七話
エオリア国ドミナント領フォレスタ。他の領にまでまたがる広大な大森林の片隅にこの町はある。森の管理はエルフによって行われ伐採などは許可なく出来ない事になっているため、この辺りでは他の町よりもエルフを見かけることが多い。
そして家具、工芸品、楽器など様々な工房が立ち並び、職人たちが切磋琢磨している工房もあるため、ドワーフなどの手先が器用な種族も多かった。
ドワーフとエルフ、犬猿の仲と言われるこの種族がさしていざこざも起こさずに共存している町は、他にはない。
バイオリンの工房はそんな特殊な町の中でも森林寄りの、リーゼロッテが定宿にしている森の木陰亭から少し離れた場所にあった。
街中を歩くリーゼロッテは大森林の向こう側に連なる山脈に雪が積もっているのを見た。冬が近づいている。この町に来て一週間ほどが経ち、生活にも慣れてきたリーゼロッテはバイオリン工房の帰りに町を散策することを決めた。防寒のために服も買い足すことが必須だ。夏場に持ち歩くことも出来ないので売ることを考えると、気に入りすぎて手放せなくなるようなものは買えないのが残念だ。『好き』もほどほどにしなくてはならない。
チリリン、と鈴の付いた扉を開ければ木を取り扱う工房特有の木の香りが漂ってきた。工房兼店舗の中には三人ほどいて、一人はドワーフだ。リーゼロッテは一番近くにいる人間の男にすみませんと声を掛ける。
「おや、あなたはもしやリーゼロッテ様ですか?」
「はい、そうですけど」
「お待ちしておりました。お噂はかねがね……初めまして、私はここの工房長を務めておりますニコロと申します」
挨拶されてしまったが噂について思い当たる節が無いリーゼロッテは訝しげに店主を見る。歌姫だとばれているのなら即刻この町を出なければならない。そんな警戒心むき出しな様子のリーゼロッテを見て、店主もまた首を傾げた。
「兄から何も聞いていないのですか」
「兄とはどなたの事ですか」
「アビッソに店を構えている、アクセサリショップの店主をしております。フォレスタを目指すように言われませんでしたか?」
トニカ領のアビッソと言う街がリーゼロッテの故郷。ニコロは家を飛び出した時にアクセサリを売った店の店主の弟。そもそも弟がいるなんて初耳のリーゼロッテは、シエラに教えられなければこの店に来ることすら思いつかなかった。
「ええ、そのように言われましたが理由を全く聞きませんでしたので」
「兄はそう言う人なんですよ。肝心な事を言い忘れる性質でして。私の工房がここにあるのであなたにここを示したのだと思います」
すみませんとため息交じりに詫びるニコロ。冒険初心者に対して手厚いからだと思いこんでいた、リーゼロッテ。バイオリンでやって行こうとしているのだから最初にここに来るべきだったと今更ながら気づいた。もしかしたらあの店主もそれを見越していたのかもしれない。
ニコロは、兄から手紙が送られてきたことを告げる。
「あなたのお世話をするように言付かっております。ご自宅ほど広くはございませんが、部屋を用意しておりますのでごゆるりとお寛ぎ下さい」
「ちょ、ちょっと待ってください。あの、そこまでしてもらう理由もございませんし、既に冒険者としてやっておりまして……。ここへはバイオリンのメンテナンスと弦の補充にたまたま来ただけなんです」
そう言って手に持っていたバイオリンを持ち上げて見せる。あの店主がそこまで面倒を見るつもりだったとは思いもしなかった。真っ直ぐにここへ来ることもしなかったし、もしかして待たせてしまったのだろうかと、リーゼロッテは何だか居た堪れない気持ちになった。取り敢えずメンテナンスをとリーゼロッテがバイオリンを差し出した時、ドアベルがチリリンと鳴って別の客が顔だけ覗かせる。
「こんにちはー。あ、すみません、接客中でしたか。ニコロさん、注文の木材は裏に入れときますね」
「ええ、お願いします」
褐色の肌に尖った耳、青銀の髪のダークエルフ。初めてみる種族にも驚いたが、彼が連れている妖精にも目が行ってしまうリーゼロッテ。おとぎ話の中だけかと思ったので実在していたことに驚きを隠せないでいた。
これから冒険をしていけば、様々な種族に会えるかもしれないのだと胸を躍らせる。ただバイオリンを弾いてお金を稼ぐだけよりも冒険者を選んでよかったのかもしれない。
そんなリーゼロッテを気にも留めずニコロはバイオリンの様子を見はじめた。
「どれどれ……あまり見ない材質の木を使っていますね。ふむ、駒も真っ直ぐですし……」
