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九話


リーゼロッテはバイオリンを弾きながら、後の三人は辺りを警戒しながら探査を続ける。扉を開けては閉め、開けては閉めを繰り返す。事前探査という事で部屋に入って細かい調査はせず、おおよその間取りを把握するにとどめている。


「支部長。一つ質問なんすけど」

「なんだ?」


 スヴェンがリックの質問に顔を上げる。単調すぎる作業にリーゼロッテを除いた三人が少しずつ飽きてきたところだった。楽器や歌の練習は同じ曲を何度も繰り返すのでこういった事には慣れている。


「もしもリーゼロッテのバイオリンでアンデッドが全滅していたとしたら、これって事前探査の域を超えてますよね?」


 少し考え、間を置いてからスヴェンは答えた。


「それどころか長年冒険者たちが犠牲になっていた場所の浄化って事で国王に謁見できるくらいの表彰ものだな。ひょっとしたら爵位がもらえるかもしれんぞ」

「え、それは困ります。せっかく冒険者始めたばかりなのに」


 リーゼロッテは弾くのを止めた。継母の影が脳裏にちらつく。あの人の事だからそんなことになったらしゃしゃり出てくるに違いないと、考えるだけでうんざりする。

 スヴェンは今までのリーゼロッテの言動と音楽の知識から貴族の令嬢ではないかと当たりを付けていた。元の地位に戻りたいのではないかと思っての発言だったがそうではないらしいと気づき言いなおす。


「まあ、それは言い過ぎかもしれんが、有名になったところで冒険者を止める必要はないだろう」

「貴族のお抱え楽師を目指したりはしないのか?吟遊詩人なんて不安定な仕事ずっと続けるつもりじゃないよな」


 アルフレッドがさも当然のように言った未来の事が、リーゼロッテには自由な道が断たれたように思えて言葉に詰まる。そんな様子に気づいたのか場を取り繕うようにリックが軽い調子で言った。


「ま、人には人の事情ってもんが有るだろうし、リーゼロッテの道はリーゼロッテにしか決められないからなー」

「そうは言っても将来の事を考えておくに越したことはないだろう」


 アルフレッドはなおも食い下がる。正義感からなのだろうが、リーゼロッテにとっては余計なおせっかいどころか追い詰められるような形になってしまっている。見かねたスヴェンが助け舟を出した。


「言っとくが、リーゼロッテはお前らより年上だぞ。自分より生きてる年数が多い人間に筋違いな説教垂れんのは止めておけ、アルフレッド」


 リックとアルフレッドの動きがぴたりと止まる。続いて「えーっ」と言う驚愕の叫びが城の中に響き渡った。コンビを組んで長いのか、息がぴったりだ。

 三人のやり取りで呪縛が解けたようにリーゼロッテの頭は回転し始める。アルフレッドの言っていたことは正論で、自分も考えなくてはならないと思っていた事だ。


「前は命令されて動くだけの人形みたいなものだったから、今は自分の意志で生きているだけでも十分なんだよ。その内、もっと欲が出てくると思うからそれまで待ってて。心配してくれてありがと」


 そう言うとリーゼロッテはマッピングを再開するスヴェンと一緒に歩きながら曲を弾き始めた。リックがアルフレッドと肩を組み二人に聞こえない様にぼそぼそと小声で話す。


「年下に見える姉さん女房って道もあるよなー」

「なっ、別に俺はっ」

「誰もお前がなんて言ってねーって」


 アルフレッドは口をパクパクさせる。そんな相方の様子がおかしくてリックはげらげらと笑った。スヴェンが二人に声を掛ける


「おーい、さっさと来ないと置いてくぞ」


 一階を一通りまわり、玄関ホールへと戻ってきた。出入り口のドアノブをリックがガチャガチャと捻るが扉は開かない。


「予想通りだ。転移陣をギルドとつながるようにしてあるから大丈夫。まずはリーゼロッテからだな」


 スヴェンは、荷物の中から布を取り出して床へと広げる。布地には魔法陣が描かれており、スヴェンが何かを呟いて手をかざすと陣が輝き始めた。リーゼロッテは曲を弾くのを止める。


