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おまけその一 没ネタ『歌姫の護衛』

細かい設定やタイトルが決まる前に作った話です。本編とはいろいろ違う事を念頭に置いてお読みください。

「こんな予告が出ているのに舞台に立てるわけないでしょ!」


 楽屋に金切り声が響き渡る。オペラホールで歌う実力者の声とあって、流石に声量があった。

 声の主は次期歌姫と称される、オリヴィア。激情家で怒ると手に付けられない。依頼主は隣に居ておろおろとしている付き人だ。

 床に叩きつけられた予告状を、リーゼロッテは拾い上げる。


「今宵、歌姫を頂きに参ります。ムスタ……って」


 予告状にはなめらかな筆跡でそう書かれていた。差出人が思いきり知り合いだったことに、リーゼロッテは額に手を当てて唸る。アデライードの時にはどうだったかしらと呑気に記憶をたどっていると上からひょいっとアルフレッドに取り上げられた。リックと一緒にそれを覗き込む。


「うわー歌姫なら見境なしかよ、あのおっさん」

「警備は万全のようですし、舞台に立っても支障はないと思いますけれどね」


 楽器や巨大な資材の搬入口にはヴァナルを置いている。裏口通路もそこを通る構造になっているのでかなりの威嚇にはなるだろう。もっとも、既に入り込んでいる可能性はあるが脱出する際にも通る可能性はあるので無駄にはならない。


「じゃあ代わりにあんたが立てば?」

「いや、俺じゃなくてそれを言うならリーゼロッテでしょう。俺、男ですよ」


 アルフレッドがこちらをちらりと見る。ドレス着てアルフレッドが舞台に立っている場面を想像してしまったリーゼロッテ。似合うと思うんだけど、少し背が高すぎるか……じゃなくて。


 絶対嫌だ―――と言う言葉が口から出かかったが敢えて飲み込んで、リーゼロッテは歌姫を挑発するように言った。


「良いのですか?これでも私、吟遊詩人なんですよ」

「馬鹿なことを言わないで。そこらの吟遊詩人に歌える歌じゃないわ」

「代わりなんていくらでもいるんですよ」


 ―――あなたが私の代わりになったようにね。


 上手な歌い手なんていくらでもいる。伝手と出資者と売り出すための演出家がいれば経験が浅くともこうして大きな舞台に立つことだってできる。


 ここまで旅を続けてきて、自分が逃げ出したことで被害をこうむった人たちをたくさん見てきた。そろそろけじめをつけなければならない。身元や過去がばれてもおかしくないほどの冒険をしてきたから、ここで自分から晒してしまうのもいいかもしれない。


「彼女もこう言っている事ですし、私が出ましょうか?舞台経験ならありますし、この曲も良く知っています」

「代わりに攫われても、そんなに危険が無いような気がするしなぁ」


 リックがそう言った。ムスタが相手なら話くらいは聞いてくれると思うのだ。問答無用で血を吸われて仲間にされることは無いはず。リーゼロッテ達の提案に付き人は顔を輝かせた。


「ピアノのあるリハーサル室へ案内します。発声練習のサポートも用意しますので暫しお待ちを」


 歌う事から離れて二か月ほど。丁寧にピアノの音に続いて(アー)の音を出す。全身を楽器にして

ド、ミ、ソ、ミ、ドの音を「あ」で歌い、音域の一番上まで上げていく。発声が終わった後は本番で歌う曲を譜面を見て確認しながら歌う。うん、のどの調子はいい感じと満足げに微笑む。

 リーゼロッテの歌を初めて聞いたリックとアルフレッドも驚いている。


「すげぇー。すげぇとしか言いようがない」

「ああ、ムスタが執拗なのも分かるな。何で歌うの止めたんだろ」

「……何よ、これ。この声、まるであたしが憧れてたあの人みたいじゃない」


 歌姫、アデライード。オリヴィアが憧れてこの世界に入った理由の一つ。実は本人なのにオリヴィアが買えた値段の客席から舞台は遠く、詳細な顔立ちなど知らなかった。


 時間が押している為、一通りさらうだけで舞台に立った。彼女の歌声を聞いていないので真似るわけにもいかず、自分の歌い方で歌う決心を付ける。かつらやメイクで化けてはいるが、聞く人が聞けばアデライードだと分かってしまうだろう。


 久々にドレスを着て煌びやかな舞台に立つ。共演者は事前に聞いていてリーゼロッテをさりげなくサポートしてくれた。立ち位置、出たり引っ込んだりのタイミングなど、演出家によって違うためほぼ本番ぶっつけの状態だ。それでも身に沁みついている技術と根性で乗り切れてしまう事が、リーゼロッテに遠い目をさせた。


