八話
燭台に灯された炎が生き物のように揺らめき、暗く冷たい石の壁を照らしだす。部屋の中には給仕をしているメイドと食事をしている城の主、それから執事がいる。その場にいる誰もが人の形を取ってはいたが、明らかに人ならざる者の気配を持っていた。
部屋の外では冒険者らしき格好をした者たちが扉を守っている。いずれも目は濁っており肌は生気の無い青白い色をしていた。一目見て致命傷と分かるような傷が体のあちこちにあったが、痛みに顔を歪めることもせずに立っている。
食事を終えると城の主は傍らにいる執事に話しかけた。
「前回の冒険者たちの襲撃で城の住人達はかなり減ってしまったな。私が出ることで殲滅することが出来たが……。どこかに補充に適した地は無いか?」
「フォレスタ、と言う町が比較的初心者向けの町だと冒険者どもが話しておりました」
「そうか、では次の移動先はフォレスタの郊外にするか」
執事は仰せのままにと答え、城の主はメイドによってグラスに血のように赤いワインが注がれるのを見ている。
死者の魂を取り込み糧にするその城は、陽炎のように揺らめき別の場所へ転移した。
リーゼロッテは冬の備えとして、下に着こむ暖かいシャツを数枚と裏地がもこもこのズボン、厚手の靴下、指先が出ている手袋、コートを買った。コート選びはかなり難航した。動きにくくてバイオリンが引けなくては意味が無いし、逃げる時に走れなくても困る。
吟遊詩人らしさは泣く泣く諦めた。大人の背丈であればそれらしきデザインの物もいくらかあったのだが、そのために大きくなってしまっては意味が無い。お気に入りの上着は夜中に羽織ることもあるので取っておいた。
新しい冬の装備で勇んでギルドに行ったが、貼り紙は軒並み減っている。季節がら薬草の採取はできず、雪の中のモンスターは軒並みレベルが高い。リーゼロッテには酒場の演奏依頼しか残されていなかった。
ギルドの中も人は少ない。初心者は雪の深くなるこの地域から離れ、活動拠点をよそへと移すのが常なのだが、リーゼロッテはここへ残ることを決めていた。この町が好きだったからと言うのも有ったが、駆け出しの吟遊詩人である自分が他の町でやっていけるのかまだ自信が無かったからだ。
酒場の依頼を受けようとカウンターに近寄ると、シエラよりも先にスヴェンが声を掛けてきた。
「リーゼロッテか。そろそろランク上げの試験をしないとな」
この世界にレベルの概念は無い。ギルドに申し出て試験を受け、その結果とそれまでの功績によってランクが上がっていく。今のリーゼロッテはランクなしの状態だ。ランクはE、D、C、B、A、Sの順に上がっていく。ギルド内の職員は皆Sランク、アルフレッドとリックはB、リーゼロッテは未だランクなしの状態だった。
「あまり有名になりたくないのですが……いつまでもランクなしと言うのもかえって有名になってしまいますよね?」
「ああ、だがSランクになったからと言って一般的に有名になるかと言ったらそうでもないぞ。現にお前は俺の事を知らなかっただろう?」
「二つ名まで付いた方が何をおっしゃいますやら」
シエラがくすくすと笑う。冒険者の間ではかなり名の知れた戦士だったらしい。照れ隠しに咳払いをしてスヴェンは誤魔化すように話を進めた。
「今回は補助としてアルフレッドとリック、試験官として俺が一緒に行く。事前探査の仕事だ」
「事前探査?」
聞きなれない言葉におうむ返しをするリーゼロッテ。スヴェンは頷いて軽く説明をした。
「新しいダンジョンなどが出来た時に、どのランクの冒険者に割り当てるのがふさわしいのか調べるための調査だ。どんなモンスターが出てくるのか、事前にどんな準備が必要なのか。本来ならそれに適した職業の物を向かわせるのだが今回は人手が少なくてな」
ふむふむと答えながらリーゼロッテは今回の自分の行動をイメージする。パーティーを組みながらの冒険となると、補助職は気を配りながらの行動をしなければならない。自分が普通の吟遊詩人とは違う事に周りの反応を見てうすうす気づいていたリーゼロッテは、どの程度までできれば合格なのかを聞いてみた。援護や回復をしつつ、逃げ回ることが出来れば問題ないとスヴェンは笑う。吟遊詩人職なんて本来はそんなものだ、とも。
アルフレッドとリックが来た時点でスヴェンは二階の部屋へ上がるよう促し、試験日の打ち合わせと目的のダンジョンの説明に入った。
「場所はこの町の近く、新しく出来た古城が目的地だ」
まるで言葉遊びの様なスヴェンの言い方に首を傾げるリーゼロッテ。
「古いものを古城と呼ぶのでしょう?」
