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最終話

 数日後―――亡くなった人たちの葬儀を行うため、リーゼロッテは墓地に来ていた。十数人分のお墓の中には、継母とアニスの分も含まれている。ヴァナルは父様のお墓をじっと見ていた。継母の事だからまともな埋葬もしていないと思ったのに、墓守によると小さいながらもきちんとした葬儀をしていたらしい。


「ジブンノハカヲミルノハ、ヘンナキブンダ」

「死んでしまったら自分のお墓なんて普通は見る事が無いものね」


 黒いレースの手袋を外し、バイオリンでレクイエムを弾いた。喪服は隣に居るヴィートが用意した物を身に付けている。クローゼットの中身が無くなっていたのでこればかりは頼らざるを得なかった。

 すすり泣く声が胸を締め付ける。何度経験しても慣れない光景に、死者を慰め生者を労わる思いを込めて弾いた。


 初夏の風に梢がざわめく音。それが際立って聞こえるほど静かな墓地だ。


「ヴィート、しばらくは喪に服そうかと考えているの。結婚式は……ヴィート?」


 葬儀が終わり遺族を見送りつつ墓地に残ったリーゼロッテの話を聞いているのかいないのか、ヴィートはぼんやりとしている。


「ああ、いや……少し昔の事を思い出していた。壮大な兄弟げんかの時も、亡くなった人はいたから」


 誰がどのようにして亡くなったのか、おそらく自分にも詳しく話すことは無いだろうとリーゼロッテは思う。横顔があまりにも寂しげで傍に寄り添うと、ヴィートは寂しげな顔のまま力なく笑った。


「そうだね。少し遅らせようか」



 継母の遺品を整理していると若い頃からの手記が見つかった。悪魔と契約して有名な歌姫になったものの、罪悪感にかられて引退から結婚への道を選んだことや、一度目の結婚はかなりの貧乏生活を味わったことが書かれていた。曲がりなりにも父の事は愛していたらしい。書斎に手を付けていなかったのがその証拠だと、幾人か戻ってきた使用人たちが言っていた。楽譜が残っていたのもそう言う事なのだろう。


 バイオリンを差し出した侍女は何となくリーゼロッテが屋敷を飛び出すことを予想していたようだ。表情が無くなり、周りが心配しているのも気付かなくなっていたリーゼロッテを心配していたらしい。心が完全に壊れてしまう前に逃げ出してむしろほっとしていたようだ。バイオリンを持って行ったので自殺の可能性は全く考えていなかったと笑顔で言われ、見透かされるほど自分の事を見ていてくれたのだとリーゼロッテは今頃になって気付く。これから良い関係を作り上げようと話をたくさんするように心がけた。


 屋敷の中には人が増えた。ヴィートやルディ、アイクの他にも城から派遣された有能な侍女軍団。執事や庭師、御者等々。お給金が払えないと言ったら、国を救った報酬替わりに派遣された者たちだとヴィートに言われた。確かに、位を上げたり金品で支払われるよりかなり実益が有る。


 インテリアはリーゼロッテの希望を取り入れつつ品の良いもので統一された。次から次へといろいろなものが持ち込まれ、お金が払えないと言ったら婿入り道具ですのでお気になさらずと王城から来た侍女に言われた。王族が婿入りするのであまりにも貧相だと体裁が悪いとヴィートの姉妹たちに提言された。大切にされているのが分かるからお小言だとはとても思えない。


 数か月後、同じ理由で結婚式をしっかりと行うように言われた。民の希望であるべきだと。暗い空気を吹き飛ばすためのイベントなのだと力説された―――頃には既に着々と街ぐるみでの挙式の準備が知らぬ間にされていて、リーゼロッテは当日になって知らされる。


 朝に目覚めて花火が鳴っている事に気づき、今日はお祭りなのかしらといつもよりも丁寧に髪に櫛を通す侍女に尋ねた。


「今日は結婚式でございます」

「へえ、それはお目出度いわね。街を代表するものとしてご挨拶した方が良いかしら。……で、どこのどなた?」

「リーゼロッテ様とヴィート様にございます」

「そう…………………………って、私?」


 道理で最近やたらとお肌を磨かれると思ったら……と、そうしている間にもあれよあれよと飾り付けられて皆にお披露目されてしまった。戸惑いながらも人前に立てば笑顔を浮かべる事が身に沁みついている自分がちょっぴり憎い。

 貴族の結婚式にありがちな厳かで盛大なものでは無く、庶民風のまるでお祭りのような親しみやすい結婚式だ。お祝いを述べる列の中にはヴィートの兄弟たちがちゃっかり一般人のふりをして紛れ込んでいた。


 街の人にせがまれて花嫁衣装でバイオリンを弾く。酒場で弾いていたような軽快で乗りの良い曲を弾けば手拍子とダンスが始まった。縮まっていく距離感がとても楽しい。

 皆に笑顔を振りまきながら、なぜ事前に知らせてくれなかったのとヴィートに愚痴を言う。


「だってリーゼロッテは皆の事ばかり考えて、いつまでたっても結婚できそうにもなかったからね」


 ここまで気づかない自分も自分だが、そこはヴィートや使用人たちの手腕に素直に驚いておく。自分が楽しみながら相手が楽しい事を提供することも必要なのだと、言葉では無く実際に体験して学ぶことが出来た。


 ヴァナルもきちんと毛並みが整えられて蝶ネクタイだけしていた。瞳にきらりと光るものを見つけてしまったリーゼロッテは、思わずもらい泣きをする。姿は変わっているが父に見守られる結婚式は無しえなかった可能性があると考えると、ヴァナルに会えて本当に良かったと思った。


 政に関する先生を迎え入れ、学びながら実際に行っていく。他の領地との交流、教育や福祉、この街の産業の特色、法律や制度。今まで怠っていた分を取り返すのは非常に苦労した。

 金策としてバイオリンを弾く。歌姫の時と同じことをしているようだが、背に腹は代えられない。伯爵家主導の商売として末永く儲けが出るよう、楽譜の販売や著作権料が取れるように法律を整えていく。ただし『故郷』だけは誰でも歌ったり演奏できるようにした。


『故郷』にはヴァナルが歌詞を付けた。子供でも覚えられる簡単な言葉だが、風景が目の前に広がるような素敵な歌詞だ。子供が大きな声で歌い、大人が酔った勢いで歌い、吟遊詩人が楽器を奏でながら歌い、街中でいつでも聞くようになった。


 歌姫としての名声を手放すことを惜しむ声は今でも時々聞こえてくる。大切な人にせがまれれば鼻歌程度に歌おうと言う気持ちはあるのだが、ヴィートもヴァナルも決して言わない。

 毎朝弾いていた小人の曲の代わりに、今では封印のために作った曲を弾くようになった。それが使用人たちの間では起床の合図になっている事をリーゼロッテは知らない。


 旅に出る前よりも手に入れたものは多い。いろいろな心の変化も経験して、成長できたと思っている。


 バイオリンを弾く。自分で選んだ道を歩む。賞賛も栄光もいらない。やりたい事と、やらなければならない事だけをやる。歌う事は今はやりたくなくてやらなくても良い事だ。


 ―――リーゼロッテは歌わない。自分が歌いたいと思うようになるまでは。

本編はこれで最後です。この後おまけを二話ほど上げます。

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