いでその場を離れていき、後ろから見えた耳たぶが赤く染まっているのがちらっと見えた。
たぶん、わたしのほおも同じように上気して赤くそまっているのだろうと、体の火照り具合からわかった。




