恋は歩道橋
***は場面が変わるのを表しています
恋は歩道橋。帰宅途中の歩道橋ですれ違うカップルを見て私は思った。恋、恋愛、青春。あっほうがいいのだろうけど私にとっては無くてもいいもの。まるで歩道橋のようだと私は思う。
それなのに最近ある男の子のことが気になって仕方がない。この気持ちの正体がわからない。でも、確かめるすべもない。一体どうすればいいのか、考えながら眼鏡をかけ直す。
人と話すのは苦手だ。人と目を合わせるのも苦手だ。だからいつも本を読み伊達眼鏡をかける。本は良い、まるでここには私しかいないかのように思えて落ち着く。
でも、最近は彼のことが気になって読書に集中出来ない。これは私、佐藤愛梨の高校2年生の物語である。
***
私が最近気になる彼、櫻井悠里君。彼は私と似ている気がした。いつも本を読み誰とも関わろうとしない。まるで、自分を見ているような気がした。でも、彼は私と違って逃げようとはしなかった。
自分の気持ちを素直に言葉として表した結果、彼はひとりだった。対して私は何も言えず、何も出来ず、そのせいでひとりだった。櫻井君とは大違いだ。
だからこの気持ちは憧れで、恋などでは無いはずだ。私彼のことを知りたいと思った。どんな本が好きで、何を好んで食べるのか。そんな何でもないようなことを知りたいと思った。
でも彼に話しかける勇気なんて私には無い。時々彼が喋る言葉に聞き耳を立てることしか出来ない。これではストーカーだ。
***
今日もひとり家に帰る。家には母と妹がいる。妹は私にとっていちばん心を許せる人物だ。今日は櫻井君の事を妹、奈々子に話してみようと思う。
「奈々子…あのね…」
私は全てを奈々子に話した。奈々子は私と違ってとても元気で明るく、そしてリア充だ。奈々子の彼氏にあったことは無いけれど話を聞く限りとてもいい人のようだ。
「お姉ちゃんの病名は…」
「病名って…」
「間違いなく恋ですね!」
はい?何言ってるのこの子。私が誰かを好きになるなんてあるわけが無い。人とまともに話をするのも嫌なのにそんな訳が。
「そんな訳ないって思ってるでしょ」
「エッエスパーか!?」
「お姉ちゃんの事なんて手に取るように分かるんですよ」
何?私の妹が怖いんだけど。
「とにかく明日、その櫻井君に話しかけること。そうしないと始まるものも始まらないよ」
「そうは言っても」
何を話せばいいんだろう。やっぱり本のことかな?それ以外に何も思いつかないよ。
***
次の日の昼休み、私は意を決して櫻井君に声をかけることにした。彼の席までは5メートルほど。ゆっくりと確かな足取りで櫻井君のところまで行く。
「あ、あの!」
「何?佐藤さん」
私の名前覚えててくれてる〜!じゃなくて、本の話をしないと変な人だよ。
「あ、あのね。さ、櫻井君はいつもなんの本を読んでるのかなって」
「あぁ、そんな事。実は俺も気になってたんだ佐藤さんいつも楽しそうに本読んでるから」
それから私は今までにないくらい人と話した。まさか櫻井君がイトウ・エルの本を読むとは思ってなかった。イトウ・エルは最近注目の若手作家で、特にミステリー物に関してはベテランの作家にも引けを取らないほど素晴らしいものだ。
櫻井君と本の話をしている時が私にとって最も幸せな時間になった。
***
それからは月日は流れ2月の初め。このごろ私と櫻井君が付き合っているのではないかと言う噂が流れ始めた。それもそうだ、あんなに人と関わるのを嫌がっていた櫻井君が私みたいなのと毎日図書館へ行っているのだから。
「あのさ、佐藤さん。最近俺と君に関する噂が流れてるの知ってる?」
「うん…」
やっぱり迷惑だよね、私なんかが毎日一緒にいたら。最近は私よ顔を見てくれなくなったし。嫌…だったよかな…。
「あ、あの。俺…」
「嫌だったよね私なんかが一緒にいるのは」
それ以上先を聞いてしまうと、私の中で何かが壊れてしまう気がしてつい遮ってしまった。早くこの場所から立ち去ろう。
「それじゃあね。今までありがとう…さようなら」
涙が流れてきた。私は櫻井君に見られまいと顔を隠し歩き出した。その時だった。とても強い力で腕を捕まれ無理やり振り向かされてしまった。
「嫌なわけないだろ!あんなにも楽しかったのに…嫌なわけ無いじゃないか!」
「じゃ…じゃあ何で…最近はいつも目をそらすの?」
涙をこらえながらどうにか言葉を絞り出す。これ以上話していたら諦められなくなってしまう。
「それは…」
やっぱりだ、恐らくさっきのは社交事例的な何かで私の期待なんて宛になるわけがない。
「佐藤さんの事が…好きだから…」
「えっ…」
何?何言ってるのか分かんないよ。心の中がはてなマークでいっぱいだよ。
「じゃあどうして…」
「佐藤さんのことが好きだって気づいたら…なんだか顔を見るのが恥ずかしくなって」
今まで堪えていた涙が滝のように溢れ出してきた。前が見えないほどの涙を流していると櫻井君が慌てているのがぼんやりとだけ見えた。
「佐藤さん、嫌だった?」
「そんな訳ないよ…だって私はあの時…初めて声をかけた時から…好きだったから」
恋は歩道橋。あれば良いけど、なくても構わない。そう思ってた時期があった事を懐かしいと思っている。歩道橋を彼と一緒に歩いているとこれは絶対に必要だと思った。狭い歩道橋を肩がぶつかる程の距離で一緒に歩けるからだ。
「これ、実は伊達なんだ」
「えっそうなの?てっきり目が悪いんだと思ってた」
「人と目を合わせるのが苦手で。レンズ越しなら何とか見れるぐらい嫌だったんだ」
「そっか」
「でも、もういらないね」
そう言ってメガネを外す。
「櫻井君の顔を、直に見たいから」
恋と歩道橋。あると良いけどなくても構わない。ただ、それは。人々の暮らしを豊かにする素敵なものだと私は思う。
初短編です。こういうのをちょくちょく投稿できたらなと思います。