「よし、この魔法陣に乗るだけでいい。ギルドの二階へとつながっ―――」


 説明の途中、どこからか放たれた魔法の火矢がその布地を一瞬にして燃やしてしまった。カツ、カツと硬い靴音が石の室内に反響する。人の形を取った化け物と呼ぶにふさわしい気配が近づいてくる。


「勝手に城の中に入った挙句、主に挨拶もせずに帰るのがフォレスタの冒険者の礼儀か」


 低くてよく通る声がホールに響き渡り、二階から長身の男が執事とメイドを従えて降りてきた。黒い長髪を後ろでゆるく結び、貴族然とした格好の男。友好的だとは欠片も思えない表情を浮かべてリーゼロッテ達の前に立つ。

 男の顔と、庭に咲いていた黒バラが頭の中で結びついて、リーゼロッテの表情は凍りついた。


 アデライードとして歌っていた時に、黒いバラの花束を持って訪ねてきた男だ。警備を信頼していたので勝手に楽屋に入ってきた時は継母の差し金だろうと思ったのだが、後で聞いたところによると警備は血を抜き取られて死んでいたと聞いた。勿論、犯人は見つかっておらずそれ以後警備がより厳重になったのだった。

 自分がアデライードだったとばれたら何をされるか分からない。が、他のみんなが助かる最後の手段として使えるかもしれない。足が震えないよう腹部に力を入れて立ち、リーゼロッテは覚悟を決めた。


「一声かけたんですが誰もいらっしゃらなかったので、勝手ながら入らせて頂きました」


 スヴェンがいつもよりも丁寧な口調で話しかける。アンデッドが徘徊する城の主なんてヴァンパイア、魔族、魔王等の高位モンスターと決まっている。城の主だと言った男は、堀の深い顔立ちをしていた。薄暗い城の中、影がより濃く映っている。


「突如現れた城のようなので調査に来たのですが、届け出などはされていますか」

「人間の決まり事などがこの城に適用するわけが無かろう」

「この森はエルフが管理している森です。依頼もそちらから出ております」


 あくまで理詰めでねじ伏せようとするスヴェンの言い分に城の主は鼻で笑う。他の三人は黙って聞いているしかない。


「見たところ神官職の者がおらぬようだが、どうやって城中のアンデッド達を一匹残らず消した?バイオリンの音色が聞こえていたが―――」


 主は一瞬にしてリーゼロッテの前に移動し、細い首をへし折らんばかりに片手で持ち上げた。足が宙に浮き地面を探してバタバタと揺れる。咄嗟の事ながらもバイオリンを放さなかったのはリーゼロッテの意地だった。


「そなたがやったのか?」

「リーゼロッテっ!」


 三人が駆け寄ろうとするが、スヴェンは執事に、アルフレッドとリックはメイドに切りかかられて行く手を阻まれる。切り結ぶ音や呪文を唱える声が響く中、城の主は楽しそうにリーゼロッテに語りかける。


「ほう、そなたの髪はワインの様な色をしているのだな。是非とも城に置きたいものだ」


 あんな花束までよこしたのに小さくなっているとは言え顔を見ただけで分からないなんて、当時の私には本当に歌しか価値が無かったのかと目の端から涙がこぼれる。

 見下した笑みを浮かべ、リーゼロッテを締め上げる城の主。かはっと喉の奥に残っていた空気が漏れ、手から離れない様に必死で弓とバイオリンを握りしめる。何とかして曲を弾かなければ、この場に居る意味が無い。