ペグや弓の状態などを確認していくニコロ。普段は穏やかな目をしているのにバイオリンを見る時は職人独特の鋭いものに切り替わる。目視だけでなく実際に弾いて音を確認したりしている。
「弓の毛と弦の交換だけしておきますね。弦の交換はご自分でもできますか?」
「はい。あのお代はいくらですか?」
「今回はサービスさせて頂きます。兄の言葉足らずでご迷惑を掛けてしまったので」
リーゼロッテはお言葉に甘えることにした。冬支度も考えると懐具合が心もとないので非常に助かる。
「あの、鑑定魔法を掛けてもよろしいでしょうか?木の材質が気になってしまって……」
「はい、どうぞ」
職人は目を養うために修行しているうちは鑑定の魔法を覚えられない。逆に言えば鑑定の魔法を覚えているものは一人前と認められたものだけだ。修行を終える前に覚えてしまったものは、その業界に戻ることは二度とできない。そして子供と言って良い程若い頃からの修行を必要とするため、魔法を覚えてしまった冒険者などからの転職は、無い。
鑑定の魔法は盗品かどうかの判断をするために用いられるのがほとんどだが、たまに出てくる滅多に見る事の出来ないものにも使われる。目利きの修行が出来ない貴重な物ほど扱いの難しいものは無い。知識だけではどうにもできないものも存在するからだ。
バイオリンはマツ科やカエデ科などの木材を使う。見たことのない材質にニコロは職人として好奇心がわいた。口元をもごもごと動かして呪文を唱えると、手のひらから小さな魔法陣の光が飛び出す。自分では扱う事の出来ない魔法の光に目を輝かせるリーゼロッテ。
「これは、創世の木?……あ、有り得ません。そんなもので楽器を作るなんて」
「創世の木って確かおとぎ話に出てくる巨大な木ですよね?」
リーゼロッテの問いにええ、と言ってニコロは頷いた。
「旧世界の言い伝えで、その名の通り世界を作り出したと言われる木です。新しい世界は女神が治めていますが、創世の木は旧世界の神にあたるものだと」
「そんなものを私が使っても良いのでしょうか。博物館とかに寄贈した方が良いのかな?」
大それたものを使ってしまっていた、と言う罪悪感が湧いてきた。嫌いな歌の方は一流を自負するほどの自信があったが、バイオリンはブランクが長かったため劣等感を抱いている状態だ。
「いえ、これは他の誰でもなくあなたが受け継いだものです。歴史も楽器の一部ですよ。どんな奏者によってどんな曲が奏でられてきたのかもその楽器の価値を高めるものの一つなのです。どうか大切になさってください」
母の手から渡ってリーゼロッテのもとにある。自分に母の血が流れているように、バイオリンにも母から受け継いだ何かが宿っているように感じた。母も誰からか受け継いだのだろう。
「それでは少々お時間を頂きます。アレグロ、お客様にお茶を」
「はい、親方」
工房に居た少年にニコロが声を掛け、自分は作業場へと引っ込んでいく。アレグロと呼ばれた少年はたどたどしい手付きながら香りのよいお茶をリーゼロッテに差し出した。親方へ向けた素直な返事とは逆に、リーゼロッテにはつっけんどんな口調で話しかけてくる。アレグロはリーゼロッテの見た目から自分と同じくらいの子供と思っていた。
「あんたがリーゼロッテか。親方から聞いたけどここに住むのか?」
「いいえ、冒険者を始めたので別の宿を取ってあるのよ」
「あーよかった。いくら親方の兄貴の知り合いだからって、貴族なんかと住むなんてまっぴらごめんだ」
普段ならカチンとくるところだが、先ほどのバイオリンの歴史の話を聞いていたのでリーゼロッテの心はとても凪いでいた。子供のたわ言と聞き流しながら静かにお茶を飲む。
逆に、無反応のリーゼロッテに対してアレグロの方がむっとする。喧嘩を売ったのに無視されたと思い込み、聞きかじりの知識をひけらかしてたたみかけた。
「貴族ってエラそうにしてばかりで何もできないんだろう?バイオリン弾いているだけで金が稼げるなんていいよな~」
自分は一生懸命修行しているのに、と言う気持ちが見え隠れしてリーゼロッテには微笑ましく思えた。子供からしてみれば馬鹿にされていると感じてしまうかもしれないので、表情を変えずに黙ってお茶を飲む。この町では弾くだけで金を稼ぐことは出来なかった。酒場にしたってギルドからの依頼と言う珍しい形を取ってこそ為し得たことだ、と反論したかったがそれも一緒にお茶と飲み込む。