「ああ。だがこの城は森の中に突然現れたんだ。城なんてでかいものが建築されるには人手も資材もそれなりに必要となる。時間だって必要だ。それなのにある日突然建っていたという事は……」
「時々耳にする『揺蕩う城』の可能性が高いって事ですね」
傍で聞いていたアルフレッドが会話に参加してきた。冒険者になって間もないリーゼロッテは当然の事ながら初耳だ。
「聞いた事があるのか?」
「ええ、逃げ帰ったものによるとアンデッドの巣窟だとか……」
「あ、其れなら俺も聞いた事がある。城自体はそんなにでかくないし大した仕掛けもないんだが、入ったら二度と生きては戻れないって噂だ。完全に攻略されたという話も全くないし、盗賊仲間の内じゃあ手が付けられていないダンジョンならお宝が眠っているんじゃないかって話題によく上るな」
「戻れないのに噂になっているの?」
まるで都市伝説のように胡散臭い話だとリーゼロッテは思った。矛盾点も解決できていない状態のまま噂として流れている眉唾物の話。未知の物への注意喚起だったりする為か、冒険者の間で流布する噂はそう言ったものが多い。
「話すほどでもないしょぼいダンジョンなのか、死んだ状態なら出られるって事か。まあ、それは行ってみなければ分からないが、中でアンデッドになったものが近隣の村々を襲う可能性もある。『揺蕩う城』は早急に対策を立てなければならない案件の一つだ」
「そんな場所をランク上げの試験に使うんですか。俺たちはともかくリーゼロッテはまだランクなしですよ」
「支部長が魔法も使える戦士だってのは聞いた事があるけれど、だからと言っていきなりアンデッドなんて……。俺たちの時にはもっと楽なとこだったのに」
アルフレッドが珍しく声を荒げた。リックもそれに追随する。二人とも森の中でアンデッドに遭遇したことはあるが、準備をしていなかったためかなり手こずったことが有った。
単純に大人ですからと言って受けられる状況ではない事もリーゼロッテは分かっている。自分一人ならまだしも先輩冒険者たちの命も掛かってきてしまうのだ。ただ、スヴェンがどうしてそんな危険があるかもしれない仕事にリーゼロッテを携わらせるのか不思議に思った。
「キングボアなんてものを一人で倒した時点で2ランクアップも考えられるんだが、吟遊詩人なんて職業だから慎重に行こうと思っている。実力自体ではそんなに心配するほどではないぞ。リーゼロッテ、アンデッド向きの曲は弾けないか?」
「無い事もないのですけど、まだ実際に効果を試してみたことが無いんです」
けがの治療、戦闘能力アップの補助、モンスターの能力低下や操る曲などはどれも身近な人や生き物で効果のほどを確認できたが、実際に幽霊ですら見たことの無いリーゼロッテは、アンデッド相手の曲も当然試したことは無い。
「ギルドの中だとクレフが神官職を経験していたことがあるんだが、万が一の為に町に残しておきたいんだ。城に行っている間に町が攻撃される可能性だってあるからな」
クレフは受付カウンターの奥の方で事務仕事をしている男性職員。堅物メガネで冷たい印象を受けるので冒険者との間でいざこざが発生し、受付から奥へと引っ込められた経緯がある。
一つの町の全戦力を投入して事にあたるにはそれなりの準備が必要で、この事前調査はその準備の部分となる。
「リーゼロッテが出来る事の幅を広げる為にここを選んだってわけだ。探査が途中でも二、三時間で切り上げて村へ戻る予定だ。暗くなってしまったら対アンデッドの専門職がいないときついからな。明日の朝十時に森側の門の前に集合って事でいいか?」
「はい」
「了解でーす」
「分かりました」
リーゼロッテ、リック、アルフレッドの順で返事をした。一晩経ってしまうと子供になる曲を弾かなくてはならないリーゼロッテは、早めに切り上げられそうなのでほっとした。今は一時的なパーティーを組むだけだが、冒険者を長くやっていくならば全てを話せるような信頼できる仲間と出来るだけ組みたい。
過去の事を嘆くだけでなく、少しずつ将来の事も考えていこうと思いながらリーゼロッテは試験に臨む。
どんよりとした冬独特の寒々しい灰色の空から雪が散らつき始めている。リーゼロッテ達は高さのある苔むした石の塀がぐるりと囲む小さな城に着いた。立派な門扉にリックが手を掛ければ古めかしくぎいぃと軋んだ音を立てて開く。城の入り口まで続く庭園には黒いバラが一面に咲き誇っていた。一株だけ赤いバラが有ったのだが、まるで―――
「なんかあのバラだけ血が付いているように見えるな」
「そういう事は思っていても言うな、リック」
アルフレッドの顔が青ざめている。怖がるアルフレッドの為に思いっきり悲壮感と絶望感の漂うかすれる様な音で奏でる曲をリーゼロッテは弾いてあげた。リックはそれを聞きながら笑う。