「さあ、歌え。悲鳴を上げろ。と言っても喉を締め上げているのだから声は出ないだろうがな」


 ―――さあ、歌いなさい、リーゼロッテ。


 どれだけもがいても絡みついて離れない記憶は、事あるごとに蘇る。家を出て冒険者になって一人で生きていけるようになっても。殺されそうになっている今でさえ。


 ……どいつもこいつも歌え歌えって……


 バイオリンを顎に当てることも出来ずめちゃくちゃな体勢で意識を失いそうになりながらも奏でた曲は、あろうことか歌姫として何度も練習し体に沁みついていた曲だった。アデライードのために作られ、アデライードのみが歌えた曲。城の主は覚えのある旋律に腕を徐々に下げ、信じられないという顔をしてリーゼロッテを床に下ろし、手を放す。

 足がついたリーゼロッテは咽たくなるのを我慢し、弾いている曲を切り替えた。攻撃力、防御力、素早さなど能力を劇的に飛躍させる、テンポの速い躍動感に溢れた曲を仲間たちに聞かせる。回復の旋律も所々に混ぜながら。

 一人ではないから出来る戦い方だ。仲間を信じて援護をする、パーティーを組んでの戦いとはこんな感覚なのかとリーゼロッテは初めて知った。


 剣戟の響きはメイドと執事の断末魔に変わり、三人の剣先は城の主に向けられた。それでも城の主はリーゼロッテを見つめている。


「そなたはもしや……」


 言葉を言い終える前に振り下ろしたスヴェンの剣は、キンッと音を立てて石の床にあたる。城の主の姿は黒い靄に変わり、たくさんの蝙蝠の姿となって吹き抜けの上方の暗闇へと吸い込まれていった。


「止めはさせなかったか……」

「大丈夫か、リーゼロッテ」

「何とか……」


 リックがふと思いついたように扉に駆け寄り手を掛けると、びくともしなかった事が嘘のように開いた。


「支部長、もちろんこれで引き上げるでしょ?」

「ああ、目的はどれも達成したからな。一応、聖水やら護符やら銀製の武器やらたくさん用意しておいたが使う暇もなかったか」

「最初から使えばよかったのに……」


 リーゼロッテはけほけほと咽ながら涙目で喉を擦った。





「ごめんなさい、やっぱり私足手まといでした」


 帰り道、顔を歪めてリーゼロッテは皆に謝った。今日の出来事は冒険者の吟遊詩人でやっていくことの難しさを初めて知ることが出来た経験だ。三人は一瞬顔を見合わせてから反論する。


「どこがだよ」とリック。

「最後の曲はすごかったな。自分がどこまでも強くなれる気がした」とアルフレッド。

「戦闘もせずに万全の状態で城の主と剣を交えるなんて普通は有り得ない事だぞ。お前は最強の吟遊詩人だ。胸を張れ」


 最後にスヴェンが背中をポンとたたくが、慰めはそれでも己の無力さに嘆く心を振り払うには至らない。リーゼロッテが下を向いたまま黙って歩いていると、それまで無駄口を叩いていたリックたちも無言になってしまう。居心地が悪そうにスヴェンが更に言葉を紡ぐ。


「まあ、なんだ。取り敢えずはランクなしからEランクに昇格だ。あれだけの量のアンデッド殲滅はリックやアルフレッドにはできない芸当だぞ」

「俺らよりランクが上でもいいくらいなのになー」

「むしろ自信失くすのはこっちの方だよな。キングボアと言いアンデッドと言い……リック、俺冒険者止めた方が良いかな」


 アルフレッドの超後ろ向きネガティブ発言にリックは顔色を変えた。コンビ存続の危機だ。


「リーゼロッテさん、俺の相方を落ち込ませないためにも上を向いて歩いて下さい。お願いします、この通り」


 手を合わせて拝むようなリックの態度に、悪いと思ったが思わず笑みを漏らしてしまったリーゼロッテは言われた通り上を向いて歩くことにする。

 すでに日は落ちて辺りは暗い。空気が澄んだ冬の夜空に冷たく瞬く星が、リーゼロッテの目には滲んで見えた。


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