 観客は歌に聞き入っている。入れ替わっていることなど知る由もなく、アデライードの再来としてオリヴィアの名を記憶に刻む。


 歌が終わり割れんばかりの大きな拍手と「ブラーヴァ!」の声が掛かる中、舞台袖に引っ込むとオリヴィアがリーゼロッテを睨みつけていた。


「私の舞台を乗っ取ってどんな気分?さぞかし良い気持ちでしょうね」

「怖いからと逃げだしていたら素人のままよ。お金を取っているならお客様を満足させるのが歌姫としての務めでしょう」


 逃げ出した自分が何を言っているんだかと思いながら言葉を掛ける。オリヴィアは激昂しリーゼロッテの頬をひっぱたいた。涙目で顔を真っ赤にして、喚く。


「何にも知らないくせに!」


 オリヴィアはそのまま走り去ってしまった。リックとアルフレッドが後を追う前にリーゼロッテをちらりと見る。


「護衛優先。私は大丈夫だから行ってっ」


 家を飛び出した頃の自分と重なった。味方など誰もいないと思い込んでいたあの頃。予告を心配してギルドに依頼までかけてくれる付き人がいるのに、彼女は何も見えていない。

 付き人は打たれた頬に当てる為の冷やしたタオルをリーゼロッテに差し出し、丁寧に謝った。常備しているところを見ると日常茶飯事らしい。


「同じ技量の女性が周りに何人もいて、アデライードのように抜きんでることが出来ないから焦っているのです。代わってお詫びします。申し訳ありませんでした」


 ドレスのままでは護衛も出来ないと着替える為に楽屋へと戻る。鏡を見ながら大きなため息をついた。歌わないと決めたのにこんなに簡単に破ってしまえるなんて、何て浅い決心なんだろう。自嘲気味に笑っていると、扉からノックと共にムスタが勝手に入ってきた。


「嘘つき。アデライードではないと言ったのに」


 久々の再会なのに、笑みを一切浮かべぬムスタ。リーゼロッテは初めて会った時のような危機感を覚えた。話し合う余裕なんてありそうもない。

 楽屋から出る扉はムスタの後ろ、武器であるバイオリンも部屋の反対側の隅にあった。手探りで反撃できそうなものを探すが、椅子は重たくて無理、化粧品の詰まった箱は弁償できないから無理と諦める。唯一拾い上げられたのは予告状だけだった。

 じりじりと追い詰められ、リーゼロッテの横の壁にムスタが手を付いて逃げられないようにする。息がかかるほど顔を近づけられて、命の危険を感じるリーゼロッテ。吸血鬼にされてリックたちを襲うくらいなら勘違いされても仕方がない…か。


「彼女の身代わりとなったのなら、攫ってもいいのだな。血を頂いても、いいのだな?」

「歌姫なら誰でもいいのね。私でなくとも良かったみたい」


 何だか嫉妬しているみたいで言いたくなかった言葉を口にすると、リーゼロッテの首元まで伸びていた手が慌てて引っ込められる。一歩下がったムスタの目の前に、ここぞとばかりに予告状を突き付けるリーゼロッテ。


「こ、これはだな」

「がっかりね。あなたにとって私の歌なんていくらでも代わりがいる程度のものだったのよ」

「そんなことは無い!私が愛している歌姫はアデライードだけだ」


 何これ痴話喧嘩みたいと思いながら、リーゼロッテは冒険者として依頼を果たそうとする。ムスタは口にしたことを破る事は無いと思ったから、言葉を引き出そうと必死になった。


「彼女に手を出さないと、約束できる?私をアデライードだと見抜いてくれたあなたを殺すようなまね、したくないの。お願い」

「分かった。約束しよう」


 気づくと、リックとアルフレッドとオリヴィアが戸口に立っている。三人ともリーゼロッテとムスタのやり取りを見て頬を赤らめながら気まずそうにしている。


「何だか舞台の続きを見ているみたいだったなー。大人な雰囲気はまだちょっと俺らには早かったかも」

「人の恋路でわーきゃー言う女の子の気持ちが分かった気がする……ちょっとドキドキした」

「―――あなた、本物のアデライードだったの」


 オリヴィアの問いに、リーゼロッテは「ええ」と素直に認めた。


「表舞台からいなくなったのはどうして?」

「私が私ではなくなる気がしたから。本当はバイオリンをやりたかったのだけれど、歌わざるを得ない状況にあってね」

「あなたは私の目標だったのに。そのためにこの仕事を選んだのに」

「ごめんなさい」


 責める言葉にリーゼロッテは心の底から謝る。こんな形で誰かを落胆させるなど思ってもみなかった。継母がお金お金言ってたから、自分もいつの間にか基準が損得になっていたのかもしれない。少し自分が嫌になった。

 オリヴィアがムスタに向き直る。


「あなたが予告状の差出人?」

「そうだ」

「話から察するにアデライードを狙ってたの?」

「ああ」


 目を泳がせ、短く答えながら冷や汗を垂らすムスタ。


「アデライードを狙った人が私を狙うなんて光栄だわ」


 言葉とは裏腹にオリヴィアは何かを噛みしめるような顔をした後、ふっと笑顔になった。脳内の計算で弾劾する事よりも元歌姫と仲良くすることを選ぶ。リーゼロッテには無かったしたたかさ。彼女の大きな武器だ。


「ええと、リーゼロッテさん?いつか、バイオリンで私の歌の伴奏をしてくださいな」


 思わぬ言葉を掛けられて、リーゼロッテは言葉に詰まる。歌姫を知りながらバイオリンを弾くことを認めてくれる人が、ここに一人、いた。涙が出そうになりながら、出来る返事はただ一つ。


「ええ、喜んで」


 救うつもりが、救われてしまった。 

リーゼロッテ、歌ってます。リックとアルフレッドは元歌姫だったことを知ってます。子供の状態になっていません。ヴァナルはいるのにヴィートはいない事になってます。

冒険のうちの一つとして初期段階で考えていたものです。いじって本編に組み込むことが難しかったので没になりました。

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