「うわーめちゃくちゃ雰囲気出るな、その曲」
「アルフレッドが怖がっているみたいだからね。下手に明るい曲にするとギャップで余計に怖いでしょう?」
「リーゼロッテ、そう言う気遣いの仕方は良いから……」
こめかみに手を当てて首を振っているアルフレッド。このやり取りで幾分か気が紛れたようで強張っていた顔が緩んでいる。それを見たリーゼロッテは試してみたかったアンデッド撃退用の曲を奏で始めた。清らかで美しく、讃美歌のように明るい曲。バイオリンのケースは背負えるようにベルトで固定している。移動しながらの演奏を考えた上での苦肉の策だ。
入口の扉を開くと吹き抜けの広々とした玄関ホールだった。左右に続く廊下といくつかの扉、階段。明り取り用の窓すら一切なくて薄暗く、昼間だと言うのに燭台には明かりがともっている。全て石造りで空気がひんやりとしていて、少しだけかび臭い。リーゼロッテは曲にどれだけの効果が出るのかが分からない為、城の入り口に入ってからもずっと弾き続けた。
「すみませーん、冒険者ギルドフォレスタ支部の者ですがどなたかいらっしゃいませんかー?」
念のためにスヴェンが声を張り上げるが、返事が無く、人が出てくるような気配もない。
「支部長、マッピングはどうしますか?」
「俺がやるからいいぞ、リーゼロッテはそのまま弾き続けて、二人は警戒しながら進んでくれ」
一行はホールの左手側、長く続く廊下を進んで行く。
リーゼロッテ達のはるか後方の暗がりではゾンビやスケルトン、ゴーストたちが侵入者を食い止めようとしていた。一階の行き止まりへと進む彼女たちを襲撃しようとたくさんの仲間を集め、進軍するのだが、バイオリンの音色が聞こえる範囲に踏み込んだ瞬間、上方から光がさして昇天してしまうのだ。次から次へとなだれ込むようにして、生前の顔を一瞬だけ浮かべながら満足げに光と共に天に召される者たち。
全く気付かずにリーゼロッテはモンスターを駆逐していく。
「効果出ているのかな?いまいちよく分からないわ」
「全然敵出てこないってことはいいんじゃないか。支部長、マッピングの方はどうですか?」
「まずはそこの突き当りの扉をあけてくれ。それから戻る形で部屋を軽く調べていくか」
リーゼロッテは曲を弾きつつ、アルフレッドは剣を構えながら。スヴェンは後方に気を配り、リックは短剣を片手にドアノブに手を掛ける。
「いいか、開けるぞ」
開けた途端にパーッとまばゆい光が隙間から洩れたが、開けきると中はただの食堂となっていた。勿論、中に潜んでいたアンデッドたちが滅した光なのだが、経験のない三人はそれに気づかない。燭台の明りが偶然暖炉の上の大きな鏡に反射したものだと思い込んでいる。
「本当に誰もいないな」
「支部長、これじゃリーゼロッテの試験にならないでしょ。どうするんすか?」
「リーゼロッテ、少しの間曲を止めてみろ」
行き止まりになっている食堂で扉を開放したままスヴェンの言うとおりに演奏を止めてみた。途端に今来た廊下の奥の方の暗闇からカチャカチャと乾いた音が聞こえてくる。骨を鳴らしながらスケルトンの大行列がこちらへと続いてくる音だった。まだ乾ききっていないゾンビな方々や既に形すらとる事の出来ないゴーストな方々も入り混じっての大行進。
リックはひいぃっと軽く悲鳴を上げ、アルフレッドは剣を構えた。こちらまで迫ってくるのを視認して、スヴェンはリーゼロッテに言った。
「よし、もう一度弾いてみろ」
襲い掛かるスケルトンの刃先をアルフレッドが受けようとしていたが、曲が始まった途端に金色の光が立ち上がって敵が次から次へと消えていく。範囲は音の聞こえる場所まで及び、目で確認できる場所には一体もいなくなった。
「僧侶のターンアンデッドより強力じゃねーか。効果付の曲って魔力は必要としないのか?」
「魔法を使ったことないので魔力がどんなものか感覚としていまいちよく分からないのですが、曲を弾いている限りはずっと効果は出ますよ」
スヴェンの問いにリーゼロッテが答えると、「常識外れも度が過ぎるぞ……」とため息交じりに呟いた。リックとアルフレッドも聞いた事のある吟遊詩人よりもかなり汎用性の高い能力に驚いている。
「魔力の心配をしなくていい魔法使いみたいなものか?」
「やー、でも効果が確実に出るか不明な所はそこまで最強ってわけじゃないと思うぞ」
「どっちにしろ扱いが難しい職業であることに変わりは無いな」
三人の好き勝手な言い分にちょっぴり怒りながらも、反論の糸口が見つけられないリーゼロッテだった。
続きます。