「貴族に生まれたからって贅沢するだけしといて、貴族が負うべき義務なんて嫌だ~自由が欲しい~って逃げてきたんだろう?あんたみたいのがいるから俺たち民が苦労するんだ」
まるで生まれてからずっと遊び呆けているような言い草に流石のリーゼロッテも腹を立てた。心を落ち着かせようとカップの底を見てもお茶は残っていない。ニコロはまだ作業を続けていて戻ってくる様子も無い。息を大きく吸い込んで目一杯反論する。
「毎日、毎日毎日歌を歌って継母が贅沢するためのお金を稼いでパーティーに引っ張り出されて赤紫の髪を隠して違う名前で呼ばれて着たくもない服で着飾って自慢に付き合わされて父様も知らないうちに死んでいて葬儀は終わったと三か月後に知らされて味方なんて一人もいなくてまともな判断も出来ないほど疲れ果ててお金の為に年寄りに嫁がされそうになっててほとんど家を乗っ取られた状態で逃げるしかなかったのよ!」
ここまで一息。自分の鍛えられた肺活量が嫌になったリーゼロッテだったがそれでも言いたいことは止まらない。子供相手に何やっているんだろうと思ったが、自分が初めて選んだ事を貶されるのは我慢ならなかった。
「贅沢?贅沢をしているなんて一度も思ったことないわよ!歌のためとか言われて食事は管理されてたから好きな物なんて食べられなかったし服だって一切選べなかったわ。貴族の義務?まともに貴族らしく扱われるなら嫌な相手にだって嫁いでやったわよ。自分が自分で無くなって疲れ果てて生きているのか死んでいるのかすら分からなくなる感覚があなたに分かる?何にも知らないくせに分かった風な口を利かないで!」
その日食べる物にも困り、雨露をしのぐ寝床さえ確保できないような者からすれば十分に贅沢なんだろうと思う。けれどそんな状態すらうらやましいと思い覚悟してリーゼロッテは家を出た。
外の世界の方が家の中より優しくて素晴らしくて驚いた。自分で自分に責任を持つことは少しだけ怖かったけれど、自信と誇りが持てた。継母のもとで成長できなかった部分がようやく育ち始めたと実感できた。
顔を真っ赤にし息を荒くして、今までため込んでいた不満をすべて吐き出して涙まで出てきたリーゼロッテの剣幕に驚いていたアレグロ。ニコロがバイオリンを持って二人に近づくとはっとしてアレグロは振り返る。
「親方、こいつ元気そうだぞ」
「ええ、兄から聞いた時には感情の無い人形のようだと聞きましたが大丈夫そうですね」
二人の言葉にリーゼロッテはきょとんとする。バイオリンと弓をケースにしまいながらニコロは言った。
「すみません、こいつ口が悪かったでしょう?職人とは言え客がいなければ仕事なんて出来ないし、ましてや楽器なんて貴族を相手にすることが多いのに」
「貴族なんて偉そうにふんぞり返っている奴らばかりだと思ったけど、お前は結構根性があるな。俺の子分にしてやる。何歳だ?」
「二十一」
「……は?」
丁度バイオリンを渡し終えて手の空いたニコロがアレグロの頭に拳骨を落とした。「いってぇーーっ」と子供の声が工房に響き渡る。気にも留めずにニコロは接客用の笑みをリーゼロッテに向けた。
「自由を求めて家を出たのなら、ここを住処になんて差し出がましいまねをしてしまいましたね。ただ、バイオリン以外の事でももし困ったことが有ったら何でも言ってください」
「ええ、有難うございました。あの……その子、大丈夫ですか」
「相手が悪ければこの場で殺されても文句は言えませんからね。これも教育の内です」
リーゼロッテはその様子さえ羨ましいと思いながら店を後にした。継母がしていたことは決して教育ではない。
買い物を済ませて宿に戻り、夜寝る時になってふと、アレグロの言葉が気にかかった。
リーゼロッテの父は確かに貴族だった。文字の読み書きや計算など基礎的な学問はリーゼロッテも学んだが、婿を取るつもりだったのか領地に関しては一切教わらなかった。継母はリーゼロッテに嫁げと言ったが、父の血が流れていない妹の婿に家を継がせるつもりだったのだろうか。
それは明らかに家の乗っ取りで許されない筈の事だが、こうしてリーゼロッテが自ら家を出てきてしまっている以上は正当な行為として見なされる事も有り得るだろう。逆に家の断絶という事も考えられる。
どれだけ苦しくとも残って頑張るのが貴族として正しい選択肢だったのかもしれないが―――
「今更、どうすればいいのよ」
リーゼロッテは嘆息混じりに呟いて布団をかぶった。
ゲスト出演です(笑)分からない方はごめんなさい。




